そのⅡ 【生徒会役員共】
前回までの登場人物
【立花 睦月】校長の愛車をスクラップにした男
【湯口 夏美】立花と幼馴染。筋肉が凄い
【江ノ本 香】バカップルだった女。現在の状況は謎
【緑沢 健二】バカップルだった男
【校長】学校の創立者であり立花の被害者。スクラップにされた愛車にはまだローンが残っている
【吉田】鬼の生徒指導。校長のピンチにはスグに駆けつける
【黒木 えり】学校でも五本の指に入る程の不良生徒。暴走族『リトルデビル』総長の彼女であり、緑沢と香の仲違いを画策した人物。バックについている『少年』とは、そしてその目的とは一体…………
【赤石 優一】夏美のクラスメイトであり立花の友人、香の部活後輩にあたる人物。立花へくだらない噂を吹き込んだ張本人
「ねぇ、昼休みに呼び出しって一体どういうつもりよ?」
開口一番にそう言い放った気の強そうな女子生徒は自分を呼び出した身長の高い男子生徒を怪訝な顔付きで睨みつけている。彼女の胸には『生徒会書記』と書かれたバッジ。
「まぁまぁ! それが私たち生徒会役員の役目でもあるんだしさ! 笑顔笑顔!」
その隣にいる二人目の女子生徒が生徒会書記をなだめる。彼女の肩には『生徒会会計』と書かれたワッペン。
ここは生徒会室である。現在、ここには男子生徒二名、女子生徒三名、合計五名の生徒会役員達が集まっていた。
「たいした理由もないのにこの私の自由時間削ったって言うならタダじゃ済まさないわよ」
書記は先ほどより強い口調で高身長の男子生徒を睨みつけたまま低い声で唸る
「もちろん、理由無しでは呼ばないさ」
その、小動物なら睨み殺せそうな殺気を送り付けてくる書記には目もくれず、高身長の彼『生徒会会長』は至って涼しい顔で話し始める。
「皆に突然招集をかけたのは他でもない。今、我々の学校『私立車谷高等学校』が抱えている問題についての対策案を考えろとの上からの命令がおりたからだ」
先程からずっとイライラしている書記をなだめ続けていた会計はその言葉を聞いて眉をよせる。
「私達の学校が抱えている問題? それはもしかして、一年生の男子生徒が壊した窓ガラスの弁償代未払いのせいで学校の予算が圧迫されているっていう問題の事ですか?」
「なにそれ? そんな問題あったの?」
「うん……。貴女は書記だから分からないのも無理ないけど、私、会計だからお金の動きには鼻が利くのよ! もっとも、ガラスを割ってる張本人はまだ見たことないんだけどね」
「一年生なら、そこに踏ん反り返ってる副会長さんが同学年だから詳しいんじゃないの?」
「そうなの? 湯口ちゃん?」
生徒会長の隣に座っていた三人目の女子生徒、『生徒会副会長』ことガラス代未払者の幼馴染、湯口夏美は話を振られて肩を震わせる。
「あ……えーと…………クラスが違うから……わからない……かな?」
「まぁ、確かにそれもある……が、今言っているのはもっと深刻な問題だ」
返答に困った彼女を見た生徒会長がすかさず話を流す。
「『高校生傷害事件』と言えば分かってもらえるかな?」
「な……なにその事件……」
それは二週間前まで遡る。
3年2組に所属していた一人の女子生徒が公園で何者かに斬りつけられるという事件が発生したのだ。血を流して倒れている彼女の姿を出勤途中のOLが発見、事件が発覚した。
同日の夕方、今度は商店街の裏路地で2年生の男子生徒が三人、住宅街で一人、合計四人が同じように斬りつけられた状態で見つかる。
一人目の被害者は傷自体は浅かったものの事件のショックからか、現在記憶喪失中。残る四人は今も意識不明の重傷。
この突然、立て続けに起きた三件の事件を始まりに次々と同じような被害が車谷市内で発生していった。
