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ラウルは、状況を理解し始めた俺に三つの選択肢をくれた。
一つは、このままラウルらの娘、エギステリアの姫として生きる道。
もう一つは、ラウルらとは無縁のただの俺として、どこかへ行くか。この場合、俺の生きる道が決して困難なものにはならないようラウルは全力を尽くすと約束してくれた。具体的には、ラウルが信用できる者に、あくまで「俺」として養子に出すというものだ。
そして、最後の一つが、もう一度安らかな眠りにつくこと。
呼び起こしてしまった責任を果たす覚悟はあると、ラウルは真っ赤な目で俺に語った。つまり、ラウルに俺を殺させる。そういった形の責任の取り方も、この秘術にはあるのだとラウルと御爺さんは語った。
迷った。
俺には死の記憶がない。
だから、もう一度今度こそ本当に死ぬ、という三番目の選択肢はあまりピンとこなかった。もし「俺」としての記憶がもっとはっきりとしたものだったのなら――…家族の顏や、故郷をはっきりと覚えていたのなら、「俺としての死」を望んでいたかもしれない。
けれど、残念ながら俺の記憶はバグっていた。
ぼんやりと形はつかめても、具体的な内容は覚えていない。
だから、あまり死にたいとは思わなかった。
選択肢は、上の二つに絞られた。
アイシャ・フォン・エギステリアとして生きるか。
「俺」として新しくリスタートするか。
その時、改めて俺は自分の中にアイシャ・フォン・エギステリアの魂が混じっていることを自覚した。心のどこかで、俺はアイシャの名前を捨てることを嫌だと思ってしまったのだ。そして、ラウルやエリシャと離れることも。
俺は、ラウルに我儘を言った。
「アイシャとして、生きる。けれど、中身が『俺』だということも、忘れないでほしい」
つまりはアイシャの替え玉だ。
建前上は、アイシャとして生きよう。
けれど、俺は俺であることも忘れたくはない。
ラウルは、辛そうにしながらも、頷いた。
「それを、お前が望むなら」
それはきっと、俺ではなく、俺の中のどこかに溶けた小さな女の子に向けた言葉だったのだと思う。哀しくもないのに、ぽりぽろと涙がこぼれた。胸がきゅうと締め付けられて、切なくて泣いた。きっと、俺の中のアイシャの涙だったのだろう。ラウルはそんな俺を抱きしめて、すまない、すまないと懺悔を繰り返しながら泣いた。
そして、俺は仮初の姫となった。
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