そのⅣ 【恋愛監視委員2】
夏美がトイレに…………もとい、お花を摘みに行ってから5分が経とうとしていた。
このまま帰ってしまっても良かったのだが、あの筋肉女が戦場へ行く時に荷物を持っていかなかったが為に、それを放置するわけにもいかず、ずっと一人で待ち続けている立花。
流石にイライラしてきた彼は、彼女をほって帰ろうと自分だけの荷物をまとめて席を立つ。と、そこで一組のカップルが食堂へとやってきた。
それを一目見るなり露骨に顔をしかめ、再び着席する立花。
彼はカップルが苦手である。特に公共の場で周りの迷惑をかえりみず、人目を気にせずイチャイチャする俗に言う『バカップル』というものが大嫌いだ。それ特有のオーラが今入ってきたカップルにも感じ取られたのだ。
とりあえず、奴らがどこかの席へと座るのを見てから気配を消してここから去ろう。さながら某人気バスケ漫画の主人公の如く誰にも見らることなく存在感を…………
「ねぇ、この席に座ろうよー!」
「いいよー!」
「Oh.ミスディレクション…………」
よりにもよってそのバカップルは立花の向かい側の席に座ってしまう。
想定外の出来事に、立花の脳が悲鳴を上げてフリーズした……。その低スペックな脳みそでこの状況を処理する事は出来かった。
今、席を立ってしまうと、食堂にいる全ての人の目が自分に合わさってしまうだろう。某人気プロジェクトのアイドルのようになりきって立花は勝手な憶測を張り巡らせた。
しかし、考えた所で現状が打破出来るような名案もなく………………。
遂に彼は考える事をやめた……。
「ねぇ! ケン君!」
「なんだい? 香?」
「ハイ! あ〜ん♥︎」
「もー! 香ー。こんな所で〜」
「いいからー‼︎ 口を開けてよ! あ〜ん!」
「仕方ねぇな〜。あ〜ん」
そう言ってバカップルの女の方ーーーー香ーーーーは食堂四番人気240円の『半熟オムライスデミグラスソース付き』を男の方ーーーーケン君ーーーーの口元へと運んで行く。
目の前で繰り広げられているその光景を不快度MAXで見ている立花。彼が握りしめている携帯からは自身の今の気持ちが140文字以内にまとめられて全世界へと発信されていた。
「そうそう! ケン君‼︎ 今日は何の日か覚えてる?」
「今日? 何かあったっけ?」
「もー! 忘れちゃったの⁈」
「えーと……確か…………あ! 天皇陛下の誕生日か⁈」
「ハ? お前それマジで言ってんの? ああ?」
「ヒ…………スイマセン……」
「もー! 私達が付き合って二年目の記念日なのよー! こんな大切な日を忘れるなんて、ケン君サイテー‼︎」
「ごめんよぉ……香〜。許してくれよぉ〜」
「もう知らないもん……」
「ん〜……。そうだっ! それじゃぁ、今日はお詫びとお祝いを兼ねて香のお願い何でもきいてやるよ‼︎」
「本当⁈ じゃぁ許す〜」
「良かった〜。じゃ、何にするんだ? そうだな、まず始めに新しい『ネックレス』でも買ってやろうか? 今つけてるの結構前からしてただろ? 色も落ちちゃってるしさ、新しいのと替えなよ」
「いや……これは…………ダメなの……ちょっとね……。ってか私に決めさせてよ!」
「いいよー。何がいいんだ?」
「え〜と、じゃぁ、駅前の美味しいケーキ屋さんのシュークリーム‼︎」
「ケーキ……じゃないんだね」
「あと、駅地下にあるたこ焼き屋さんでしょ? その横にある『北風』ってお好み焼き屋さんも外せないよね〜。そうそう! 『サーティー……』なんとかって店のアイスクリームも食べたい‼︎」
「食いもんばっかじゃん。服とかアクセとかそういうのはいらないの?」
「んじゃ、ドーナツ」
「全然『んじゃ』じゃないよ……。人の話聞いてる?」
「あとね〜」
「まだあるのかよ‼︎」
「あとは……その…………ケン君………………かな?…………」
