そのⅣ 【第三者目線】
登場人物紹介です
・【立花 睦月】学校で五本の指に入るほどの問題児。家でタニシを飼育している。
・【湯口 夏美】立花の幼馴染で、成績優秀スポーツ万能である。オッパイは小さい。
・【江ノ本 香】バカップル女。現在彼氏に浮気の疑惑有り。
・【緑沢 健二】バカップル男で愛称はケン君。現在彼女にATM扱いされていた疑惑有り。
・【松下 冷弥】恋愛監視委員?そんなの居たね。はい次行こう。
・【松下 綾子】誰だコイツ?最近出てないから忘れたわ。はい次。
・【黒木 えり】江ノ本のクラスメイト。香を潰すためにとある『少年』と共に動いている。
・【校長】登場シーンがなくて激おこ
・【吉田】鬼の生徒指導。上に同じ
すっかり夕日で紅く染まってしまった空。それに合わせるかのように遠くの方からは『夕焼け小焼け』の歌が子供達に帰宅を促すかのように流れていた。
もうすっかりと冷え込んでしまった辺りの空気に一人身ぶるいしながら彼は
「おおっ……さむっ……」
と校門を出てからもう何度目かになる言葉をはいた。
朝の気象予報士のおねぇさんの話では、今日一日比較的暖かくなるという予報だったのに……と心の中でおねぇさんに悪態を付きながら彼は、スケートリンクのように凍結した路面を見つめていた。
少しでも気を抜くとトリプルアクセルが出来てしまいそうだ……。
「車……突っ込んで来ないよな?」
ふと、そんな最悪の事態が頭をよぎる。が、周囲を見渡した彼の近くには車どころか人一人もいなかった。
「なんで朝は何ともないのに夕方頃に凍るんだよ……。普通は反対だろ」
一人自然現象に文句を言うが、言った所で何が変わるわけでもなく、その言葉は辺りを吹き荒れる凍てつく寒さの風と共に飛び去って行った。
やがて自然現象に苦言を漏らすことを辞めた彼はため息まじりに、
「今日も酷い目にあったな……」
そう呟いて夕焼け空を見上げた。
「ねぇねぇ、帰り暇?」
6時限目終了と同時に他クラスからやって来た『彼女』は藪から棒に彼にそう聞いた。
「あー、一応暇だけど?」
と携帯をいじりながら聞き返す彼。
「私、生徒会の会議あるからさ、ちょっとだけ待っててくれない? すぐ終わるから!」
「えーー。面倒くさいー」
彼女のお願いに露骨に顔をしかめる彼。
「大体、会議って何するんだよ? 毎回毎回同じ事話して、時間の無駄だとは誰も思わないの?」
「こっちにも色々あるのよ」
「俺関係ないもん。帰るし。帰るからな」
口をとがらせブーブー文句を言う彼を彼女は
「うるさい」
と一言発して、脳天にチョップを食らわせて床に沈めると
「いいから絶対に待ってなさいよ」
そう言って教室から去って言った。
そんな光景は一年一組の教室では日常茶飯事なので、今更彼女の剛腕に驚いたり、彼に助けの手を差し伸べたりはしない。
「あの『筋肉女』は何をしに来たんだ……」
床に倒れこみ周りに痴態を晒し続けていた彼は『筋肉女』こと湯口夏美に向かってそう呟いた。
「はい、帰りのホームルーム始めるぞー。おい、立花。早く立て」
どうやら、担任もこの状況には慣れているらしい。
出張があるからとホームルームを手短に終わらせた担任は足早に教室を後にした。
立花睦月は夏美との約束を守る気などさらさらなく、ホームルーム終了後、すみやかに帰路についていた。と、そこへ誰かが背後から立花の名を呼んでいる声がした。
まさか夏美が? と危惧した立花だったが、声が男性の物だったので安堵した。が、悲しいかな立花の名前を呼んでいたのは夏美より最悪な人物である、鬼の生徒指導こと吉田だったのだ。
「ええええ?」
突然の校長の想い人(と立花が勝手に思っているだけ)の来訪に驚きの声をあげる立花。
まさか……校長では満足出来ずにターゲットを俺に…………。あぁ……イケメンの人生は辛い……。と至ってフツメンの立花は勝手な想像を膨らませて身構える。しかし、吉田から発せられた言葉はある意味予想外な言葉で
