窓辺の王子様 お目覚め王子様
もともとはお題で作った超短編の『眠りを醒ますモノ』。そこから生まれたのが山崎君と羽生ちゃんです。あの事件で重傷を負った山崎君のその後の様子です。こちらも山崎君の命を救ってくれた読者様へのサービスページみたいなものでござるよ(`・ω・´)b
椅子に座ったままで少しうつらうつらした後、目を開けると相変わらず機械音だけが響く部屋の中。山崎君は目を閉じたまま眠っている。一度意識は戻ったそうだけど、この病院に戻ってからはまだ一度も目を覚ましていない。
「早く目を覚ましてね……」
力の抜けた手に触れて、そこにおでこをつけた。はやく目を覚まして羽生ちゃんおはよーってふざけた口調で話しかけて欲しいよ。そしてお腹の膨らみに手を当てる。
「君もパパの声、聞きたいよね?」
「あまり根を詰め過ぎるとお腹の子に触るぞ」
静かに部屋に入ってきたのは栗林君だ。ここで外科医をしている彼は、重傷を負った山崎君が移動可能なまでに容態が落ち着いた時、帰国の途で付き添えるようにとわざわざ現地に赴いてくれた。山崎のお陰で普通なら乗ることのできない政府専用機に乗れるのだからお安い御用だと言って。
「うん……でも」
「ベッドに入れ。そこからでも山崎の顔は見ていられるだろ?」
お見舞いに来ていて急にお腹が痛くなってしまって、その場にいた栗林君に大事をとってお前も入院しろと言われてそのままここにいる。何故だか同室にベッドまで運び込んでくれてちょっとした破格待遇だ。しかもここは特別室。普通の病棟で良いのにって抗議したら、こういう時ぐらいコネを使わせて、ジュリ子に良い格好させろだって。相変わらずなんだから。
「樹里が何か必要なものはあるか聞いて来いって言ってたんだが、何かあるか?」
「ん……今のところ大丈夫かな。最初に美咲ちゃんと樹里ちゃんが何もかも用意してくれたから」
「そっか。何かいるものがあったら遠慮なしに言えよ? 山崎が起きた時、お前が元気でいなかったらどやされるからな。無理はするなよ? 一人の体じゃないんだから」
「うん、ありがとう」
栗林君は黙って頷くと、私の肩を軽く叩きながら椅子から立たせてくれる。予定日が近づいてきてお腹が大きくなったせいか椅子から立つのが大変なんだよね。
「おい、クリキントン……羽生ちゃんに触るな……お前みたいなエロ医者が触ったら、俺の羽生ちゃんが穢れるだろうが」
ベッドの方からすこし眠そうだけどはっきりした声がした。突然のことに驚いてそちらに目を向けると、山崎君がこちらを見ている。
「山崎君……?」
「……おはよう、若菜」
ベッドに駆け寄ると点滴のチューブを外さないように気をつけながら抱きついた。山崎君の掌がゆっくりと私の頭に触れる。
「おはよう。良かった……もう目が覚めないんじゃないかって心配してたんだよ?」
「そんなことより若菜、お腹が大きいのに走ったりしたら駄目じゃないか」
「私のことより自分のことでしょ? お腹に大きな穴が開いちゃってたって聞いたんだから!」
山崎君は私の頭を撫でると、後ろに立っているらしい栗林君の方へと視線を向けた。
「そうなのか?」
「至近距離から撃たれていたらしいからな。大使夫人が腕のいい医者でなかったら助からなかっただろう。夫人に感謝しろ」
「で、何でここに栗林が?」
「ここ、栗林君が務めている附属病院。栗林君ね、山崎君を迎えにわざわざ現地まで出向いてくれたんだよ?」
「ってことは、ここ日本か」
どこかボンヤリした様子ながらもそれで合点がいったという風に頷いた。
「当たり前だ。いくら俺が優秀な医者でも身重の羽生を連れて地球を半周は出来ん」
「自分で言うか、優秀だって」
相変わらずの自信だなあと笑っている山崎君を見てホッとする。本当に目を覚ましてくれたんだ。
「口には気をつけろよ山崎。お前の主治医は俺だからな」
「まじか、インターン終わったばかりだろ、お前」
「だから優秀だと言った。とにかくだ、こいつは無事に目を覚ました。見た限りは元気なようだし、羽生も少し休め。これは医師としての命令だ」
医者らしい命令口調でそう言うと、私をベッドの方へと軽く押しやりながら山崎君を見下ろす。
「あとで改めて回診にくるから、大人しく寝てろよ」
「分かってるさ。こう管まみれにされたら動きたくても動けないよ」
「どうだかな。目の前にニンジンがぶら下がっている状態で大人しくする馬なんていないだろ」
「だれがニンジンなのよぉ」
「あー、若菜を早く抱きてぇ……」
そんなこと大きな声で言わないで!
