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 最初は、俺とカインの間に差はなかった。

 剣の稽古でも、その他のことでも。

 バスケなら、ルールに詳しくて日本にいた頃からやってただけ俺の方が強かったぐらいだ。

 

 

 

 だけど。

 俺はだんだんカインに勝てなくなっていった。

 

 

 

 カインはぐんぐん身長が伸びた。

 俺だって伸びたがカインには到底叶わない。

 悔しがる俺をカインは「チビ」と勝ち誇った笑みでからかったが、それがカインなりの優しさだということに俺は心のどこかで気づいていた。

 俺は「男としてチビ」なのではないのだ。

 女として、生まれ持った性の特性として、カインと同じようには成長することが出来ないのだ。それが悔しくて、悲しくて、俺は認められなかった。子供のうちは意識せずに済んだ「肉体が女である」ということを意識させられることが恐ろしくて、同時に忌々しくて仕方がなかった。


「なあカイン、バスケしようぜ」

「本、読み終わったらな」


「なあカイン、決闘ごっこしようぜ」

「それより課題終わってねえだろ」


 カインは、やんわりと俺の誘いを断るようになった。

 それがカインなりの優しさだということはわかっていた。

 カインが手加減などしたら、俺は間違いなくぶちギレる。

 だが、カインの勝利は俺を傷つける。

 だからカインは俺を避け始めた。

 俺と、腕力や体力を競うような遊びをしたがらなくなった。

 俺は、それにも腹をたてた。

 アンナは、ただただ呆れたような目で俺を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ある日。


「なあカイン」

「悪い、ちょっと用事が…」


 このごろ恒例になったように、カインは俺の誘いを断ろうして…そのとたん、俺はぶちりと頭のどこかで堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。

 もともと気の長い方ではないのだ。


「……ッふざけんな、同情なんかしてんなよ!!」


 俺は力いっぱい叫んで、カインへと飛びかかった。


「ちょ…っ、アイシャ様……!」


 アンナが悲鳴のような声をかける。

 全身の体重をかけて体当たりして、カインを庭に押し倒す。

 その上に馬乗りになって、カインの胸元を掴んでぐらぐらと揺さぶった。


「憐れむなよ!!避けんなよ!!お前似そんな風にされたら余計にみじめになんだろうが…!!」


 俺はアイシャでいる限り、腕力ではカインに勝てない。

 体力でもカインに勝てない。

 男として成長していくカインに、俺はどうしたって勝てない。

 カインが優しい気遣いからそれを俺につきつけまいとするから、余計に俺はみじめだった。せめて叩きのめされたかった。絶対に勝てないのだと、カインに思い知らされたかった。そうでもなければ、俺は諦められない。

 自分の身体が女であるという現実を、受け入れられない。


「俺にちゃんと勝てよ!!引導を渡せよ!!」

「……ッ!!」


 俺の言葉に、今度はカッとカインのアイスブルーの瞳が燃えた。


「ふざけんなよ馬鹿アイシャ……ッ!!」


 のばされたカインの腕が、俺の襟元を握った――…と思った次の瞬間にはいともあっさりと俺は立ち位置を入れ変えられていた。だん、と背が地面に叩きつけられて息が詰まる。苦痛に顔を歪めた俺に、カインは同じだけ痛そうな顔をした。


「仕方ねえだろお前は女なんだから!!

俺だって諦められねえんだよ、認めたくねえんだよわかれよ阿呆!」


 カインの怒号が庭に響く。

 そうか。

 そうだったのか。

 カインとの間に生まれた差を認められなかったのは、きっと俺だけじゃなかったのだ。カインも、今までずっと一緒に馬鹿をやってきた俺が女であると認めるのが嫌だったのだ。幼馴染みを失うような気がしていたのは俺だけではなかった。だからカインは、それを自覚せざるを得ない状況を避けたがった。俺から、逃げ続けた。


「カインの、馬鹿野郎~~っ」

「馬鹿はお前だクソアイシャ……っ」


 俺たちは涙目で罵りあい、最終的に二人してアンナに拳骨を食らった。

 二人とも来ていた服の胸元がよれよれで、アンナは半眼で、「今のアイシャ様の惨状は我が愚弟カインの仕業にございます……なんて言ったらあんた首飛ぶわよ」なんて恐ろしい脅迫を口にしていた。


 それからアンナは、見苦しいから着替えてこいと野良犬でも追い払うような仕草でカインを追い払い、一方優しく俺の手を引いて着替えるために部屋へとつれていってくれた。

 

 二人きりの部屋のなか、拗ねたように唇を尖らせていた俺にアンナは柔らかな声で、口を開いた。


「アイシャ様」

「……なんだよ」

「もう、良いですよ」

「…………なにが」

「泣いても」

「……っ」


 アンナは、カインの前では俺が意地を張って泣けないことを知っていた。

 だから、こうして俺の手をひいて、カインを追い払い、二人きりの密室に連れて来てくれたのだ。カインが俺の相棒として隣に立ち続けていたと言うのなら、アンナはいつだって俺の心に寄り添ってくれていた。

 ほろりと涙腺が緩んで、涙がこぼれた。


「俺、俺……っ」


 カインと一緒に過ごす時間はとても楽しかった。

 カインと馬鹿なことをして、一緒に庭を駆けまわって、バスケして、剣の稽古をして、対等に遊び回った

 けれど、そんな日々はもう終わってしまった。

 俺はどんなに鍛えてももうカインには敵わない。

 カインと同じ位置で競うことはできない。

 負けたことが悔しいんじゃない。

 勝負にすらならないこと、勝負のスタートラインにすら並べなくなってしまったことが悲しくて悔しくて仕方がなかった。


 もう、カインと肩を並べて庭を駆け回ってはいられなくなったのだ。

 

 ひくひくと喉を震わせて泣く俺を、アンナはただただ優しく抱きしめてくれた。

 俺を抱きしめるアンナの胸にはふくよかな膨らみがあり、甘く漂った体臭にどきりとして顔をあげられなくなった。

 

 ――そうして、俺の子供時代は終わった。

 

 俺が12、カインとアンナが15の春だった。


ここまで御読みいただきありがとうございます。

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