「立花、昼の一件で話がある。校長室へ来い」
というものだった。
「いや、でも……話は昼に終わった……」
「途中で中断しただろうが。あんだけの事をして置いてタダで逃げられるほど世の中甘くねぇぞ? 今日は覚悟しておけ……」
借金の取り立てに来たヤクザのような物言いにまるで蛇に睨まれたカエルのように恐怖で動けなくなってしまった立花。
「ほら、行くぞ。そもそも何故お前は毎回毎回ガラスを……」
「嫌だぁぁぁぁ。俺を連れていかないでぇぇぇぇ」
「うっさい!」
「痛い‼︎」
「どうして俺は怒られてばかりなのだろうか。人類の考えが俺にはさっぱり理解出来ない」
常軌を逸した彼のつぶやきから、吉田にどれだけこってり絞られたか分かるだろう。
あ、決して変な意味では無く。
「夏美置いてきたけど、まぁ大丈夫だよね」
一体何がどう大丈夫なのか。相変わらず静かな住宅街の空気は私達のそんな疑問について答えてくれない。
と、その時、先ほどまで何も聞こえてなかったところから突然、男性の怒鳴り声が周りの空気を劈いた。
そのあまりにも唐突すぎる出来事に立花は声を上げて驚いてしまう。
「?」
頭に疑問符を浮かべた彼は首を傾げながら辺りを見回し声の発信源を探すが
「…………誰もいないよな。……空耳? にしては大きかったよな……」
解決できるような材料はどこにもない。
「だから‼︎ お前が悪いんだろうが‼︎」
今度はハッキリと聞こえた。
どうやら、ここから近い所で男性が謎の大声をあげているようだ。
「喧嘩?」
その声色からただ大声を上げているだけではないと察した立花はそう結論付ける。
「いや、結論はまだ早いか。とにかくこの目で何が起きてるか確かめねば」
と、ここで立花の旺盛な野次馬精神が発動。
声が聞こえた方向を頼りに住宅街をずんずん進んでいく。
現場に近付くにつれて徐々にハッキリと聞こえて来るようになる怒鳴り声。しかもそれは男性の物だけではなく女性のも含まれていた。
「カップル同士の痴話喧嘩……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた立花は更に足力を速める。
「はぁ? お前はさっきから何をとぼけてるんだよ! この裏切り者!」
「私がいつケン君を裏切ったって言うの⁈ そもそも裏切り者はあなたでしょうが!」
「さっきから同じことを何回言わせる気だよ! このゴミ屑が‼︎」
思った通り。そこには一組のカップルが道の真ん中で大声を張り上げて喧嘩をしている光景があった。
何事かと近所の人や通りすがりの人やで野次馬達がそのカップルを中心に円形に広がっていた。
全く、最近のバカは周りを気にせず喧嘩をするのか……と呆れ顔でカップルの顔を見た………………
「ええっ⁈」
途端、立花は驚愕の声をあげてしまう。
なぜならそこで言い合っているカップルは、今日の昼休み、物凄いラブラブっぷりを余すところなく立花達に見せつけていたあのバカップル達だったのだから。
「ほうほう……。何か知らんが楽しそうな現場に来てしまったな」
再びニヤリと笑った立花は今なお増え続けている野次馬達の仲間入りを果たしたのだった。
「俺をATMみたいに扱ってたんだろ? 知らないと思ったら大間違いだ‼︎」
「私がそんな事するわけないじゃない!」
「どうだかね? してないって証拠が無いし」
「してるって証拠もないじゃない!」
「そういうのを悪魔の証明って言うんだよ‼︎ とりあえずお前は俺を裏切った。この事実はどう足掻いても変えられない」
「だから、私は今、あなたの浮気について問いただしてるの。話をそらないで‼︎」
「じゃぁ逆に聞くが、いつ俺が浮気したよ? えぇ?」
「学校一の悪女。社会のゴミ。底辺の腐れビッチの黒木えり。彼女と一緒に帰ったって聞いたわよ!」
