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数日も過ごすと、だいぶ街での生活にも慣れてきた。
ジェイクが普段一体何をして過ごしているのか、生活費をどうやって稼いでいるのか、全くの不明であったが、ふらりと出ていって、ふらりと帰ってくる。
ただ、その辺りでくだを巻いていることもあれば、どこへ行っているのか行方知れずのこともよくある。尋ねてもアルミナに何かを教えてくれることはない。
なので、アルミナは最初に質屋で売ったペンダントのお金でもって、本来やるつもりだった仕事を探していた。
実は全部の金額を合わせると、大叔父の所までたどり着くぐらいにはなっていた。だから最初はこれ以上ジェイクに迷惑をかけないように、大叔父の所に行くつもりだった。恩返しはそれからすればいいと思わないでもなかった。
が、アルミナはそうはしなかった。どうしてもジェイクのそばを離れたくないと思ってしまったのだ。
となると、この街で仕事を探さなければならない。何としてでもジェイクのそばにいるのだ。
アルミナは、見つけた店のドアを押し開いて入っていった。
「……あんた、何してるんだ……?」
帰ってきたジェイクが眉をひそめるのを見て、アルミナは「お帰りなさいませ」とにこやかに挨拶をする。
歩み寄ってきて、アルミナの手元をのぞき込む男の姿に、アルミナはどきどきした。
結婚したとき無理矢理剃った髭は、また伸びて小汚いと言えるような様相にすっかり戻っていた。服は粗末ながらも、アルミナが洗濯するのでそれなりに小綺麗にはなっているが、やはりどこか小汚い。
「あら、今日はお酒を飲んでおりませんわね。良かった! 少しのお酒はいいですけど、昼間っからくさいぐらい飲んでいると体に悪いですから」
くんと鼻をならしてかぐわざとらしい仕草に、ジェイクは鼻白む。
「あんた、話を逸らしているだろ」
ジェイクの言葉に、すいっと目を逸らしたアルミナが、「ばれてしまいましたわ」と、舌を出した。
「で、何やってるんだ」
「革細工ですわ」
「……はぁ?!」
「わたくし、手に職を持っていると言いましたでしょう? それがこれなのです。主に皮に柄を入れるカービングが得意なんですの」
といって、アルミナは細工について、皮のすばらしさやそれに描く図案だのとこだわりや良さについて饒舌に語りはじめた。
たまった物ではないのがジェイクである。革製品の質や装飾にはそれなりに興味があるがその装飾技術の話となると興味が全くない。
「革細工は結構だが、そんな細かいこだわりには興味はねぇよ」
うんざりした様子で呟いたジェイクに「あら、久しぶりに語った物で、つい熱が入ってしまいましたわ」と、アルミナが頬を染める。ひとまずこだわりが半端ではないことだけは理解できた。
そしてアルミナの作った物に目をやり、「ほぉ」と目を見張る。技術の細かい話には興味はないが、出来映えや見栄えという物はそれなりに目が利くつもりのジェイクである。その彼でも、おもわず目を引く出来映えであった。熟練の技巧と言うよりは、センスが良い。目を引くデザインだ。
「道具一式一緒に盗まれてしまいましたから、最低限の道具を買いそろえただけですし、凝った物は出来ませんが、出来映え次第で買って下さるお店も見つけてきましたわ」
「あんた、お嬢様のくせに何でこんな事ができるんだよ……」
ジェイクが革細工を一つ手に取り、それを弄ぶ。
アルミナが得意そうに笑顔を浮かべ、嬉しそうに語り始めた。
「お嬢様になる前から教わっていましたの。祖父が馬具を作る職人でしたから。お嬢様になってからはこっそり師匠を見つけて、こっそり腕を磨きましたわ。大変でしたのよ。でもちゃんと腕を磨いてないと、あの父から逃げても生きていけませんし、知られたらそれをルートに見つかるかもしれませんし、隠し通しましたわ」
そこまで言って、アルミナはぽんと手を叩く。
「ジェイクがご入り用でしたら、馬具だって作りますわよ……と言いたいところですが、さすがにあれは小物しか練習してこなかった私には難しいので、私が最もすばらしいと自信を持って勧められる祖父にお願いしましょう!」
興奮したように言ったアルミナに、突然表情を消したジェイクが低い声で呟く。
「……必要ねぇよ」
冷めた物言いに、アルミナは首をかしげる。ジェイクの乗馬の腕のすばらしさも、そしてその腕を褒められて喜んだことも記憶に新しい。
「でも、ジェイクは……」
「もう、自分の馬は飼わねぇ」
アルミナがしゃべるのを遮るようにして発せられた男の言葉に、彼女は小さく肯く。
