そのⅤ 【巻き込まれる人巻き込む人】
〜人物紹介〜
【立花 睦月】この物語の主人公。息をするだけで周りに迷惑がかかる男。
【湯口 夏美】立花の幼馴染で生徒会副会長。最近は立花の顎にストレートを決めるのが趣味。
【緑沢 健二】バカップル男だったが、黒木により仲違いにさせられる。その後は不明。
【江ノ本 香】『死』を呼び込む女性。黒木により能力解放のきっかけを作られる。復讐集団『COP』の団長を務める。
【松下 冷弥】風紀部恋愛監視委員『恋の監視委員』まるで小学生の様なスペックだがれっきとした高校三年生。双子の弟。
【松下 綾子】風紀部恋愛監視委員『愛の監視委員』大人の魅力を漂わせる女性だが語尾を伸ばす癖があるため全部台無し。双子の姉。
【水無月 龍太郎】生徒会長であり、立花と夏美の幼馴染。二人より一つ上でお兄さん的立ち位置である。
【生徒会書記】根は優しいが高飛車な物言いのため人が近寄らない。彼女の事を理解している生徒は少ない。
【石田 真弓】そんな書記の数少ない友人の一人。穏やかな性格で彼女のストッパーのような役割を果たす。誰とでも分け隔てなく仲良くする温厚な生徒だ。
【生徒会庶務】いつも書記に怒鳴られている影の薄い生徒。静かにしないと彼の声は聞き取れない。
【校長】私立車谷高校の一番偉い人。笑顔が素敵。
【吉田】鬼の生徒指導部長。現在、立花に真っ向から対峙できる唯一の教師である。
【黒木 えり】故人。駅前の事故により死亡する。
【赤石 優一】全ての元凶の生徒。現在香と行動を共にし『COP』に所属している。目的は一切不明。
【松井 政義】正義感の強い人物。クラスメイトを助けた事によりクラスメイトに迫害を受ける。江ノ本 香に寸前で助けられる
「私の『死』の力が人助けに? この惨状を見てよくそんなことが言えるわね。寝言は寝てから言いなさい」
その赤石 優一の提案は、赤い瞳をした江ノ本 香によって即座に却下される。
そんな回答が来るだろうと赤石は想定でもしていたのか、
「まぁ、普通ならそう言いますよねー」
とあっさり引き下がる。
「だいたいね、人が死んで誰が喜ぶって言うのよ。これは、呪われた力なのよ。悪魔の力を使って幸せになる人間なんているわけがない……」
昔の事を思い出したのか、表情が少し曇る香。
「そもそも、なんであなたが私の力について知っているのかしら? 見たところ能力の影響を一切受けていないようだし……あなたは一体、何者なのかしら?」
怪訝そうに睨みつける香を尻目に赤石はいつものようにニコニコとした笑顔で自身の右手を差し出す。
「僕の薬指に趣味の悪い指輪がしてあるでしょ?」
「えぇ、確かにこれは趣味が悪いわね」
「はい。このファッションセンスのカケラもない激ダサゴミ指輪が先輩の持っているネックレス……そう言えば彼女に壊されたんでしたね。持っていたネックレスと似た様な効果を持っているんですよ! 先輩のは能力を抑える、僕のは能力から守られるといったところですね!」
香の足元に散らばったネックレスだった物を視界に捉えながら赤石はそう答えた。
この言葉から、彼が一体何者なのか察することは容易いだろう。
「まさか……あなたはあの時、私にネックレスをくれたおじさん……」
「う、うん……とってもいい線いってるけど、ちょっと違うかなぁ。あの時のおっさんが学生のコスプレして君に会いに来るとかなんの罰ゲームかなぁ?」
「じゃぁ、何者なのよ?」
「まぁ、つまるところ、僕はそのおじさんの知り合いと言うわけなのさ!」
順を追って説明するのが面倒になった赤石はざっくりと説明する。
「で! 先輩の能力を人助けに使うって話に戻しますけど」
「強引だなぁ」
遠くから聞こえてくるサイレンの音。おそらく、この大惨事に駆けつけてくる警察や救急車関連のものだろう。何とか人が来る前にこの場から離れたい赤石は話を次へと進める。
「先輩は人が死んで喜ぶ人はいないって言いましたよね?」
「えぇ、確かに言ったわ」
