プロローグ
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光の道 序章
*********** 戦闘 ***********
突如として城門を破壊し、一斉に雪崩れ込んできた帝国軍の兵士達はゆうに百人を超えており、城門の防衛に当たっていた衛兵達はあっと言う間に殺害されてしまった。
街へと侵入してきた兵士達は、戦闘員、一般人を問わず、目に入った人間を片っ端に切り捨てていった。
目指すは、他の街とを繋ぐ転送屋の占拠だ。
対する王国軍の騎士団達は、応援が辿り着くまでの時間稼ぎにと、転送屋よりも遙か手前にある、王国騎士団の詰め所の前の広場にバリケードを展開し、必死で抵抗を試みていた。
しかし、突然の襲撃に完全に不意を疲れた形の王国騎士団側は、圧倒的な人数差により、一人、また一人と命を落としていった。
そんな中、王国騎士団に混じって戦う二人の凄腕の戦士がいた。
一人は大きなバスターソードを振るう大柄な人族の男の戦士、そしてもう一人は、銀色の細剣を腰に下げ、弓を巧みに操って帝国軍の兵士達を確実に射抜いて行くエルフの女戦士だった。
それまでは、一方的に王国騎士団の兵士達を倒して来ていた帝国軍の襲撃部隊将軍も、思う様に進まない状況にイライラとし始めていた。
「ええい、何をやっている、あの二人を殺せ!!」
業を煮やした部隊将軍が、立ち上がって指揮を執ろうとした瞬間、一本の矢が部隊将軍の頭を貫いた。
まるで狙い済ましたかのように、兜の装甲の薄い部分に突き刺さった矢は、見事に鉄板をも貫通し、一撃で部隊将軍の命を奪ったのだ。
倒れる部隊将軍を見て、副将軍は慌てて皆に指令を与える。
「気をつけろ! あのエルフの弓は、魔法で強化されているぞ! 大盾部隊、前へ出ろ!!」
副将軍の号令により、分厚い盾を構えた盾兵が、数名横一列に並び、弓をガードしながら接近を試みる。
「フィーネ、盾が前に出て来た。 例のやつを頼む!」
バスターソードを構えた戦士は、迫り来る剣兵を切り倒しながら、エルフの女戦士に指示を出す。
「分かったわ、ギル! 暫く持ちこたえてっ!」
フィーネと呼ばれたエルフの女戦士は、バリケードに身を隠すと、弓を射るのを辞め、何かに集中し始める。
ギルと呼ばれた戦士は、腰に下げた袋から何かを取り出すと、帝国軍に向かってそれを投げ付けた。
ボフッ!という音と共に、敵兵を白い煙が包み込む、目晦ましの煙玉だ。
しかし、煙に包まれた兵士達は、ザワザワと騒ぎ出す。
「ええい、落ち着け、タダの目晦ましだ!!」
副将軍が大声で叫ぶと、ようやく兵士達は落ち着きを取り戻しはじめたが、次の瞬間、凄まじい意光と共に耳をつんざく轟音が辺りに鳴り響いた。
ズガアァァァァンッ!!
副将軍が慌てて周囲を確認すると、先程まで目の前に居た筈の大盾兵達が全員倒れている。
「まさか、雷の魔法を使ったというのか!?」
雷の魔法は、火、水、風、土といった一般的な属性魔法と違い、特別な才能が無い限り決して扱う事が出来ないと言われている。
その事に焦った副将軍は、急遽作戦を変更した。
「弓兵! 全員で奴等を一斉攻撃せよ!! 一人とて手を休める事は許さんっ、矢がある限りあの二人を攻撃し続けろ!」
既に煙は晴れており、そんな状況で弓を構えるなど、あの女戦士の格好の的だったが、しかし、相手はたったの二人だ。
例え多くの弓兵を犠牲にしてでも、あの二人を殺さねばならない。
弓兵達も、命令には逆らえず、20名近い弓兵が、一斉に立ち上がって弓を構えた。
この状況に、ギルも流石に戸惑ってしまう。
そして、一瞬動きが止まった所に、一斉に弓が放たれた。
その間に既に5名の弓兵が頭や喉を矢で貫かれて絶命するが、残りの矢が一斉にギルの元に降りかかった。
「ギル!!」
フィーネが弓を射る手を休めて、ギルの方を確認すると、何本もの矢がギルを貫いていた。
「がはっ!」
口から血を吐き、ギルがその場に倒れる。
「ギル~~~~~~~ッ!!」
フィーネは、悲痛な叫び声を上げた。
そして、そんな彼女の意識を戦闘に呼び戻したのは、右腕に走った激痛だった。
敵の弓兵が放った矢が、彼女の右手に突き刺さっていたのだ。
フィーネは、涙を流しながら再び敵へ向かって弓を射ろうとする。
しかし、突き刺さった矢が邪魔で上手く矢を射れない。
「今だ! 止めを刺せ!!」
副将軍の号令に、再び多くの矢がフィーネに襲い掛かる。
フィーネは、咄嗟にバリケードに身を隠そうとするが、そんな彼女の喉を、敵の矢の一本が捉えていた。
仰け反るように倒れたフィーネ達の元に、敵の剣兵達が一斉に襲い掛かる。
次々とフィーネとギルの身体に突き刺さる敵兵の剣や槍。
フィーネは遠のく意識の中、声にならない言葉を吐いた。
『リーネ・・・ごめんなさい・・・。』
倒れた二人に、群がる蟻の様に襲い掛かる帝国兵の姿を、一人の少女が見つめていた。
「お・・・かあ・・・さん・・・。」
フィーネに何処か似た雰囲気の幼い少女は、目の前の惨劇に、立ち竦んでいる。
そんな少女を見つけた、一人の帝国兵は、厭らしい笑みを浮かべ、その少女の元へと歩み寄る。
しかし、少女は全く動けないで居た。
兵士は、少女を押し倒すと、その衣服を強引に引きちぎる。
少女は悲鳴を上げる事すら無く、ただ固まっていた。
そんな様子を見た副将軍は、やれやれと溜息をついた。
「程々にしておけよ、まだ占領は済んでいないんだ。」
「うへへへっ、分かってますって!」
嬉しそうに返事をする兵士を放って、副将軍は、止めを刺し終えたエルフの女戦士を見る。
「全く、何て奴だ。 まさかこの二人だけに此処までやられるとはな・・・。」
そう言って、血塗れのエルフの死体に唾を履き捨てた。
ギャーーーーッ!!
すると突然、辺りに悲鳴が響く、副将軍が咄嗟に頭を上げると、何故かそのまま世界が回転した。
訳も分からず回転する景色に混乱していると、景色が横向けになってしまった。
「もしかして、倒れてしまったのか?」
そう思って起き上がろうとするが、手足が思うように動かない。
グシャッ!!
突如聞えた異音と共に、先程少女を襲っていた筈の兵士が、目の前の壁に張り付いて血塗れになっていた。
「え?」
そんな副将軍の目の端に、何者かが映りこんだ。
山のように巨大な体躯に、真っ黒な鉄のフルフェイスのヘルムと、大きな鉄鋲の張り付いた胸当てを身に着けた戦士だ。
その姿を目にし、副将軍は目を見開いた。
『まさか・・・死神デ・・・ブリ・・・ン・・・。』
そのまま意識が遠のいて行く。
「一般人の、しかも女子供を手篭めにしようとするとは! 帝国の奴等め・・・。」
それが副将軍の聞いた、この世で最後の言葉だった―――。