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雪の街の少女  作者: asami
17/25

17・手袋

 美雪が寝付いた後、義母と話をしたくてラウンジへ誘ったのだが、疲れたからと言って体良く避けられてしまった。

 周子は明日で旭川を立つことになるのだと思うと、気ばかりが焦って寝付けなかった。

暫く寝返りを繰り返していたが、そのうち、いつの間にか眠りに落ちた。

 真夜中、風の音で周子は目を覚ました。

 何気なく横を向いた周子は、息を止めた。横に寝ているはずの美雪がいない。

「お義母さん、お義母さん! 起きて下さい! 美雪が、いないんです!」

「ええ?」

ゆっくりと上体を起こした義母は、状況が飲み込めていないのか、隣の誰も寝ていないベッドに目を向けた。

トイレにもいない。周子はコート掛けを開けた。

そこにあるはずの美雪のピンクのコートと長靴がなかった。

「外に出たんだ!」

 こんな真夜中に、どこへ行ったというのか。

ベッドサイドのデジタル時計は午前二時を指していた。

 二時――。

 明日二時に会うの。

 美雪はそう言っていた。まさか、こんな真夜中に?

 そう思ったのだが、周子はそれしか思いつかなかった。

 まさか。まさかそんなこと。

 周子はあることを思い出し、部屋の明かりをつけて旅行鞄をひっくり返した。

 なくなっている。

 美雪が女の子と交換した赤い手袋がないのだ。

周子の半信半疑だった考えが、確信に変わった。

間違いない。

「どうしたの? どうしたらいいの?」

 義母は救いを求めるような視線を周子に向けておろおろしている。

「わからない。わからないけれど……お義母さん、服に着替えてください。今、タクシーを頼みます!」

「心当たりがあるのね?」

 何がなんだかわからなかった。就学前の幼児が、見知らぬ土地で夜中に出歩いて、目的地にたどり着けるとは思わない。

 でも、それしか考えられない。

 周子は考えるより先に行動していた。


 タクシーはロータリーを通って常盤公園に続く児童公園へ向かった。

 午前二時過ぎ。ロータリーを彩っていただろう電飾は当に消え、マイナス十一度というデジタル表示が寒々しく光っていた。

降る雪もなく、空気が張り詰めたように冷え、雪が音を吸収した静かな夜だった。

真夜中の道路は、時折、トラックやタクシーがすれ違うだけだ。車が通るたび、排気ガスが生き物のようにうねり、白いスケートリンクのような道路には、雪煙がさらさらとすべるように流れる。

明るいときとは別世界のような深夜の雪景色。

 昼間来た児童公園が周子の視界に入った。

タクシーの窓から、周子は公園の方に目を凝らし、街灯の下の青白い雪山に、屈んでいる小さな影を見つけた。

 周子は急いでタクシーを降り、奥まった公園まで走った。だが、音を立てると美雪が逃げていくのではと思い、門の前で立ち止まりそろそろと公園の中へ入った。

 みしみしと雪を踏む足音が大きく響く。

タクシーから降りた義母に、周子は振り向かないまま、車道脇の降りたその場に立っているように手で合図した。

「み、ゆ、き」

大声で呼んではいけないような気がして、周子は静かに名を呼んだ。

 声をかけた後も、公園の隅にいる美雪はこちらに気付かないで、屈んだまま雪を丸めていた。

「美雪」

 公園の半ばまで来て立ち止まり、周子はもう一度優しく呼んでみた。

 美雪は動かしていた手を止め、こちらを向いた。

「美雪!」

 そのとたん、周子は駆け寄った。美雪は立ち上がって一方後ろへ下がり、背を向けて反対側へ逃げるように走っていった。

 雪山で同じ高さになった公園の柵を乗り越え、子供の足とは思えない速さでどんどん走っていく。周子は追いつけず、その背中を必死に追った。

「美雪!」

 いつのまにかロータリーに出ていた。車が一台もいない車道に、美雪は飛び出していった。

「危ない! 戻ってきて!」

 一瞬、美雪はこちらを振り向いた。

 冷たい微笑。

 周子は息を飲んだ。

 美雪じゃない。

あのコートも美雪のものだし、顔も確かに美雪だ。でも、あれは美雪じゃない。

 美雪の姿をした何か。



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