「でもね、僕は違うんですよ。この世には死んでもいい人間がいるって思うんです」
「…………」
「この世の中、自分の利益の為に他人を犠牲にし、それを何とも思わない、それどころか弱者は強者に踏み潰されても当然だと主張する、理不尽で狡猾な奴が溢れかえっているって思いません?。そんな奴らが社会的優位に立ち自分達だけ美味しい思いをし、真っ当な行いをして来た人間が損をし、人知れず涙を流す事しかできない。こんなクソみたいな奴らによって造られたクソみたいな社会について先輩はどう思います? そんな奴ら生きてる価値あると思います?」
赤石はそこまで話し終えると、一呼吸を置き、
「『死』は『死』でしか償えないんですよ」
そう冷たく言い放った。
「人が死ぬってのは、何も心の臓が止まった、その時だけに使う言葉じゃないと僕は思うんです。その人の大切な物や人を奪われたり、プライドや信念なんかを踏みにじられたり……死ぬことを覚悟したり…………そういう『時』には既に人の心は死んでると思うんだよね」
「……」
「何も難しく考える必要は無いんですよ。人を、人の心を殺した癖にのうのうと生きている社会のゴミ屑共に同様の裁き、『死』を与えるだけ。それだけでいいんです。奴らに存在するだけの価値は無い。生きていいハズがないんだ……」
そう熱弁する彼の顔に、先程までの笑顔は無かった。少なくとも香の黒い瞳にはそう映っていた事だろう。
「なるほど、そこで私の力を使って間接的にそいつらを殺せと言うことなのね」
それに、静かに小さく頷く赤石。
「まぁ、正直言うと理不尽で狡猾な奴が……辺りから適当にしか聞いてなかったんだけど」
「死ね!」
「仕方ないでしょ! 話長いのよ短くまとめなさいよ。会話下手なのよ」
僕の熱弁した時間を返せと言わんばかりに睨みつける赤石の視線を弾き返した香は、徐々に大きく、増えていくサイレンの音に負けないよう声のボリュームを少し上げて続きを話し始める。
「確かに、あなたの言う……なんだっけ? この世の屑?」
「社会の屑」
「そう、それが沢山いると私も思う。でもね、私は近くにいる人にしか死を与える事しか出来ないの。ネックレスが無くなった今、次に死ぬのは私をここまで育ててくれた江ノ本おじさんかもしれないし、隣の席でいつも一人ブツブツ呟いてる気味の悪い池田君かもしれないし、私達の部活の部長かもしれない。赤石君、君かもしれないの。所詮、あなたの言ってる事はただの絵空事。理想論にしか過ぎないわ。例え偶然にもそのクズ一人を殺せたとして、それによって社会は何も変わらない。そいつの意思を受け継ぐ第二、第三のクズが新たに現れるだけ。ラスボスより強いボスがダウンロードコンテンツで出てくるみたいな感じにね」
「その例えはおかしいと思う」
「あと、そのクズの家族や、そのクズのおかげで助かってる何の罪も無い人達はどうなるのかしら? 結局は悲しみが他の誰かに移るだけ。憎しみは憎しみしか生まないの。全ての人を笑顔になんて出来るわけが無いわ」
香は静かに全てを話し終えた。
途端、赤石は薄ら笑いを浮かべながら彼女に詰め寄る。
「いつ、誰が、全ての人間を『笑顔』に…………なんてこと言いましたか?」
「え……」
彼の普段は見せない威圧に気圧され、言葉に詰まる香。
「何の罪も無い? ハハハハ。なんのジョークですか? 『知らない』という事こそが罪なんですよ。私はただ、今泣くことしか出来ない人に笑顔を与え、何も知らずに笑っている奴から笑顔を奪う。それがしたいだけなんですよ。わかりますか?」
そう、不適に笑う赤石。
「何も成人君主になろうって訳じゃ無いんですよ僕はねぇ。ハハハハハハハハ。」
全てを聞き終えた香は大きな声で笑う赤石の腹に一発、蹴りを食らわせて遠ざけさせると、
「フフフ。ハハハハ。とても面白いじゃないの。いいわ、気に入った。あなたの考えに乗って上げるわ!」
高らかに笑いながら彼の提案を呑んだ。
「ゴホッゴホッ……なんで蹴ったの……」
