そのⅡ 【恋愛遮断壁】
軽い登場人物紹介
・【立花 睦月】ガラスが割りたいお年頃の主人公。柔らかいものが好き。
・【湯口 夏美】筋肉ヒロイン。無駄に引き締まった上腕二頭筋が特徴。立花の幼馴染。
・【江ノ本 香】漢字変換が面倒くさいバカップル女。ルビも面倒
・【緑沢 健二】みどりざわで一括変換できないバカップル男。イケメン
・【松下 冷弥】恋の監視委員であり合法ショタ。8月26日生まれの双子の弟。
・【松下 綾子】愛の監視委員であり合法ロリではない。8月26日生まれの双子の姉。
・【黒木 えり】謎めいた女性。香と同じクラスメイトらしいが……
・【校長】本名は謎に包まれた謎の人物。特に隠してるわけではないが誰も覚えてくれないので自暴自棄になってる。
・【吉田】生徒指導の鬼教師。教頭のようなポジションにいるが教頭ではない。あとホモでもない。
六時限目終了を告げるチャイムが校内に響き渡った。
その途端、生徒達でごった返す玄関ホール。その中に一人、皆とは逆方向へ進んで行く江ノ本 香の姿があった。彼女は教室を出てから度々携帯を確認しては落胆するという同じ行動を繰り返していた。相手はもちろん緑沢 健二である。相変わらず校長室の一件から連絡が取れていないのである。
彼女はそのまま校門の反対側、校庭に面した出入り口から外へ出るといつも彼との待ち合わせ場所となっている『ソメイヨシノ』と木札がかかった桜の木の下へとやってきた。春には見事なピンク色の花を咲かせる木なのだが、今は花どころか葉さえ散ってしまい見るも無残な姿である。
ここに来てもう一度電話をかけてみる。が繋がらない。
一体なぜ突然連絡が取れなくなってしまったのか、彼女には理由が全く分からなかった。
「携帯の充電が切れた……きっとそうだよね。そうじゃなきゃおかしいもんね」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた香。だが、彼はもしもの時に携帯の充電がなくならないよう、外出時は常に大容量バッテリーを持ち歩いているということを彼女は知っていた。しかし、そういう理由でも無い限り彼が彼女を無視するなどあり得るわけがない……。
そう、今日に『限って』バッテリーを忘れてしまった…………。全ては偶然……。
周りでは野球部員達が掛け声を上げながら列を成して校庭を走っていた。それでも彼はここに来る気配が一行に無い。
「あれからどこか悪くなって早退でもしたとか……。それなら電話に出られなくて当然だよね……」
とりあえず彼女は自分自身が納得できる『理由』が欲しかった。
それが例え事実とは異なっていたとしてもいい。何もないままでは不安で不安で気がどーにかなってしまいそうだったのである。
そんな時ふと、いつか見た週刊誌の【男がドン引きする女の行動トップ10】という特集記事を思い出した。
そこの1位に書いてあった『昼夜を問わず相手が出るまで電話やメールをする行為』今、自分はその行動、行為をしているのでは無いのか…………。あの時はこんなバカ女この世に存在するのかよって鼻で笑っていたが…………なるほど、いざ自分にそういう局面が降りかかってくるとこの行動をとってしまう……。いや、きっとこれはセーフ。ギリギリセーフラインのはず……。もうすぐ別れるカップルならまだしも、私達はまだそんなんじゃないもん。と自問自答する香だが、変なことを思い出してしまったがばかりに自分を更に追い込む結果となった。
とりあえず、ここでじっとしていても何も解決しない! そう思った彼女は待つのを諦め玄関ホールへと歩き出す。
一応もう一度携帯を確認するが例のごとく受信ボックスも着信履歴も0のままだった。
「はぁ…………」と深いため息をついた彼女。一体この不安でたまらない気持ちをどこへやればいいのだろうか……
「あれ? 江ノ本先輩?」
前から歩いて来ていた男子生徒が声をかけてきたのはそんな時だった。
「え………? あぁ、赤石君か……こんなトコロで会うなんて奇遇ね」
「江ノ本先輩は今から部活に?」
彼は香の所属する部活の後輩であり、香と普通に会話出来る数少ない人物である。同時にあの立花にしょうもない噂を垂れ流し、校長と吉田に肉体関係があると勘違いさせた張本人でもある。
「いや…体調悪いから休むって部長に言っといてくれないかな?」
覇気の全く感じられない声でそう返す香。それをみて
「どうかしたんですか? 顔色も悪いですし」
と心配する赤石。だが香は先程と同じような調子で
「いやぁ……大丈夫だよ。大丈夫……」
と誰がどう見ても大丈夫そうには見えない様子だ。が、そこは空気を読まなくてはと思ったのか、赤石はそれ以上は追求せず、重苦しい空気を断ち切るために話を変えようと機転を利かし、明るい声で
「そう言えば、さっき江ノ本先輩の彼氏さんの……健二さん……だったっけ? その人が女性の方と一緒に帰っていましたよ!」
