第五話 出会いイベント? 4
「じゃあ、煌希、あとで必ず来てくださいね」
……ん?
「先行ってるな!」
…………んん?
「…………」
…………んんん??
悠人が煌希に念を押し、周がにこやかに別れを告げ、健吾は手をあげるだけの動作で順々に温室を去っていく。
私は今の状況に目を疑う。
どういうことだろう。
ヒロインちゃんが来ない。
え、ってことは、出会いイベントが発生しないってこと!?なぜー!
ま、まさかヒロイン不在?
いや、でも、もしかしたら、シナリオ通りってわけでもないのかも。
やっぱりここはゲームの世界っていっても現実なわけで、多少変化があるのかな?
そんな〜!ここまで来たのに〜。
私は頭を抱えて、あんまりだ!と凹む。
でも、それなら、ヒロインちゃんを探さないとイベントが見れないってことだよね。
こうしちゃおられん!と私はヒロインちゃん探しに頭を切り替えることにした。
とりあえず、会長に気づかれないように退散しないと。
取り残された会長は、リラックスタイムに入っているらしく、ぼーっと座って惚けている。
会長にあるまじき姿だ。
しばらく観察していると、なにやらウトウトし始めた。
どうやら仮眠を取るつもりらしい。
……入学式はいいのか?
けど、これはチャンス!よし、この隙に、と私は四つん這いになって、2階から外に行ける出口へ張っていこうとした。
ーーーーが、
ガタンッ
ずっとしゃがみ込んで低姿勢状態だから、やっばい、足がシビレた!
そっと出ようとしたはずが、痺れた足に思うように力が入らず、体勢を崩しそうになった反射で側にあった鉢植えに手をかけ、倒してしまった。
「誰だ!」
物音に気付いた九条会長はハッとまどろみから覚めて叫ぶ。
やばっ!
音の方向から2階だと踏んだらしく、階段を登ってくる会長の足音が響く。
動けー!私のあしぃぃーー!
心の中の掛け声も虚しく、痺れた足では大して進まず、2階に辿り着いた会長が私の前方を塞いだ。
仁王立ちになった会長を見上げる形になる。
バレたぁああっ!
「覗き見とはいい趣味だな」
私さっきからこんなんばっかだな!
もう泣きたい。
と、とりあえず正座しよう。
ダメだっ!つま先が痺れてるから正座できない…!
仕方ない、膝立ちで許してもらおう。
「おまえ、聞いてるのか?」
ワタワタして姿勢を正そうとしていたら、何やってるんだという目で眉間に皺を寄せられた。
しかし、私はこれからどう言い訳しようと考えていて、会長の声は聞こえず、頭が真っ白になって何も言葉が出なかった。
そんな私を会長は見下ろして、更に睨めつける。
おおお!会長の後ろに禍々しいオーラが!
うわぁ、めちゃくちゃ不機嫌ー。
しかも、低めの美声が怖さ倍増。
あれ?
でも会長様……本性出てますよ?
「俺が生徒会長だと知っているようだな。だが、見たところ新入生、初対面だろう。なぜ俺の本性などと言える」
え?声に出てましたか?
会長に頷かれた。
また声に出てたらしい。
「えーと、会長を知らない人は、いない…かと?それに…うわさ、そう!噂されている会長とは雰囲気が違ったので!」
よしよし、噂で会長を知っていたことにすれば問題ないだろう。咄嗟に思い付いてよかったー。
そう返すと、会長の瞳が一層鋭くなった。
「おまえもか」
え?なにが?
「今更取り繕っても仕方ないな。この際だからはっきり言っておく。こんなことしても無駄だ。おまえのように付き纏う奴にはウンザリしてるんだ。迷惑だ、やめろ」
凍てつくような視線が突き刺さり、部屋の温度が一気に下がったように感じる。
これはピンチ!
会長の追っかけだと思われてる!?
ここの女子は皆結婚相手を求めに来てるから、生徒会長である彼の人気は凄まじく、虎視眈々と玉の輿狙ってる女子達に追いかけられる毎日を送り、会長はそれはもううんざりしてるのだ。
生徒会長という立場上と品行方正な生徒会長を演じているが為に、分け隔てなく接するが内心はめちゃくちゃ毛嫌いしている。
度がすぎると、さりげなく生徒会長の力を使って、一切近付けさせないようにするという。
近付けないのは一向に構わないが(むしろ歓迎するところだが)『如月学園』を傍観するのに支障をきたすかもしれない。
1ミリも会長に興味がないことをわかってもらわなくては!
「大丈夫です!遠目から見てるだけなんで、お邪魔しません!」
「しつこいぞ。おまえを恋愛対象にすることはなーー」
「好都合です!てゆーか無視してください!嫌っていいです!景色と化しますから!そして私に萌えをッ!」
だって鑑賞したいんです!
「は?」
会長は嬉々として言う私の迫力に負け、たじろいだ。
「なっ…………、そんなこと言って声掛けてくるに決まって……!」
「いやいや、ないです!絶対です!必ずです!誓います!」
「そ、そうか…?」
「そうです!」
私の勢いに押されて納得しそうな会長。
よし、もう一息だな。
「しかし、女は信用ならないからな…。しかもこんなダサい眼鏡して、うちの生徒らしくない」
そりゃ、庶民の特待生ですもん。
着飾ることに目一杯力を注いでる学園の女子とは違いますよ。
でも、この眼鏡気に入ってるんだけどな。
ダサいという言葉にしょぼん、と落ち込んでる隙に、眼鏡を会長に分捕られた。
えーーーっ!
不意打ちに対応できず、私は目を見開き、会長を見上げ、素顔を晒すことになった。
その瞬間、私の眼鏡が床に落ち、カラーンと音を立てた。
あー!あたしの眼鏡ぇーー!
会長は微動だにせず、眼鏡を取った手を挙げたままフリーズしていた。
ちょっと、落としたなら拾ってくださいよ。
眼鏡を落としたのを忘れているかのように、まじまじと見つめられる。
心なしか会長の顔が赤いのは気のせい?
「ーーー?」
首を傾げると、真剣な眼差しでより詰め寄られた。
え、なになに、顔に何か付いてた?
徐々に顔が近付いてきて、キラキラ族が至近距離にいるのに私、耐えられなくなってきましたが。
「……お前、名前は?」
「はあ、伊月、結衣ですが」
会長、見る見る顔が赤くなってるんですが、風邪ですか?
「わかった。結衣、そんなに言うなら居させてやる」
おお、なんかよくわからないけど、熱意は伝わったようだ。
はー、なんとか免れたよ。
さーて式だ式だ、ヒロインちゃんを見つけるぞー。
では、と床にある眼鏡を拾い、会長に挨拶をして踵を返したとき、後ろから会長の言葉が続いた。
おまえをーーーー
「生徒会補佐にしてやる」
…………。
…………え、そんな特典、要らないんですけども。