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 俺が落ち着いた頃、気が付いたら部屋の中には俺と、先ほどまで泣き崩れていた男性と、サンタクロースのような御爺さんの三人だけになっていた。女性は、いつの間にか部屋を出て行っていたらしい。それに気づかないほど、俺は呆然としていたようだった。

 男性は、辛そうな面持ちで目を伏せつつ、俺の前に屈みこんだ。そうすると、ベッドに座る俺と目があうようになる。彼は、痛みに耐えるように震える声で、静かに口を開いた。


「やあ、こんにちは。私は、君の父親となる男だ」

「……は?」


 父親に、なる?

 状況が理解できずに、俺は呆然と疑問の意味だけをこめて短い音を発する。

 それ以外、何も言えなかった。


「君が、混乱するのもよくわかる。私たちは、君には謝らなければいけない。君の静かなる眠りを妨げた罪を、一生かけて償わなければいけない」


 何を言っているのか、その意味はわからないものの、何故かこの男性の話を最後まで聞かなければいけないと感じていた。


「私の名前は、ラウル・フォン・エギステリア。この国、エギステリアの国王だ。そして君は……」


 そこで、ラウルと名乗った王様は心底辛そうに目を伏せた。


「いや、君のその身体は、私と妻、エリシャ・フォン・エギステリアの間に生まれた一人娘、アイシャ・フォン・エギステリアのものだ」

「――、」


 アイシャ・フォン・エギステリア。

 初めて聞くはずの名前なのに、不思議としっくりと来た。

 そうか。これが俺の。いや、この身体の名前なのか。


「アイシャは生まれつき体が弱かった。色と一緒に生命力もどこかに置き忘れてしまっていたのかもしれないね。あの子は、そそっかしいところがあったから」


 懐かしむように、娘の身体に入り込んだ見知らぬ俺を前に、その身体の父親だという男は語る。


「長くは生きられないと、生まれた時から言われていた。……覚悟は、していたつもりだったよ。けどね、一年は生きられないと言われた娘が六つになった時、我々は夢を見たんだ。娘が育ち、家族三人で共に生きるという夢を」


 その夢物語に、どんな結末が訪れるのかを、俺は大体知っている。

 そうでなければ、こんなことにはなっていない。


「アイシャは、七つの誕生日を三日後に控えた夜、静かに息を引き取った。胸の病だったよ。彼女は身体が強くなかったからね。些細な流行病ですら、命とりだったんだ」


 ほろり、と語る彼の目元から涙が落ちた。

 鏡に映った幼い子供の涙と、とてもよく似ていたような気がした。


「アイシャは天に召された。それはわかっていたが、私たちは諦められなかった。アイシャと共に生きるという夢を、諦められなかった。だから」


 男は短く、息を吐いて傍らに控えたサンタクロースのような御爺さんへと視線をやった。


「司祭様に無理を言って、古の儀式を執り行って貰った。死した人間を呼び戻すための、秘術。すでに命数尽きた者の命を、同じく散った命で補って呼び戻す、禁じられた術だ。アイシャが還らねば、諦めるつもりだった。だが――…、司祭様は秘術を行う前に、私たちに約束させた」


 顔をあげた男が、まっすぐに俺を見つめる。

 痛みに耐えながらも、誠実であろうとするような強い瞳だった。


「万が一、アイシャの身体に還るのが別人の魂であったとしても、それを養い子として受け入れるように、と」




 そうか。

 俺が、そうなのか。

 

 

 

「尽きた命数を、同様に尽きた者と重ね、魂を重ねて一つにして現世へと呼びもどすのがその秘術。アイシャ様の魂もお前さんの中には混ざっておる」


 傍らで口を開いた御爺さんの言葉に、俺は小さく頷く。

 そうでなければ、きっと俺は彼らの言葉すら理解することは出来なかっただろうから。エギステリアなんていう聞いたこともない国で、日本語が使われているとは思えない。


 ふと、彼らの話を聞いていて気づいたことがあった。

 彼らが何度か繰り返した言葉。




『同じく散った命』

『静かなる眠りを妨げた罪』




 かぼそく震える少女の声で、俺は彼らへと問うた。


「俺も、死んでるのか」


 答えは、静かな頷きだった。













 俺は、死んだ。

 何故かはわからない。

 そして、甦った。

 見知らぬ異国の姫として。

 それが、一度は知らず途切れた俺の物語の再開だった。

 

ここまで御読みいただき、ありがとうございます。

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