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 プレゼントしたブーツを、渋りながらもジェイクが受け取ってくれたことに、アルミナはこっそりと安堵の息をつく。

 ジェイクは苦々しくブーツを見つめているが、それでも受け取ってくれた。自分が作った物をこれから身につけてもらえるというのが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

 彼が望まないことをやっているという自覚はある。勢いでなんだかんだと誤魔化して居座っているが、いつまで続けられるかは、彼の気持ち次第だと言う事も忘れていない。そしていつまでも居座り続けられないことも。ただ、ずっと続けばいいと願って、まともに先の事を考えずに、ここに居座るための手段ばかりに手を打ってしまっている。

 父親のこともある。まだ何とか見つかっていないが見つかったときのことも考えておかねばならない。連れ戻しても娘に益が無くなったと知れば、無理矢理連れ戻すほどの執着はされないはずだ。大叔父の所へ行けば、多少は守ってもらえるだろう。だから、大叔父の所へ行くことをまず考えなければいけないのに。

 それなのにここでどうやってジェイクと暮らしていくかを考えるのが楽しくてたまらない。

 先の事を考えると憂鬱になるので、アルミナは気持ちを切り替えて本題を切り出した。

「それで、これなんですけど」

 アルミナはそう言って、一枚のビラを男に向けて開いて見せた。

「このブーツを履いて、優勝を狙いましょう」

 ジェイクの目の前でぴらぴらと揺れるのは、ロデオ大会の参加者募集をした物だ。この辺りでもかなり大きな大会で周辺の街からも多くの参加者と見物人が押しかける、町を挙げての祭りとなる。優勝となると、高額の賞金まで出るのだ。ちなみに準優勝は、賞金も半額以下となり、三位になると、仲間数人と一晩の飲み代にはなる程度の完全なはした金となる。

「……出ねぇぞ」

 とたんに顔をゆがめたジェイクに、アルミナがすまして答える。

「大丈夫です、申し込みは済ませてありますわ」

「は?」

 出場するには、冷やかしの出場者をなくすために参加費用を払わなければならない。それは捨てる額にしては少々大きい。それをもうすでに払い込んでいるととぼけてみせると、男が頭を抱えて唸った。

「お嬢様よ、あんた何勝手なことをしやがるんだ……」

「ジェイクなら優勝できますわ。賞金いただいたら、二人で大叔父の所へ行きましょう」

 最高の提案だと思っていたのに、ジェイクは噛みつくように叫んだ。

「何で俺が一緒の予定になってやがるんだ!」

「だって、私達、夫婦ですもの」

 アルミナは、本当にそうなればいいという願いも込めて、にっこりと笑った。


 ジェイクは最後まで出場を渋ったのだが、払い込んだ参加費が帰ってくることはなく、「払った以上は参加しないともったいないですわ」とアルミナに逃げ道を塞がれ、渋りながらも参加を承諾した。

 大会当日、アルミナは出場するジェイクを控え室まで送りながら感慨深さを覚える。

 ジェイクは大会のために数日前からアルコールを絶っている。無精髭はまだいいと面倒がって剃らせてはくれなかったが、ブーツはあれから履き慣らして今日履いてくれている。浮浪者かという様相になりがちな姿も、持っている服の中で一番見栄えが良い物を、それなりにアルミナが手を入れておいたので、それなりに見られる物となっている。粗野な雰囲気は払拭できないが、それでも素敵だとアルミナは満足しながら支度したジェイクを眺めた朝。

 ジェイクが靴だけがやたらに立派すぎると眉間に皺を入れながらもそれでも受け入れてくれた。

「ここまででいい」

 くっついてくるアルミナを追い払うように足止めし、「じゃあな」と一人控え室に向かうジェイクに、「頑張って下さい。応援しておりますわ」と声をかければ、ふりかえりもせず、けれど小さく手を挙げて答えてくれた。

 彼の背中を見送りながら、優しい人だと、改めてアルミナは思う。

 口ではきついことを言ったとしても、情に厚く、思いやりのある人だと。これまでの共同生活でもそうだった。

 いつまでこんな日々を続けられるだろう。けれどいつか向かい合わなければいけない事もある。それはこれ以上ジェイクを巻き込んで良い事ではない。けれど、今はジェイクと二人の生活を大切にしたかった。

 本当に、ジェイクが優勝して、二人で大叔父の所へ行けたらいいのに。

 心の中で願うが、ジェイクがそれに肯いてくれるとは思えない。

 ジェイクは口に出しては言わないが、馬に乗るのがとても好きなのだろうとアルミナは思っている。はじめて彼を見かけたのもロデオだった。それは街の片隅で行われた小さな賭け事のような物だった。

 暴れる馬の背に乗って、巧みに身体を動かせる。

 なぜかとても美しく見えて、思わず目を奪われた。

 その後の馬の状態を確かめてねぎらう姿も胸に残っていた。

 あの日のことを思い出しながら、あら? とアルミナは気付く。

 最近、アルミナは自分の気持ちがどんな物かをはっきりと自覚している。成り行き任せの結婚だったこの結婚を、本物にしたいと思っているのだ。ジェイクのそばにいたい、彼のことを愛しているのだと。