「ほら、さっさとベッドに入れ羽生。言うこと聞かないと縛り付けるからな」
「俺の羽生ちゃんになんてこと言うんだ」
「黙れ怪我人。文句を言うなら貴様の口を縫い合わせるぞ」
二人のやり取りを聞きながらベッドに入ると、気が緩んだのかあっという間に眠り込んでしまった。
+++++
眠り込んでしまった若菜の顔を見詰めながら少し心配になる。どうして若菜がここにいるのか。
「おい、若菜の具合はどうなんだ?」
「人のことを気にしている場合か? 峠は越したとは言え、お前だって重傷なんだぞ」
栗林が呆れたようにこちらを見下ろす。
「俺は鍛えているから問題ない。問題は若菜だよ、なんで入院なんてさせてるんだ。若菜の体調に問題でも? それとも赤ん坊が危ないのか?」
「心配するな。事件の一報がこっちで流れてからお前が戻ってくるまでずっと気を張っていたんだろう。ここに初めて来た時に少し体調を崩してな、手っ取り早く入院させることにした」
その説明にまだ納得できない俺の気持ちを察したのか、両手を白衣のポケットに入れたまま溜息をついた。
「ここにはちゃんとした産科医もいるから安心しろ。診察してもらったが母子ともに健康体で心配ないそうだ。だからこそお前と一緒の部屋に居られてるんだぞ、しかも特別室だぞ、少しは俺に感謝しろ」
言われてみれば普通の病室とは違う。ベッドの足もとにはソファやテーブルがあり、その横には和室のスペースまである。こういう病室は政治家が隠れる時に使う部屋だとばかり思っていた。
「羽生も予定日が近くなってきただろ? お前の体調しだいでは立ち会えるんじゃないのか、出産」
「そうか、本来の帰国予定はまだ先だったからな」
諦めていた赤ん坊の誕生に立ち会えるかもしれないのか。これは頑張って傷を治さないと。
「で? 親と上司に知らせるのはどうする。もう少し意識不明にしておいてやっても良いぞ。羽生と二人っきりで居たいだろ」
「いいのかよ、医者がそんなこと言って」
「二週間ほど猶予をやるから二人っきりの時間を楽しめ。……ま、どうせ動けないんだから何も出来ないだろうけどな」
栗林がニヤッと笑った。
+++++
「おま……なにやってんだ」
山崎の意識が戻ったと連絡があって一週間、見舞いに出向いた俺が最初に目にしたのは、同じベッドで寄り添っている山崎と若菜ちゃんだった。奴は俺に顔を見た途端にシッと指を口に当てた。
「やっと眠ったんだから起こすなよ、早瀬」
「……やれやれ。死に掛けたらしいって聞いたからこうやって見舞いに来てやったのに、相変わらずの爆ぜろリア充夫婦だな。なんで怪我人のくせして嫁と同じベッドで寝てるんだよ」
「やかましい、邪魔すんな、とっとと帰れ」
さすがに死に掛けただけのこともあり、まだ顔色は良くないがその口調は山崎そのもので安心した。俺達は栗林から連絡が入ったのでこうやって会えているが、表向きは何故か未だに面会謝絶らしい。
「しかし特別室っていうのは凄いな、なんなんだ、これ……ちょっとしたホテルだぞ」
「栗林の御好意だと。お陰で若菜と一緒にいられるから有難いんだけどな」
「若菜ちゃん、予定日まで一ヶ月もないんだろ?」
「ここで出産だなって話だ。かかりつけの先生には話を通したらしい。俺、立ち会えるかも」
「なんだ、そのだらしない顔は。男の俺達には分からない陣痛で苦しむ若菜ちゃんを大人しく見ていられるのか、お前」
こいつのことだ、何とかしろと医者に詰め寄りそうで怖い。
「二人で乗りきるんだ。若菜に聞いたら立ち会ってくれたら嬉しいってさ」
「もう永久に爆ぜてろ、心配して損した」
それでも生きている山崎を確認出来て安心した。山崎にひっついて眠っている若菜ちゃんの寝顔も幸せそうだし、これで一安心だ。
「そんなに見るな、羽生ちゃんが減るだろ」
「まったくお前ときたら……そんなに見せたくないなら何処かに二人っきりで籠ってろ」
「だからここにいるんだろうが。いいぞー、医者と看護師ぐらいしか来ないから静かなもんだ」
「そりゃお邪魔して申し訳なかったですな、山崎君。見舞いの品、ここに置いとくから若菜ちゃんに食べさせてもらえ」
山盛りのフルーツ。標準より量が多いのはお見舞いと言えばフルーツの盛り合わせだろうと有志一同で持ち寄ったものだからだ。何故か全てにマジックで顔が書いてあるがそれは御愛嬌ということで。
「快気祝いと若菜ちゃんの出産祝いをするのを皆で楽しみにしているから、早く元気になれよ」
「おう、ありがとな」
「一応、クラスの皆に知らせるから写メらせろ」
「若菜の寝顔は撮るなよ」
「分かっている」
まったく山崎の溺愛ぶりは未だ健在、いや、ますます溺愛度が増したかもしれんな。そんなことを考えつつ、俺は病室を出た。
本編に組み込む時は内容が若干変わるかもしれませぬ。