「だからどうしたって言うんだよ。それとこれと何の関係があるんだよ」
「大有りよ! 立派な裏切り行為。浮気よ‼︎」
「しかしその行為を一様に浮気と断じてしまってよろしいのでしょうか? 一体何を持って浮気とするのか? これは個々の価値観により多種多様でございます。違う異性と帰路を共にした。だからこれは浮気だと、そう決め付けてしまうのは些か問題なのでは?」
「お前誰だよ」「誰なのあなたは?」
「これはこれは、申し遅れました。すぐそこの法律事務所の者です。こういったケースは当事者同士で話し合いをしても解決致しません。まずは私どもの様な専門家立会いの元厳正な審査を…………」
「「帰れ」」
「…………」
二人の終わりの見えないやり取りを止めに行ったのか煽りに行ったのかよくわからない法律事務所の人は、二人に睨みを効かされて何も言えなくなってしまい、すごすごと自分の巣(法律事務所)への撤退を余儀なくされた。
あいつはきっと空気が読めないのだろう。
そこにいた全員の考えが一致した瞬間であった。
その後も不毛な言い争いを続けるバカップル。それに痺れを切らした地域住民が警察へと連絡。二人の白バイが到着したが、先程の法律事務所の人と同じように睨まれてしまう。
「あなたが浮気するから!」
「いいや、お前が俺の金目当てでしかないから!」
警察も困り顔だ。
「これ、110番じゃなくて119番を呼ぶべきだろ。二人の燃え盛る怒りの炎は消防士でないと消せないぜ。」
立花の隣にいた人がドヤ顔で話しかけてきた。
お前の命の灯火を消してやろうか。
気付けば野次馬は立花の来た時の数倍に膨れ上がり、それにより道路が塞がれちょっとした車の渋滞が発生していた。
「ぱぱー。あの人達は大声で何してるのー?」
いつの間にか立花の後ろにいた子共が、父親に向かって素朴な疑問をぶつけていた。
「あれはね、痴話喧嘩って言ってね、前にママとパパが離婚するって言って殴り合いしてたでしょ? あれの優しいバージョンだよ。だいたい別れる前のカップルがあーいう事をしちゃうんだよ」
その問いに父親は至極丁寧に答えた。
「ふーん。ところで物置小屋の中で黒い袋に入って二ヶ月も寝続けてるママはいつになったら目を覚ますの?」
「うーん? いつだろうね? その前に新しいお母さんが出来るかもね」
立花は何も聞かなかったことにしてバカップルの動向だけに注目する。
当分の間は新聞とニュースを一切見ない事を心に固く誓った。
野次馬の存在に先に気付いたのはバカップル男だった。
自分の周りを野次馬や警察達が見ている……。その事が分かった彼は大声を上げるのを辞めた。
その途端、ここぞとばかりにキーキーと喚く女。
「チッ……ラチがあかねぇ。もういいわ。二度と俺の前に現れるな」
そう吐き捨てて自宅の扉を勢い良く閉めた。
「逃げるの? 逃げるの⁈ いいの? 扉をぶち壊すわよ! いいの⁈」
すかさず身柄を取り押さえる警官達。器物破損などされてたら仕事が増えてたまったものではない。
そのまま泣き叫ぶ女。
「女の常套手段だな」
誰かが呟いた。
それから時間にして10分経っただろうか、彼女はようやく泣き叫ぶのを辞めた。
必死になだめていた二人の警官はホット一息ついた。本当、お疲れ様です。立花はそう心の中で労いの言葉をかけた。
彼女はゆっくりと立ち上がると野次馬の一部を睨みつけ道をあげさせると、嗚咽を漏らしながらフラフラした足取りで何処かへと立ち去った。
「ううむ……。あの女、何かやらかしそうなんだよなぁ……」
本日何度目かになる独り言をもらした立花は
「後をつけるか……」
そう言い先程消えた彼女を探すため、去って行った方へと歩き始めた。
根拠は無い。しかし、あの女は絶対に何かをやる。彼のアテにならない第六感はそう告げていた。
「…………黒木えりを……潰す…………」