警察も本腰を入れて調査をしているのにも関わらず解決どころか尻尾すら見せないこの事件に、生徒達は不安の色を顔に浮かべている。
「つまり我々は、その事件に巻き込まれない為の対策案を考え、生徒指導の吉田に提出しなければならないって訳だ。先生達もかなりこの事件の対応に追われて忙しいらしくてね。まさに猫の手も借りたいと言う訳さ」
「なるほどね」
会長は一人一人の目を見ながら詳細について説明していく。
「しかし、対策案と言ってもねぇ」
「その通りよ。警察が動いてるなら特に問題ないじゃない」
「ハァ……湯口副会長……対応任せた」
「生徒会長……私に放り出さないでください……。えぇと、確かに犯人逮捕は本職の方々に任せるとしましょう。では、私達は警察に任せっきりで何もしなくていいのか? そんな事はありませんよね。私達は私達なりに事件に遭遇しないように気を付けなければなりません。その方針を決めて生徒達の抱えている不安を少しでも払拭しなければならないのが今の私達、生徒会に与えられた仕事と言うわけです。現在、分かっているだけでも20名の被害者がでています。どれも目撃証言などは無く、一人による犯行なのかグループによる犯行なのかすら分かっていませんが、共通して【人目に付きにくい所での犯行】【どれも車谷高校の生徒のみを狙った犯行】ということです。その辺を考慮した対策案を考えましょうと、こんなところですかね?」
「そうそう。俺の言いたいこと全部言ってくれた。つまりはそういうことだ。」
書記への対応が面倒になり、全てを副会長の夏美に放り投げた生徒会長は覇気のない声でそう言う。
「ま、とにかく対策考えろ。ぶーぶーと文句言うのは後からだ」
「全く話変わりますけど、あの『例の事故』からも二週間経つんですね」
生徒会室の壁掛けカレンダーは二学期の終了日を大きな赤丸で示していた。
「あぁ……確かにそうだが、突然どうした?」
「特に深い意味とかは無いんだけどね。嫌な偶然もあるもんだなぁ、と思ってね」
「『例の事故』ってなんなのよ?」
ーーカフェ『スターバケイション車谷駅前店』前の交差点で大量のガソリンを積んだタンクローリー車と大型トラックが正面衝突、炎上した後大爆発を起こした事故ーー
これが二週間前のあの日ーー立花が夏美に連れられて去ったあの後ーーに起きた『事故』である。
そのあまりにも突然すぎる出来事にそこにいた人々は為す術もないままガソリン引火による爆発に巻き込まれ、多数の死傷者を出してしまう結果となってしまった。
今なお、爆発による影響で身元不明の遺体が残っており、あれだけ賑やかだった駅前通りは進入禁止となっている。
事故の爪痕が消えるのはまだ先になりそうだ。
「本当……嫌な『偶然』よね……」
夏美は意味あり気にそう言うと自分の隣に置いていたカバンからおもむろにピンクの風呂敷に包まれた箱状の物を取り出し机の上に置く。
「なによ? それ?」
「なにってちょっと遅めのブレイクファーストですけど?」
「ディナーな」
「湯口ちゃん……会長……ランチです」
その三人の掛け合い聞いた書記が思い出したかの様に時計を見る。
「ちょっと! モタモタしてるから昼休み終了10分前になっちゃってるじゃないの! どーしてくれんのよ!」
「いいからお前も早く飯食え」
「私は食堂派よ!」
「じゃぁ、俺のパンやるから適当に食え」
いつの間にか菓子パンを机の上に広げていた生徒会長はその中からメロンパンを選び、相変わらずギャーギャーとうるさい書記に放り投げる。
「食べてあげないこともないわ」
「お前にデレられても困る」
「ぶっ飛ばすぞ!」
生徒会室にはムシャムシャと食事する音だけが響く。
「あ……あのー…………結局……た、対策は……どーなるのですか?」
