22・融解
「姉さん、会えてよかった」
翌朝、高野の叔母がタクシーを乗りつけてホテルまで義母に会いに来てくれた。
「トミちゃん、今まで連絡もしないでごめんね……」
「いいの、私も変な意地を張って」
硬い表情でぎこちない会話を交わしてから、二人は顔を見合わせて噴出すように笑った。
「お互い歳をとりましたね」
「すっかりお婆さんね」
二人とも目じりを手で押さえて笑い泣きしている。でもそれは照れ隠しなのかも知れない。
素直に交わす言葉の温もりが雪を溶かすように作用して、五十年余りの溝を徐々に埋めていくようだった。
二人でゆっくり話したらという周子の申し出に、周子さんと美雪ちゃんも一緒にと言われて、美雪と一緒に義母と高野の叔母と向かい合わせに座った。
「おばあちゃん、仲直りできて良かったね」
午前中からパフェにありつけてご機嫌な美雪は、知ったような口ぶりで正面に座る義母に、にっこり笑った。
「本当に似ているわ」
美雪を見つめて、高野の叔母がほうとため息をついた。
義母と周子は高野の叔母に視線を寄せてその続きを待った。
「……実は、夢にあの子……みゆきちゃんが出てきたの。お母さんと仲直りして欲しいって」
みゆきちゃんは桃色のオーバーを着て今の美雪のように、にっこり笑って言ったのだという。
周子さんと美雪ちゃんが訪ねてきてくれたからそんな夢を見たのかもしれないわねと、叔母が微笑んだ。
きっとそれは夢ではなく、みゆきちゃんは叔母の前に現れたのだ。
あえて言葉には出さなかったが、周子は内心そう確信した。
いつまでも姉妹が仲違いしているのを、みゆきちゃんは気に病んでいたのだろう。もうこの世にいない者が訪ねてきたと考えるのは非現実的な話だが、周子はごく自然にそう思った。
昨夜の出来事を夢だったと片付けてしまうにはあまりにも鮮烈過ぎて、どんなことでも素直に受け入れてしまえる気分だった。
周子の目と合った義母の目も、そうだと頷いているようだった。だが、それ以上は訊こうとしなかった。
「ねえ、トミちゃん。一つお願いがあるの。あの子の物、何か残っていないかしら。私、何もかも捨ててしまって手元に写真が二枚っきりなの」
義母は遠慮がちに、叔母にそう切り出した。
「そうねえ、納戸に何か残っているかもしれないわねえ」
叔母が住んでいる家は高野家の実家をそっくり受け継いだものだった。納戸や物置は整理されずに手付かずの状態になっているらしい。
「おばあちゃん、これ」
美雪はコートのポケットから何かを握り締めて義母の目の前でその手を広げた。
「お手玉?」
義母はそのお手玉を一つ手に取った。
ちりん。
澄んだ鈴の音に、義母は驚いたように目を見開いた。
「ああ、これ」
義母は懐かしそうに目を細めて愛しむようにそれを眺めた。
「高野の叔母ちゃんがくれたの」
「これはね、私が作ったものなのよ。みゆきが赤や紫や桃色の鮮やかなお手玉がほしいといって、あの子の着物の端布でこれを作ったの。よくこれで遊んでいたわ」
「そういえばそうだったわね。すっかり忘れていた」
高野の叔母が両手を口に当て、大きく頷いた。
「おばあちゃんにあげる」
「いいの?」
「だって、みゆきちゃんがおばあちゃんに渡してねって言っていたから」
美雪の言葉に目を丸くしている高野の叔母の横で義母は驚く様子もなく、そう……そうなの。ありがとうと何度も頷いていた。
「あのね、叔母ちゃんの家でみゆきちゃんがお手玉のあるところ教えてくれたの」
「美雪ちゃん、叔母さんのうちには他に誰もいないのよ」
高野の叔母がやんわりと訂正した。
「だって、みゆきちゃんがいたんだもん」
美雪は不満そうに口を尖らせて抗議した。
「姉さん……」
助けを求めるような顔つきで、高野の叔母は義母に目を向けた。
「いたのかもしれないね」
義母は真顔で答えた。
「姉さんまで……」
眉をひそめて気味悪がっている高野の叔母に、冗談よ。そんなことあるはずがないでしょと、義母は笑って否定した。
口では否定していたが、義母は美雪の言葉を信じているに違いなかった。
言葉数は少なかったが、姉妹はラウンジで紅茶を飲みながら互いの心を通わせることができたようだった。