「そうですか……。わたくし、ジェイクが乗馬している姿はとても素敵だと思いますわ。ロデオの腕も、すばらしいと思います。だから、もったいないと思っ……」
「だまれ」
ジェイクの声が厳しくなった事に気付き、アルミナはそれ以上言葉にするのをやめ、代わりに謝罪にして返す。
「ごめんなさい。わたくしが口出しをすることではありませんでしたわ。……許して、下さいますか?」
しゅんとした様子で顔色を様子を窺ってくるアルミナに、ジェイクは小さく溜息をつく。
「馬を飼えるような状態じゃねぇんだ、そこは察しやがれ」
その言葉にアルミナは少し悲しそうに微笑んで、けれど「はい」と肯く。確かにジェイクの暮らしでは、馬を持つのは難しいだろう。けれど、ジェイクの様子を見ればきっと、それは本当の理由ではないのだと思えた。それでもそういう事にしておいて欲しいのだろう。そして、これ以上空気を悪くしないための、ジェイクなりの心遣いの言葉であったのだろうと。
アルミナはジェイクの軽口に乗ることにした。
「では、わたくし、しっかり働いて、ジェイクに馬を買ってあげられるように頑張りますわ」
そう嘯くと、ジェイクがわざとらしいほどに顔をしかめる。
「そんなちっせぇもんで、馬が買えるほど稼げるわけねぇだろう。馬買う前にその金でさっさと出て行くんだな」
溜息混じりの言葉に、分が悪くなったことを感じたアルミナは、「そんなに妻を追い出そうとしないで下さい」と笑ってその返事を躱す。
「……認めてねぇよ……」
その反論は聞かなかったことにした。
* * *
夜中、うめくような声が聞こえた気がしてジェイクは目をさました。
耳を澄ますせば、「……イヤ……!」と、悲鳴のような声が隣から聞こえてくる。アルミナの声だ。
何事かと思い、ジェイクは飛び起きると、そっと中を窺った。
アルミナの寝室は静まっている。が、時折アルミナが寝返りを打ちながら呻くのが見える。
何だ、悪夢でも見ているのか。
と、引き返そうとした時だった。
「ジェイク、やめて下さい……!!」
悲鳴のような声と共に、アルミナの手が何かを退けようとするように動く。
名前を呼ばれたジェイクは立ち止まった。
振り返るとやはりアルミナはベッドで眠っているようだ。
……なんの夢を見てるんだ、あのお嬢様は……。
頭を押さえながら、ジェイクは彼女を叩き起こしたい衝動と戦いつつ扉を閉めようとした。しかしそんなジェイクに追い打ちをかけるように、再びアルミナの叫び声が響いた。
「そんなの、ダメですわ……!! あなたがそんな野蛮なことをするだなんて……!! そんな人じゃないと思っていたのに……」
すすり泣くようなアルミナの声。
「…………おい」
ジェイクはこらえきれず、呻くように低い声を漏らした。
「あ……っ、お願いです、やめっっ、あ……あ……いやぁ……っ」
「あんたは一体、夢の中で俺に何をさせてるんだ!!」
あえぎ声に耐えきれずに、とうとうジェイクはバタンと音を立ててドアを開けると、アルミナの部屋に怒鳴り込んでいった。
とたんにアルミナががばっと体を起こし、きょろきょろと辺りを見渡す。そしてジェイクの姿をとらえた。
「ジェイク、ひどいですわ!!」
「ひどいのはあんただろうが!」
「いいえ! いつもひどい言葉遣いをしていても、食事のマナーはちゃんとしておりましたのに! 生卵を殻ごとバリバリ食べるだなんて、そんな野蛮な食べ方をするような人だなんて……」
涙声で訴えてくるアルミナの言葉を遮るようにジェイクが叫んだ。
「しねえよ!!」
一体何の夢を見ていたんだと頭を抱えている隣で、ジェイクの叫び声に反応したように、突然アルミナの動きが止まった。
そして、ぼーっとした様子で辺りをきょろきょろと見渡すと、ジェイクを不思議そうに見上げた。
「あら? ジェイク。どうしてこんな所におりますの?」
気の抜けた問いかけに、ジェイクが疲れ切ったように肩を落とす。
「……覚えてねぇのか……」
「何をですの?」
ジェイクは複雑な表情でアルミナが首をかしげているのを見下ろしてから、「うなされていたから見に来ただけだ」と力なく呟くと部屋を出た。
「ジェイクは、優しいですわね」
アルミナが少し弾んだ声で、ジェイクの背中に向けて言葉をかけた。
「……あんたは、思った以上に予想外な女だよな……」
力の抜けたその声はアルミナにははっきりとは届かず、アルミナは首をかしげつつも、「おやすみなさい」と声をかけてくる。「良い夢を」と。
ジェイクは振り返り、扉を閉じる前に、「あんたもな。良い夢を」と返した。
ジェイクが心底、アルミナが良い夢を見るようにと祈ったのは、言うまでもない。