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雪の街の少女  作者: asami
9/25

9・弔い

 翌朝、花屋が開くのを見計らって花束を買い、旭橋の手前にあるロータリーへと三人で出かけた。

 ロータリー付近の、旭橋が正面に見える場所でタクシーを降りた。

周子は身震いして肩をちぢこませた。白い息が吐き出される。

灰色の空は昨日より一層寒く感じられた。

 ロータリーの中央にある塔に表示されている電光の気温はマイナス十度となっていた。  

塔は夜になればライトアップされるのだろう、沢山の電球が取り付けられていた。その円形の部分を中心に、国道など六本の道路が放射線状に延びている。

主要道路が入っているため交通量は多く、ひっきりなしに車が通る。やはり、冷え込んでいるのだろう。排気ガスが白くゆっくりとその間を流れるのが見える。

六本の道路から次々にロータリーへと車が入って中央の円に沿って右回りに走り、再び他の道路へと流れていく。ロータリーに入り込むタイミングが難しそうだが車はスムーズに流れていた。

運転免許を持たない周子には、この方式で事故がおきないのが不思議に思えた。

 冬まつり会場の一つが旭橋の河川敷にあるらしいが、まだ朝も早いせいかそちらへ向かう人影はまばらだった。

「立派になったものね」

 義母は目を大きくし、あまりの変わりように戸惑っているようだった。

「あの橋、もっと大きかった気がしたけれど……」

 前方の遠くに見える旭橋を見つめてそう呟いた。

 この橋はガイドブックに北海道遺産だと記されていた。古いもので、昔と変わっていないはずだった。左右に建物が建っているせいで旭橋は建物に埋もれるように小さく見えるのだろう。

「風景が変わってしまっているせいでしょうか」

「随分こざっぱりした感じになって……。昔は電車がロータリーの真ん中を通って、旭橋を渡っていたのよ」

 義母はそう言いながら、ロータリーから旭橋の方を指差した。その情景を思い描いているのだろう、義母は遠い目をした。その視線は小さくなった旭橋で止まり、嫌なものでも見るように眉を寄せて目を細めた。

「あの橋を、駅まで兵隊さんが行進をしていった。出征する兵隊さんを日の丸の旗を振って見送ったの。おじいさんの二人のお兄さん、いさむさんときよしさんもそうやって見送った……そして、この橋を渡って、二度と戻ってこなかった。勇さんも、清さんも……」

 お兄さんが二人とも戦死して、家業を継ぐ役回りが三男の誠さん、義母の夫に巡ってきたのだ。誠さんは喘息持ちだった為、徴兵を逃れたのだという。

道の左右を埋める日の丸の旗を持った人達。隊列を作って整然と旭橋を渡り、駅に向かって行進していく兵隊。

夫を見送る者、息子を見送る者。恋人、父親、あるいは友人。

義母はその光景が今そこに見えているかのように、旭橋から目の前の道路を再び目で追いながら当時を語る。

義母の素振りと事細かな説明に、見えるはずのないものが周子にまで見えてきた。

旗を振る人達の口元は涙を堪えているように、固く結ばれている。

泣いてはいけないのだ。お国のため、お国の役に立てる身を喜ばなければならないのだ。

嫌だとは言えない。言ったとしても、死が待っていることに変わりない。それも、後ろ指を指されて家族にまで不名誉なレッテルを貼られ。

死ぬことがわかっていても行進を続けなければならない。

死への行進。

お国のために潔く死ぬ。そんな馬鹿げた志を持たされた兵隊はどれほどいたことだろうか。

その影で、どれだけ多くの女性達が涙を流したのだろう。自分の腹を痛めた子を、喜んで死なせる母親がいなかったと信じたい。

諦めきった生気のない顔をした亡霊達が整然と目の前を行進していく。

まだ生きていたい、死にたくない。

この世に未練を残している魂は、この旭橋をさ迷い続けているのだろうか。

周子はくらくらと目眩がした。

自分を現実の世界へ引き戻すように義母に声をかけた。

「お義母さん、事故があったのはどの辺になりますか?」

 うつろな目をしていた義母は正気を取り戻したようにはっとして背筋を伸ばし、話し始めた。

「……あのとき、旭橋を渡って駅前へ向かう途中だったの。師団通りを歩いて……ああ、今は平和通りというのかしら」

「今は買い物公園というらしいですよ」

 そうなの。と、寂しそうに頷いてから、義母は当時の事故のあった場所を思い出そうと、じっと車道に目を凝らしているようだった。

「鮮明に覚えていたはずなのに」

 義母は口に手をやって深いため息をついた。時代の波にさらされて当時の面影がなくなってしまったこの場所に、義母は失望したのだろうか。

「ママ、このお花どうするの?」

 美雪がつまらなさそうに花束をぶらぶらさせている。周子は美雪の前に屈んで説明した。

「それはね、お供えするのよ」

「おそなえって?」

 『お供え』の意味がわからない美雪はそう聞き返した。

「おばあちゃんの子供が小さいときに事故で死んでしまったの」

「死んじゃったの?」

 鸚鵡返しに言った美雪は顔をしかめた。子供なりに死がどういう意味を持つ言葉なのか理解しているのだろう。美雪の中で、死は嫌なこととして理解されているようだった。可哀想。と呟いて、持っている花束を両腕でぎゅっと握り締めた。

「でも、いなくても、その人のことを覚えていたらその人はいるのよ」

 周子は死という言葉が美雪には強烈すぎたような気がして、そう付け加えた。

「いないけどいるの?」

 美雪は首をかしげた。

「そう。その人のことをいつまでも忘れないでいたら、心の中にその人はずっと生きているの」

 そう言ってから、周子ははっとして義母を見た。

 義母は悲しそうな笑みを浮かべて聞いていた。

悲しみのあまり、娘、みゆきを忘れようと故郷を捨てた義母。その義母の行動を否定するようなことを言ってしまったのではないだろうかと、周子は不安になったのだ。

 周子は取り繕う言葉を必死に探したのだが、何も言えないまま義母を凝視した。

 義母の泣きそうな顔から目が離せなかった。

 ごめんなさい。お義母さんを責めるつもりで言ったわけじゃないの。そんなつもりじゃなかったの。その言葉が周子の頭の中で空回りしていた。

「お義母さん……」

「いいの、気にしないで。周子さんの言う通りよ」

 義母の強張った笑顔が痛々しかった。それ以上、周子は何も話しかけられなかった。

 花束を歩道の隅にそっと置いてその場所を離れた。


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