と元気良く地雷源を踏みつけた。
空気も読めず機転も利かず……。その上話すら変わっていない。『KY』とはまさに彼の為にある言葉だろう。
それを聞いた彼女は口元をわなわなと震わせ赤石の肩を持ち激しく揺さぶった。
「どどどどどどーいうこと⁈」
「えええええええええええ⁈」
突然の香の豹変振りに赤石から驚愕の声が上がる。
「し……知りませんよ……ちょ、揺らさ……………ないで」
「何よそれ、何なのよそれ! 一体どーいうことよ!」
「だ…から、僕は……何も知らな………だから揺らさないで………」
「相手……相手は誰!」
「く……ろき…………えり…ぐふぅ」
黒木えり……間違いなく赤石はそういった。
「わかった。ありがと。部長に休むって言っといてね」
揺らされ過ぎて軽い脳震盪のような症状を引き起こしてぐったりした赤石に彼女はそう言い捨てると、彼をその場に捨てて足早に学校から飛び出した。
向かう先は健二の家である。
彼に『限って』浮気なんて…………
赤石がくれた情報は彼女を苦しめるには十分すぎる効果があった。
何かの間違い出会って欲しい。そう、どれもこれも全てただの偶然であって欲しい。そう思う彼女の胸は古傷が痛むかのようにズキズキと疼き始めていた。まるで昔の事を思い出すかのように…………
「いや、まだ浮気と分かった訳じゃない! あの時の約束は嘘だったの…………?」
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「名前とかよく知りませんが、あなたに恋しています。付き合ってください!」
「………えーと……………眼科なら……すぐそこですよ…」
これが健二と香が交わした最初の会話である。
ちょうど二年前のこの日、健二は香に告白したのであった。
当時高校一年生だった健二は女というものに飽き飽きしていた。
今までいく度となく告白され何度か付き合いもした。しかしどの女も付き合って数ヶ月で『嫌な部分』が目についてしまうのだ。例えばそれは箸の持ち方であったり、趣味であったり、話し方であったり、その人の匂いであったり……。どれもこれも少し我慢すればいいじゃないかと思うものばかりだ。でも彼はそれが我慢出来なかった。そして挙句の果ては「世界に一人だけ」だの「運命の出会い」だの「君しかいないんだ」だのまるで何処かで打ち合わせでもしたんじゃないのかというくらい全員が口を揃えて御託を並べる。
その日も立派な御託1000%の告白文を読まれ、さてどーしたものかと対処に困っていた時だった。前方からどこか暗い雰囲気を漂わせながらこちらへ歩いて来る女子中学生とすれ違いざまに目があった。彼は何故だかその時、その彼女の瞳の奥に壮大な過去が秘められている、そう直感した。そして同時に守って挙げたい、彼女を幸せにしてあげたいと思ったのだった。
自分でも不思議だった。これがもしかして恋というものなのか……そうも思った。自分から恋のしたことのなかった健二はこの不思議な気持ちをどーしていいかわからず気が付けば告白して来た女を置き去りにして彼女に告白してしまっていたのだった。
「目は至って正常です。絶対に幸せにします! 僕と付き合ってください!」
先程まで自分が告白していたのにそれを無視して他の人に告白するなんて意味がわからない。
納得のいかない女は
「どどどどどどどーゆーことよ! 私への返事は無しって訳?」
と絶叫に近い声で抗議を唱えた。それを
「うっせーよ。鏡みて来い」
と、こちらを見ずにそう吐き捨てる。
我を忘れてしまうほど彼は名前も知らない彼女に出会った瞬間告白したのである。
一目惚れとはまさにことことだ。
同じく当時中学三年生だった香は普段学校では人と接さず一切を無視し、孤立を図っていたのだが、知らない人からの不意打ちのような告白に同じくどうしていいかわからず
「と…とりあえず、気持ちは伝わりました………」
と引きつった笑顔でこれを返した。
これが二人が付き合い始めたきっかけであり、香の始めて心を打ち解けさせる事が出来た彼との出会いであった。
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「絶対に幸せにする……そう言ったのに……」
まだ彼には自分の過去や秘密のコトを話していない。
もしかしてそのことが原因で………
学校から健二の家まで来る間に彼女は自分の心を落ち着かせるために様々な推論を立てたのだが全てが逆効果となり自分自身を追い詰め、確実に冷静さを失っていた。
彼の家の前に立った彼女はゴクリと生唾を飲み込む。
緑沢……そうかかれた表札の下のインターフォンを静かにゆっくりと……強く押し込む………………。
ピンポーン。
そんな音が静まり返った周囲に、まるでこれから始まる事件の幕開けを知らせるかのように響き渡たっていった…………。