そのⅡ 【ガラス破壊の代償】
「君がココにくるのは何度目かね?」
「え……えーと……ココとはどこのことでしょうかー?」
「とぼけるんじゃねぇよ。この『校長室』に来るのは何回目なんだと聞いとるんだ」
「で……デスよね〜。分かってましたよー。ええと……多分、40回は超えているかなぁ? なんちゃって!」
「多いよ‼」
「あれ?そうですか。じゃぁ、30回くらい……」
「そうじゃなくて‼ 来る回数が多いって言ってるんだよ!」
校長の必死なツッコミに気圧され言葉が出なくなってしまう立花。
「あのね、立花睦月君……。まだ今学期に入ってから数週間しか経ってないんだよ。それなのに……。一体君は何枚のガラスを割れば気が済むのかね?」
「校長先生……悪いのですが、今週はまだ、たったの三枚しか割ってないですよ? 先週は五枚……」
「いやいや! 割るなよ一枚も‼ 普通の人は一週間にガラスを五枚も六枚も割るなんて快挙達成しないんだよ! 分かるかな? それを毎回毎回昼休みになると狂ったようにガラスを割りまくって……。一体何がしたいの? そして、何故君はいつも無傷なんだ⁈」
「無傷なのは僕の体が丈夫にできてるからーー」「だまれ」
校長の口からよどみなく出てくる文句の言葉に、立花はただ静かに「スイマセン」と答えるしか無かった。
しかし、彼にはどうしても分からない疑問な点が一つあった。もはや、自分が昼休みに窓ガラスを割るというのは決定事項な訳だ。それなのに、何故わざわざ毎回ガラスを張り替えるのか? まるで、自分に「割ってください」と言っているようなものじゃないか……と。
人間とは、少しでも疑問の念を浮かべるとそれが気になって仕方がなくなってしまうというもの。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥……か……」そう呟くと、立花はさっき抱いた疑問を校長にぶつけた。
「あぁ……。是非そうさせて頂きたいものだよ……。そうしたい限りだよ。でも寒いだろう!季節を考えなさい!冬だぞ今!」
あまりにもバカ過ぎた質問に思わず声を荒げてしまう校長。
「みんなが我慢すれば…」さらに火を注ぐ立花。
校長の怒りのボルテージが最高潮に達し、怒りの言葉をぶつけようとしたその時、立花の背後から
「お前は何を馬鹿なことを言っているんだ……」と聞いた事のある声が聞こえた。
その声に焦りの色を浮かべる立花。
「げ……吉田……」思わず声が漏れてしまう。
その吉田と呼ばれた奴は学校で一番怖いと恐れられている学年指導の先生だ。
「よう、立花……」
そのドスの聞いた声で立花を睨みつける吉田。彼は過去に、学校を潰す目的で侵入して来た不良集団数十名を一人でボコボコに殴り倒し病院送りにしたり、全く言うことを聞かずに先生に反抗ばかりして迷惑だったギャル軍団をたったの一日で壊滅、全員を改心させたりと数々の武勇伝をもちあわせている凄腕生徒指導教師だ。
ついに校長はこいつには何を言っても聞かないと判断して、学年指導を召喚しやがったか……。
『絶望』この二文字が立花を襲う。
だがしかし、してしまったものは仕方が無いというもの。いつも他の先生にやっているように奴らの口から発せられる言葉をひたすら聞き流せばいいだけの話。この行為は彼の得意分野である。聞き流しのエキスパートに不可能など存在しない! そこまで考えた立花はふと、この前聞いた噂話を思い出した。
「学年指導の吉田っているだろ? あいつさぁ、夕方に誰もいなくなった教室で、校則違反を犯した男子生徒を連れ込んで『いけないな……これは、学年指導だ……』とか言っていやらしい手つきであんなトコや、こんなトコを学年指導するんだってさぁー」
確か、四組の赤石君が言ってた噂話……。あの時は気にも止めてなかったが…………。
ハッ…………‼ まさか、校長、口で言っても聞かないからと身体で教育するつもりか……。確かにそれなら聞き流しのスキルをいかすことなどできやしないじゃないか……。し…しかし残念だったな……。俺はノンケだ‼そんなものに興味なんてこれっぽっちも…………ゴクリ………………。
立花は生唾を飲み込んだ。
雲一つない青空の下、今ここに新たな恋が一つ芽生え…………
「おい! 立花‼ 聞いているのか⁈」
「ひ……ひゃい!」
「何をしているんだ……。さっきから俺は、校長と大切な話をしなきゃならないから、早く出ていけと言っているのだが?」
「え……?」立花は直感した。
「あ、その、お二人はそういう関係だったのデスカ?」
「はぁ?」
「い……いえ! なんでもないですさようならー!」
そのまま彼はこの場を早口でまくしたてると、そのまま走って校長室を後にした。
何を言っているのか分からない。そう思った吉田であったが、考えていても答えは見つからないと判断したのだろう。「まぁ、いいか」と呟くと、立花が開けっ放しにして行った校長室の扉を静かに閉めた。
「校長と吉田が…噂は本当だったんだ。でも学校で? いや、しかし、愛の形は人それぞれ。俺が口出ししていいものでは…………」
「あら、今日の説教は早く終わったのね」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
吉田×校長の事を考えていた(というかブツブツ呟いていた)立花は夏美の突然の襲来に声を上げて驚いた。
「びっくりしたー。何々? なにかあったの?」
「びっくりしたはこっちのセリフだ! いきなり話しかけて来るなよ。この筋肉女」
この、明らかに理不尽な文句に夏美は真っ向から対峙する。
「ハァー? 折角私が待っててあげたってのに、何その言い草?」
「誰も頼んでません〜〜」
立花の言動が心底ウザく感じた彼女は無言で奴の顔面に右ストレートパンチを決めた。一発KO勝ちである。
こんな事言われるなんて待つんじゃなかった……と後悔した彼女は、鼻血を出してのたうちまわっている立花を無視して一人、食堂へと向かった。
「おいコラ……。待て…いや、待ってください……夏美さーん。僕も連れてって………。ぐふぅ……」
そううめき声を上げた彼の意識はそのままゆっくりとフェードアウトしていったのであった…………。