 ゆっくりと自覚していった想いだったが、こうして思い返してみるとジェイクを見つけたあの時、彼を気に入ったのではなく一目惚れだったのかもしれない、と気付く。

 何もかもから目を逸らして現状に流されるままになっている今の状態では、とても本人に気持ちを伝えるわけにはいかないが、せめてこれからも一緒にいたい気持ちぐらいは伝えたいと思った。

 観客席にあがるとロデオの試合を見つめる。しばらく見つめた後、ジェイクの順番が近づいてきたのに気付く。眼下で行われている試合を横目に、スタンバイしているジェイクを見つめながら、これまでのこと、これからのことを改めて考える。

 馬が好きなのに、馬を見るとどこか苦々しい感情を持て余しているように見えるジェイク。もしかしたら、今のように厭世的に生きるようになったきっかけなども関係しているのかもしれない。元々そういう生き方をしているにしては、彼はとても優しすぎるから。

 余計なお世話だと思われるのは分かっている。けれど、過去に何があったのかは分からないけれど、少しずつ好きな物に触れ、彼が彼らしくもっと前向きに生活をするきっかけの一つになればいいと思う。小さな事を積み重ねて行けたらいいと思う。

 その時、新たな選手の登場に歓声が沸いた。広場に出てきたのはジェイクだった。

 アルミナは手を振りながら彼の名を叫んだ。

 十秒程度の短くけれど長い長い時間。声が思いが、彼の元まで届くとは思わない。

 飛び跳ねる馬の上にまたがり、片手を振り上げてバランスを取る姿。

 魅せるパフォーマンスと躍動感。馬の跳ねる動きと、手綱を操りつつ揺れるジェイクの身体が、リズムを刻むように一体感を見せつける。

 アルミナは声を上げて声援を送る。

 この姿にあの時も惹きつけられ、魅せられたのだ。野蛮にも見えるこの競技が、ジェイクにかかると、まるで激しくも美しいダンスを踊っているようにすら見える。

 熱気に会場は盛り上がっている。

 ひどく長く感じるわずかな競技時間がゆっくりと過ぎて行く。終わるまで、アルミナは声援を送り続けた。


 結果は、準優勝となった。

 優勝者とは男はわずかの差だった。どの馬に当たるかといった運も差に出たのかもしれない。けれどアルミナはこれ以上ないほどに興奮していた。

 再び彼の勇姿が見えたことが嬉しかった。やっぱり彼は、最高の夫なのだと。

 大会が終わりジェイクが戻ってくる姿を見つけると、アルミナは駆け寄ってその腕の中に飛び込んでいった。

「ジェイク、お疲れ様でした! すごく、すごくすてきでしたわ!」

 ぎゅうぎゅうとしがみつくと、男は突然に飛びついてきた名ばかりの妻を、しっかりと抱き留め、その背に腕を回しそのまま抱き寄せるように力を込める。

 背中に回された腕の感触に、受け入れられたような喜びがアルミナの身体を駆け抜けた。ジェイクが、はじめてアルミナに自ら触れてきたのだ。

 アルミナは、噛み締めるように言葉を選びながら、今胸にある興奮を彼に伝える。

「やっぱり、あなたが一番輝いていましたわ。私には、あなたの姿が一番すばらしく見えました。私はあなたの妻になれて幸せです」

 例え、それが名ばかりであったとしても。ずっと、ずっとそばにいます。

 伝えられぬ想いも、心の中で呟き、けれど伝わればいいと願いを込めた。

 ジェイクからは何の言葉も返ってこなかったが、アルミナを見下ろしてくる瞳がいつになく優しく見えたこと、いつものような拒絶がないこと、あまつさえ抱き寄せてくるその腕の強さ。それらがアルミナへの答えに思えた。

 二人はそのまま、しばらくの間、ただ抱き合っていた。


 その夜は、賞金で少し豪勢に買い物をし、いつもより豪華な夕食となった。

 ジェイクの知り合いが何人も絡んできたが、アルミナが彼のそばから離れようとしなかったためか、彼女を置いて仲間と飲みに出ることはなかった。

「良いんですの?」

「飲み代をたかりに来ただけだ。あいつらに飲ませる金はねぇよ」

 そう笑っていたが、彼ならむしろ、仲間達と飲み代でぱぁっと賞金を使う方が「らしい」のにと、アルミナはこっそり首をかしげた。アルミナを気遣う言葉の内容も、どこか彼らしくない。彼の気遣いが言葉で現れたことなど今まで一度もないのだ。けれどそれだけ彼に近づけたのかもとアルミナは結論づける。なにより二人での祝勝会というのは嬉しいので異論はなかった。

 食事中もジェイクは珍しく機嫌良さそうに、わずかな笑みをたたえてアルミナが話す言葉に耳を傾けている。

 アルミナは幸せだった。これで一つ、ジェイクに近づけた気がした。ジェイクに受け入れられていく気がした。こんな風にジェイクが歩み寄った態度を取ってくれたのは初めてだったのだ。

 そして、ジェイクがほんの少しでも、気持ちが上向くのなら、彼をここに落とした何かに向き合うきっかけになれたのなら良いと願った。

 明日からこれまでより近い距離で彼との生活を続けられるのだと、アルミナは期待していた。

 なのに。


 その翌朝、アルミナは目をさまして愕然とする。

『大叔父の所へ行け』

 短い文面と共に添えられた賞金。彼の気配の消えた家。

 その日、ジェイクはアルミナの前から姿を消した。




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