今にも消えてしまいそうな小さい声を発したのは、今の今まで話題にすら出されなかった『生徒会庶務』の男子生徒の物だった。
ただ単にみんなの声で聞き取れなかっただけかもしれないが…………。
「ちょっと! いつもいつも言ってるけど、どうしてもっと大きな声でハッキリと喋らないの? 私をばかにしてるの?」
「え、いや……そんなつもりは……」
「つもりはなくても腹が立つの! マトモに喋りなさいよ! 聞こえないのよ!」
昼休みが会議によって潰された苛立ちを隠せない様子の書記が庶務に当たり散らす。
いつもの生徒会の光景だ……。
理不尽な書記の言葉に誰も突っ込まない。
「ううっ……」
「全く、そもそも事件の全容が見えてないのにどうやって対策立てろっていうのよ? 生徒指導のあのホモ野郎も頼むんだったらそれなりの用意をしろってのに……。面倒事投げ出されて本当迷惑よ! 《大人数での下校》《人通りの少ない道は避ける》もう、これでいいわよ」
庶務に言っても仕方ない事をマシンガントークのように言う書記。が、その的を射ている発言に反対の声はあがらない。
「うん、終わったな」
「そうですね」
「だねぇ」
「……うん」
四人は様々な反応を見せるも、どうやら彼女の案を採用することにしたようだ。
「それじゃぁ会議は終了ね。ってことで私は帰らせて貰うから」
あいもかわらず自分勝手な行動を取る書記。
「まだ書類作成が終わってないんですが?」
すかさず引き止める副会長の夏美。
「そんなの雑用係の庶務と生徒会唯一の一年生であるあなたがするべき仕事でしょ? たまには先輩に敬意の態度を取りなさい」
「えぇ、敬意を評すべき相手だと思った人には敬意の態度をとらせてもらってます。私から敬意が感じられないのならその程度の人間だったという事なのでは?」
「こいつ……副会長だからって生意気な……」
「あらあら〜副会長の座を取っちゃってごめんなさいね〜」
「やんのかコラ?」
「上等じゃボケェ。かかってこんかい」
その時勢い良く生徒会室の扉が開け放たれる。
「なんどいワレェ?」
「どこの組の者じゃ?」
「ヒッ……2年1組です…………」
「あぁ、そいつら無視でいいから。それで急いでたみたいだけどどうかしたの?」
「出ました……校内で…………傷害事件の被害者が…………」
それは、今から起こる長い長い物語の始まりを告げる。
「な……なんだと!」
同時刻、その報せは先程まで鬼の様な表情で窓ガラスを割り校長の愛車をスクラップにした立花を怒っていた吉田と、それをこの世の終焉を悟ったような顔をして見ていた校長の表情を険しいものへと変化させるには十分すぎる程の効果を発した。
「今度は校内だと?」
「え?え?」
「はい……先ほど生徒が見つけた様で……」
「君は校医の先生と警察に連絡」
「はい!」
「吉田君と僕は現場へ行ってくる」
そんな様子を右頬に赤い手形マークを付けた立花は首を傾げて見ていた。
「立花! とりあえず今日はここまでだ。お前は教室に戻って大人しくしていろ。それと、戻ったらクラスメイト達に教室から出ないよう言っとけ! いいな!」
そう言い残し吉田は校長と共に部屋を後にした。
一体何が起きているのか質問し損ねた立花は頭にハテナを沢山浮かべながら二人が去って行った方を見る。
「吉田先生は何か勘違いしておられる……」
そういって彼は天を仰ぎ見る。
「人の話を聞かない……と書いて『立花』って読むんだよね?」
不敵に笑う立花。
先程の吉田と言葉は忘却の彼方へと飛んでいった。
彼は自らの『知りたい』という欲求を満たす為に歩み始める。
向かう先が物語への入口とも知らずに………………
「フフフ…………復讐成功……」
立花が去った後の部屋に響く声。
先程まで雲一つなかった青空に黒雲が立ち込め始める。