いふ2
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「雪野五日です。よろしくお願いします。」
六月という訳の分からない時期に、東京から我がクラスに転入してきた男子生徒は、大して面白味もないテンプレな挨拶を繰り出した。
ぼさぼさの長い髪に、黒縁のフレームの大きな眼鏡、第一印象は根暗。目元の目深まで前髪が掛かっているため、表情が読み難い。
「じゃあ…見崎の隣り空いてるな。あそこ座って。」
転校生に付いて一限目にやって来た担任は、歴史教師に授業遅延の謝辞を述べて教室を出て行く。
転校生が歩き出し、私の隣へとやって来る。近くで見ると、私が彼を見上げるカタチになる。
「あれ?」
つい言葉が漏れる。
「よろしく…。」
小声で、彼は私に挨拶して笑顔を作る。
前髪が風に流れ、柔かな瞳が私に向いていた。目元の泣きほくろが印象的だった。
この人、良く見たら綺麗な顔してる…。
なんで、地味だなんて思っちゃったんだろ。
私の疑問が、解けないままに歴史の事業は再開された。
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歴史の授業は進み、中盤戦を迎えたところで、隣りに座った転入生は机に突っ伏し、動かなくなった。
ええっ、初日から!?
驚く私に何故か、歴史教員・高松孝史(34)独身 の視線が突き刺さる。
私、関係ないじゃん…!
私の叫びを知ってか知らずか、高松孝史(34)魔法使い(笑) が私に声を掛けてくる。
「…見崎。この関ヶ原の合戦はいつ起こったか、言ってみろ。」
私は、必死で教科書を捲る。
いや、まだやってないところなんですけど!
「ああ、もういい。じゃあ、隣りの…雪野、言ってみろ。」
あの野郎、私をかませに使ったな。
私は、早くも(笑)後ろに下がり始めている高松孝史(34)教諭の前髪に呪いを込める。
「はあ、1600年です。」
隣りで寝ていた男から、なんと無しに答えが発せられた。
一番驚いたのは、質問した本人だろう。ちなみに二番目は私だ。
あんた寝てたでしょ。
転入生は質問に答えて、再び眠りに就く。
高松…もう良いか は悔しそうに板書へと返っていった。
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「今日はここまで。」
就業のベルで四限目の授業が終わり、昼食タイムがやって来た。…そして、聡美ちゃんがやって来る。勿論、ゲームの勧誘だ。
「だから、やんないって。並ぶの面倒過ぎるし。」
朝と同じ、会話をしている気がする。違ったのは、今日の四限分の私の授業ノートを写している隣りの転入生くらいだろう。…ちゃっかりしてやがる。
あろうことか、彼は今日の寝飛ばした授業の写しを、私に頼んできたのだ。貸してやる私も私だが、その図太さに感心してしまう。
「あれ、見崎さんはゲームやるでしょ?」
突然顔を上げた転入生くんは、良く分からないことを言い出す。
「えっ?やらないよ。面倒だし。」
「へー…そう、やるって訊いてたけど…。」
誰にだ。と問い詰めようとすると…、視界が聡美ちゃんでいっぱいになった。
うん。…近い。
疑問の答えを聞くことはできないまま昼休みは終わり、残りの授業を消化していく。次第に私の疑問は薄れ、終いには消えていった。
繰り返される日常に、少しの満足と退屈を抱きながら今日も一日が過ぎていく。今日もそしてこれからも、変わることの無い日常が続いていくと、私はその時…そう思っていた。