「めちゃくちゃ近寄って来て大声張り上げて笑うから。あと、聖人君子ね。間違えてるわよ。それと、もう一つあなたの案に乗るとは言ったけど、能力の問題はどうするの?」
「あぁ、それなら心配ありませんよ。もう先輩は使いこなせるようになってるはずですよ? その証拠に、今まで一切、あなたの『死』の毒気にあてられていなかった彼女を一瞬の内に死を与えたんですから。」
香の心配を事も無げにそう言い放つ赤石。
「本当に大丈夫かしら?」
「そんなに心配なら、リハビリがてら学校内から革命を起こしてみようじゃありませんか。」
レスキュー隊や警察官らが現場に駆け付けた時には既に二人の姿は無く、そこには不自然なまでに綺麗な状態のネックレスの残骸が転がっていたという…………
「団長? 大丈夫ですか? 心ここに在らず……と言った感じですが……」
「あぁ。ごめんなさい。ちょっと色々思い出していただけ。で、何だったかしら? 松井君?」
二週間前のあの日を思い出していた彼女は、松井の一言により我に返される。
「いえ、改めて団長にお礼をと思いまして。こんな私を日の当たる場所へ連れてきて頂いて本当感謝しています」
ピシャッ! と松井が全てを言い終えたと同時に大きな音を立てる雷。二人は反射的に近くの窓から空へと目をやる。
「まぁ、今は日、隠れちゃってますけどね」
彼は冗談交じりにそう言う。
「さっきまでは快晴だったのに急に雲行き怪しくなってきたわねぇ」
「今にも雨が降り出しそうな雰囲気ですよね。予報に雨なんて無かったから傘なんて持ってきてませんよー」
「フフフ」
日常的な会話に日常的な光景。そんな緩やかな空気に二人は思わず笑みをこぼす。しかし、そんな空気は松井の
「団長、来ました」
その一言で打ち切られてしまう。
少し淋しげな表情を浮かべた団長こと、江ノ本 香は
「分かったわ。松井君は嵐が来る前に帰りなさい。今日はありがとう。とても楽しかった」
松井 政義に背を向けてそう言うと、じゃぁね。と別れの挨拶を告げ、車谷高校の北と南の校舎三階を結ぶ渡り廊下へと歩を進めていく。
そんな後ろ姿をみた松井は不安になる。
「まさか、あの日、僕のクラスメイト達全員をカラオケボックス火災に合わせ意識不明にした時みたいに彼も……」
「さぁね。余計な詮索は無しよ。さぁ帰りなさい」
「でも、それじゃぁ、団長が……」
それ以上は先程から鳴り響くヘリコプターのプロペラの音に掻き消され香の耳には届かなかった。
「あなたは優しすぎる。汚れ仕事するのは私だけで充分よ」
相変わらずゴロゴロとなる雷に加え、新たに痺れを切らしたかのように大粒の雨が窓を打ち付け始める。まるで今から起こる戦いの幕開けを知らせるかのように…………
「あら、緑沢さん、ごきげんよう」
「何だよ……裏切り者のクズが。話しかけて来るんじゃねぇよ」
「あらぁ、その様子だと何にも反省してないようね。残念だわぁ」
「これがあなたとの最後の会話になってしまうなんて……」
同時刻、同じく三階渡り廊下へと向かう三名の人影があった。
「今日という今日はマジで許さん」
「まぁ、そうカッカするなよぉ、吉田っち〜。YO! チェケラッ!」
「何々? あんた全く反省してないの?」
鬼の生徒指導こと吉田に、ガラス割り世界チャンピオン立花 睦月、そして彼の幼馴染であり、この学校の生徒会副会長でもある湯口 夏美である。
頭にたんこぶを三つほど作り、襟首を掴まれ吉田にズルズル引きづられていく立花の図は、この学校では最もポピュラーに見ることができる光景の一つである。
「そりゃ、あんたねぇ、どっから持って来たか知らないけど工業用ドリル持ち込んで防弾ガラスぶち抜こうとすりゃ、怒られるに決まってるでしょうが。結局割るのには失敗して、その辺に放り投げたドリルが暴走、床に大穴開けるんだから殴られて当然ね」
「いや、体罰だから。教育委員会訴えますから。えぇ、本当に」
「教育委員会長……私のお母さんなんだよねぇ……」
「揉み消す気か! 横暴だ! こんなことは許されんぞ! 職権乱用だ!」