「か……香……」「ケン君……」
「香!」「ケン君!」
「香‼︎」「ケン君‼︎」
「かおりっっっ‼︎‼︎」「ケン君‼︎‼︎」
バン‼︎と、その二人の愛の言葉を遮るように何者かが大きな音を立てて机を叩いた。そしてその犯人は叩いたと同時に
「お前ら、もう帰れよっ‼︎」
と力を込めて叫んだ。
このいかがわしい会話をぶった切ったのは他でもない立花睦月だった。
あまりにもバカすぎるバカップルっぷりに立花の脳のイライラゲージがカンストしてしまったのである。
そんな事は全く知らない……否…………知る由もない食堂にいた生徒達は、彼の突然の叫び声に目を丸くしていた。
食堂がいきなり真っ暗になったのはちょうどそんな時だった。
「あれ? なんで暗くなったの?」
と立花は思わず言ってしまう。
突然の出来事の連続で誰もが状況を理解出来ずにいた。
一体何故食堂が停電したのだろうか? その事ばかりが彼らの脳内を駆け巡る。
「さっき、変な人がいきなり叫びだしたから停電したのよ! きっとそうだわ!」
「香! 落ち着いてよく考えてみろ! たとえ停電が起きていたとしても、今はお昼だよ? あんなに近付いていた僕達お互いの顔が見えなくなるまで暗くなるハズがないよ」
「だけど、実際に暗くなってるじゃない! ケン君怖いよ〜」
「一体ここで……何が起きようとしているんだ‼︎」
自分達のワールドへ完璧にハマっているバカップルを筆頭に段々と騒がしくなってくる食堂。それもそのハズ。本当にあたり一面真っ暗闇なのだから。
ずっと携帯を握りしめていた立花はとりあえず『停電なう(>_<)』と呟くことにした。
その開かれた携帯画面の光は立花の背後にある食堂のカウンター【の上に立っている2人組の人影】を照らし出した。その謎の影にいよいよ騒ぎ出す生徒達。それに気付いた立花は一言、
「なんだ? あれは?」
と言い、よりはっきりそれが何者なのかを確認しようと、フラッシュ機能を使おうとアイコンを押し………たのだが、その時どこからか何かが飛来し、立花の携帯を彼の手から暗闇の中へと消し去ていった……。
「ふふふふふふふふふふ」
「あははははははははは」
その直後に暗闇の中から聞こえてくる2人組の笑い声
声の主はカウンターにいた奴らで間違いないだろう。全員そう信じて疑わなかった。
「何⁈ 何なの? あなた達は一体何者なの?」とバカップルの女ーーーー香ーーーーの声。
「誰なんだ! 一体何が目的なんだ‼︎ ってか、なんだこの急展開は⁈」続いてバカップルの男ーーーーケン君ーーーーの声。
そこ二人の質問に答えるかのように謎の声が暗闇から聞こえてくる。
「誰なんだ? と声がする!」
「平行世界の彼方から!」
「異次元空間の狭間から!」
「我らを呼んでる声がする……」
「心の乱れは風紀の乱れ‼︎」
「正義の看板背中にしょって‼︎」
「秩序正して今日も行く‼︎」
「風紀委員会所属‼︎」
そこまで言った所でいきなり食堂の照明が付き、カウンターに立っていた二人は飛び降りた。
「僕は恋の監視委員」
「私は愛の監視委員」
「二人合わせて‼︎」
「「恋愛監視委員」」
どこからともなく取り出してきた『恋』と『愛』という文字が書かれたプラカードを投げ捨てた二人はポーズを決めてそう言った。すかさず後ろの厨房からドーンと大爆発が起こる。まるでヒーローの登場シーンでもみているかのようだ。
「あなたの恋 間違ってませんか?」
「その愛 正常ですか?」
スッと最後はそんな感じで決めた
トントン拍子で話が進んでいくためついていけなくなった生徒たちの大半が食堂から走って逃げて行った。
立花は目の前で起きた出来事に対応出来ずにオーバーフローしてしまう。
何も彼に限った事ではない。今ここにいる全員、誰一人として状況が理解できていないのだから。