『死』を呼ぶ者
「あの子はきっと悪魔の子……そうに違いないわ」
言葉の主は怯えた表情で、震える声でそう言った。
「お前は何を馬鹿なことを。いい歳して悪魔だ何だと騒ぎ立てて…」
――恥ずかしくないのか… そういった意味を言外に滲ませ、あきれた口調で言葉を返す。
「それなら、"あの子"をあなたが引き取ればいいじゃないの。これで話し合いは終わり。私は帰らせて頂きますから!」
「ま、待て! 俺には無理だ。……家計…そう! 家計が火の車だからな! どっかの誰かみたいに、日中からパチンコできるような金も時間も持ってないからなぁ」
「あら? 私に喧嘩でも売ってるのかしら? 低所得クソハゲ無能リーマンさん」「流石、旦那に逃げられた性悪カス女。口の汚さと被害妄想力だけは天下一品だな!」
売り言葉に買い言葉。もはや話し合いの体を成していない、不毛な現状に居合わせた"もう一人の人物"は、こめかみを押さえ大きなため息をつく。
「二人共やめないか! ここに集まったのは喧嘩をするためじゃないだろう!」
「あの子のせいで何もかもメチャクチャよ……どうして兄さんは、こんな忌み子を残して………」
――みんな、私の事で言い争ってる。どうして、お母さんは…お父さんは…お兄ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんは、私を置いてみんな死んじゃったの……?
精気の無いうつろな瞳で、一人残された"少女"はふすま越しに、聞くに堪えない会話を聞きながら目を閉じる。
「でも、別にもう悲しくなんて無いよ……だってこれが私の運命なんだもんね。子供の私にはそれを変えることはできないから……」
彼女は布団の中で自分に言い聞かせる様に小さくそう呟く。
――声に出したところで、誰も聞いてくれる人なんていないのに……
「そんな理不尽な運命を、君は甘んじて受け容れてしまうのかい?」
誰かが虚空から言葉を返した。
「えっ…誰……?」
自分が知っている大人たちは隣の部屋で未だに言い争いをしている。返事なんか来るはずが無いのだ。
「気のせい、だよね?」と、しばらく待って彼女は瞳を閉じる。きっと疲れているだけだ。
しかし、
「…………そうだね、とりあえず君の運命を変えに来た『魔法使い』とでも名乗っておこうかな?」
声は再び聞こえる。その声に顔を向けるが、部屋が薄暗いせいか"発信源"を彼女が視認することはできなかった。
「魔法使いさん?」
「そうさ! 君には、人にはない『能力』がある。世界の均衡を崩すことさえも出来る危険な力がね」
――一体何を言ってるの? 魔法使いはそんな彼女の疑問の声を遮るように続ける。
「君は今から眠りにつく。朝起きれば枕元にネックレスがあるはずだから……ずっと付けていて欲しいんだ」
相変わらず姿を現さない魔法使いは、彼女に発言する隙を与えずにそう言うと、彼女の死角から顔に布のような物をかぶせてきた。
突然、彼女の意識は遠のいていく。
「そのネックレスは君の『これから』を変えるものさ。忘れないでおくれ、君は選ばれし人間だってことを」
――何の話をしているの? 待って…魔法使いさんにはまだ聞きたいことが沢山…………
「またこの夢……」
カーテンの隙間からはぼんやりとした光が漏れ、時計は午前5時過ぎを指し示していた。
彼女は時たま、幼き日に経験したこの夢を見る。――私の周りで人が死ななくなった日の出来事を…………
首元には、あの日のネックレスがかかっていた。