「お前ら少し静かにしてくれ……ハァ」
吉田はいつもの事ながら立花のアホさ加減にほとほと呆れ果てていた。
「ところで、お前。あんなゴツいドリル、どこから持って来たんだ」
「失礼な。まるで盗んで来たかのような言い方ですね。道中捨ててあったのを貰ってきたんですよ全く」
「誰がそんなもん捨てるんだ……」
「知りませんよ。捨てた人に聞いてください。他にも大きな重機とか、安全第一の黄色いヘルメットとか大量に捨ててありましたよ」
「「今すぐ返してこい!」」
さも当然のように言い張る立花だが、普通に犯罪である。今から校長と共に現場の方々に頭を下げに行かなければならないのかと思うと胃がキリキリ痛む吉田であった。
もういっその事、雨風が吹き荒れ雷が鳴り響く校舎外へと放り出してやろうかと思う。
「ハァ……馬鹿の相手は本当疲れる」
「同感ですよ……先生…………」
二人は本日何度目かになるため息をついた。
そんな時、
「あら、吉田先生。ごきげんよう」
突然、前からゆったりと歩いてきた女子生徒に声をかけられる。
「今日はとても……いい天気ですね」
「お、おう、江ノ本か。 一体お前は何を言っている? というか学校に来てたのか?」
ピシャッ! と大きな衝撃と共に近くに落ちた雷。それによる突然の停電に吉田は思わず立花への拘束を緩めてしまう。
「うぇーい! 俺はこれから自由だぜぇぇぇ」
「あ、お前……」
「そうそう、そこから先、危険ですよ?」
吉田の問いを全て無視し、三名の横を通り過ぎた香は、こちらを一切振り向く事なくそう言った。
「お前はさっきから大雨降ってるのに天気がいいだ、危険だと何を言って……」
「おっ! 渡り廊下の真ん中に男の人がいるぞ! おーい、幸せですかー!」
「赤い瞳……あなたまさか……」
三者三様、それぞれ異なる反応を示した、次の瞬間だった。
「先生! あいつを止めて!!」
何の前触れもなく突然夏美が声を荒げて振り返る。彼女の視線の先にいる相手は先程、吉田による拘束を解かれ逃げる様に渡り廊下向こう側へと走り去って行く立花だった。
剣幕な夏美の様子に気圧された吉田は理由を聞くより先に
「立花! 帰ってこい!」
と呼び掛ける。
刹那、眩い光が吉田と夏美、立花を襲う。それと同時に校舎に鈍く腹の底から震えるような衝撃。そして耳をつんざく様な轟音が校舎にいる人間全員を襲う。
雷が校舎に直撃した。
未だかつて無い、雷がもたらした異常現象に誰もがそう思ったことだろう。
雷光による目くらまし攻撃が止み、あたりの様子が認識できるようになるまでは少しの時間を要した。それくらい強い光だったのである。
「…………え?」
雷の攻撃、第一波から回復した立花は窓の外を見てそう、間抜けな声を上げた。
そこには先程まではなかった、炎に包まれた謎の飛行物体がこちら目掛けて一直線に迫って来ていたのである。
「立花! いいから早く戻ってこい!」
同じく、それを目で確認した吉田は立花に向けて語気を荒げてそう言う。
「メ、メテオだぁぁぁ」
そう発言した立花のすぐ後ろへと、それは直撃。校舎は先程までとは比べ物にならないくらいの激しい横揺れと爆発音に襲われる。
そのとてつもない衝撃と共に立花は吉田と夏美の目の前からガラガラと音を立て姿を消したのであった。
「アハハハハハハ。渡り廊下の崩壊に巻き込まれて死亡。なんて哀れな男なんでしょう、緑沢 健二はぁぁぁぁ!」
廊下が大きな音を立てて崩れ落ちて行く様を遠くの方から眺めている男が一人いた。赤石 優一である。
彼は何者かと携帯で連絡を取りながら状況報告を行っていた。
「えぇ、計画はとても順調です。えぇ、もちろん分かっていますとも。この学校を完全に葬り去り我々の望む物を頂く。失敗? 彼女を惑わす二名、黒木 えりと緑沢 健二を完全に排除した今、そんな事はありえません。えぇ、必ず成功しますとも。我々の宿敵である、湯口 夏美が出張って来ても彼女は止まりません」
「愚かなる人類に救済を……」