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雪の街の少女  作者: asami
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4・写真の少女

義母の容態は毎月の定期検査で大きな変化がないまま数ヶ月が経ち、いつしか義母の病気のことは日常に埋もれていった。

正月も過ぎた頃だった。

旅行の話が出る数日前、周子の心に引っかかる出来事があった。

義母は身辺を整理し始めたのだ。片づけがひと段落してからは、押入れの奥から古い手紙の束だの、アルバムだのを引っ張り出し、開いてはじっと眺めてため息をつく日が多くなっていた。

「おばあちゃん、何してるの?」

 六歳になる娘の美雪みゆきが幼稚園から帰るなり、コートを放り出して、義母の部屋に入っていった。

義母は子供が苦手なようで、美雪が生まれてからは穏やかな笑顔を見せることは少なくなっていた。

美雪が部屋に来ることを嫌がり、いつも、行けばお菓子を与えて、さっさと部屋から追い出してしまうのだ。

皮肉なことに、それを目当てに美雪は必ず義母の部屋へ駆け込むようになってしまった。

「美雪、入るときはノックをするんでしょ」

美雪に続いて周子が義母の部屋へ顔を出し、いつもすいません。と、頭を下げた。

「いいのよ」

 義母は笑顔でそう応えたのだが、声は硬く、美雪が部屋を訪ねることを迷惑に思っているのが周子にはあからさまにわかった。

そんなことにはお構いなしに、人懐っこい美雪は、義母の肩越しにアルバムを覗き込んでいた。

「髪が伸びてきたね。ばさばさしてうっとうしいから切ったほうがいいわね」

 義母の肩に美雪の髪がかかり、義母は顔をしかめて周子にこれ見よがしに言った。

「美雪ね、一年生になるから髪伸ばすの」

「自分で手入れができないうちは伸ばしてはだめね」

「できるもん!」

義母は美雪が髪を伸ばすのを嫌がる。髪が肩につくようになってくると、あれこれと理由を言っては切らせようとした。周子としては髪を伸ばして可愛いリボンの一つもつけてみたいと思うのだが、あまりにもしつこく義母が言うので、波風立てたくない周子はつい言いなりになってしまうのだった。

「ねえそれ、昔の写真?」

「見ても面白くないわよ」

 義母が閉じようとしたアルバムを美雪が引っ張った。

「見たい。美雪に見せて。おばあちゃんはママだったの?」

「そう。子供のときもあったのよ」

「へえー」

 妙に感心した美雪の声につられて、周子は義母の部屋に顔をのぞかせた。

「あら、お義母さん。またアルバムを見ていたんですか」

「ええ、ちょっと」

 周子がのぞくと義母は決まってアルバムを閉じる。まるで見られたくないとでも言うように慌てた素振りで。

 周子は義母のアルバムを見せてもらったことはなかった。夫のアルバムはもちろんあるのだが、夫が生まれる前の写真は何一つないのだった。

「お義母さん、結婚式の写真とかあるんでしょう?」

「戦時中のどさくさでどこかへ失くしてしまったから……」

「おばあちゃん、お嫁さんだったの? お嫁さんの写真本当にないの? もしかしてあるかもしれないよ。美雪が探してあげる!」

 義母の膝の上で閉じられていたアルバムを、美雪が義母の手を払いのけて開いた。

「これ、やめなさい」

美雪は構わず、強引にページをめくった。

「うわあ、これ、おばあちゃん? 綺麗だねー。でもどうして全部色がないの?」

 セピア色に色落ちしたモノクロ写真が並んでいるのだろう。美雪は好奇心一杯に目を見開いている。

 周子もそのアルバムに興味はあったが、義母が見せたがらなかったアルバムを除くのは気が引けて、部屋の入り口に立ったまま「美雪、無理なことしちゃだめよ」と、たしなめた。

「あっ、赤ちゃんだあ。可愛い! これ、美雪?」

 美雪はアルバムの中を指差して義母に訊いた。黙ったままの義母に代わって周子が答えた。

「美雪のパパでしょう。おばあちゃんはパパのママなんだから」

「へええ」

 美雪は目をきょろきょろさせ、不思議そうにその写真をじっと見ていた。

「これ、女の赤ちゃんじゃないの?」

「違うわよ。お父さんは一人っ子なんだから」

「ああ、それはねえ……」

 義母が言う前に、美雪はアルバムを重そうに手に抱えてとことこと周子の前にやってきて、立っている周子の腹の辺りに開いたままのアルバムを突きつけた。

「だってこれ、髪におリボンを付けてるもん」

 ほら、ね。

美雪は口を尖らせて、勝ち誇ったように言った。

 周子はその場に屈んでアルバムを手に取り、どれどれと覗き込んだ。

「周子さん、あの――」

 義母がアルバムを返して欲しそうにこちらを伺っているのが周子の視界にあったのだが、興味のほうが勝り、周子は気づかないふりをした。

 確かに、若かりし頃の義母と思われる二十代位の女性が腕に抱いている乳児は、リボンを頭につけていた。

 親戚の子でも抱いているのだろうか。

 そのページの写真はその一枚だけだった。その周りに、貼られていた写真の跡が白く残っている。後ではがしたようだ。捨ててしまったのだろうか。

次のページをめくった拍子に、はらりと一枚写真が滑り落ちた。周子はそれを拾い上げてアルバムに挟み直そうとして、その手を止めた。

 みゆき。享年六歳。

 何気なく見た写真の裏に、そう記されていたのだ。我が子と同じ名前に、周子は不吉な感じがして顔をしかめた。

「周子さん、それは……」

 青ざめた義母が見る見る顔を険しくして周子のそばに寄ってきた。

美雪と同じ名前に同じ年。膝丈のワンピースを着てこちらに微笑みかけている少女。我が子より少し長めのおかっぱ頭だが、どことなく似ている。

この少女は? 

「これ、誰なんですか」

 周子の問いかけには答えず、義母は無言でその写真を周子の手からもぎ取るようにして奪い、アルバムに挟めて閉じてしまった。

「あなたたちには関係ない写真よ! 疲れたので休ませて貰います」

 周子と美雪は義母に押しやられ、部屋から閉め出されてしまった。

「美雪、何か悪いことしちゃったの?」

 心配そうに、美雪が周子を見上げて言った。

「ううん。おばあちゃんはちょっと気分が悪いだけよ。あっちのお部屋で遊びなさい」

 周子は義母の異常な態度に動揺しながらも、笑顔を作って美雪を安心させるように穏やかに言った。

 あんな義母は見たことがなかった。美雪を可愛がるということはなかったが、意味もなく怒る人ではなかった。きっと触れられたくないことに触れてしまったのだ。周子はそう思った。

 それにしても、あの写真の少女はいったい誰なのか?

 そんな疑問を抱いたまま、周子は義母と美雪を連れて旭川へと出かけたのだった。


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