16・お話
新鮮な魚介類。値段は少し張ったが、美味しい寿司をたらふく食べた美雪は、満足して帰った。
子供は早く寝て欲しいときは寝ないものだ。
興奮しているのか、美雪はなかなか寝付かなかった。
「もう九時になるんだから、早く寝なさい!」
「だって、眠くないもん」
「明日、遊べなくなるからね!」
こちらが焦れば焦るほど、美雪はむくれていうことをきこうとしない。
「それじゃあおばあちゃんが、お話をしてあげるから、眠ってくれる?」
「……わかった」
義母にそんなことを言われたのは初めてだった。美雪は驚いたように目をぱちくりして、素直にベッドに入った。
部屋の照明を消してベッドサイドのライトをつけ、その傍らに座った義母は、静かに語り始め、周子も隣のベッドに寝そべって、その話しに耳を傾けた。
「昔々、あるところに可愛い女の子がいました。その女の子は桃色が好きで、冬の日にはお気に入りの桃色のオーバーを来て遊びに行きました」
「ももいろのおーばー?」
「ピンクのコートよ」
周子が口を挟んだ。
「美雪とおんなじだ」
「まだ雪が降っている日、女の子は春が待ちきれなくて桃色の短靴を買いにお母さんと出かけました」
「たんぐつって?」
「夏にはく靴のことよ」
「ふうん」
今度は義母が注釈をした。
お話しがなかなか進まない。
でも、これって……。
周子は悲しい結末の話になるのではとはらはらした。
「そこへ、悪戯好きな雪が、その仲良しの親子を見つけて、意地悪をしてやろうと大粒の雪をどんどん降らせ始めました。そのせいで、二人はお店までなかなか行けません。それでも歩いていると、雪はますます降り続けて周りを何も見えなくしてしまいました。歩く道も、お店も何もかも真っ白で何も見えません」
そんなに面白い話とは思えないのだが、美雪は義母の話しにじっと耳を傾けている。
「それでどうしたの?」
「とうとう、女の子のお母さんは、今日は買い物を諦めようと言いました。でも、女の子は、どうしても買い物に行きたいと言って帰ろうとしません」
「お店に行けた?」
「女の子のお母さんは、女の子をおいてお家へ引き返していったので、女の子も仕方なくお母さんの方へ走っていきました」
美雪は瞬きもせず聞き入っている。
「そこへ」義母は、そこで息をついた。
「そこへ、女の子の目の前に車が飛び出してきたのです」
「ぶつかったの?」
「ところが、意地悪をしていた悪戯好きの雪が、強い吹雪でその車を吹き飛ばしてくれました。そのおかげで女の子は傷一つありませんでした。雪は女の子に意地悪をしてごめんねと謝りました」
「良かった。死んじゃったのかと思った」
「雪と女の子は友達になり、一緒に雪だるまを作って遊びました。お、し、ま、い」
悲しい話にならずに済んだ。周子はほっとしていた。でも、義母は何故そんな話をしたのだろうか。
「もう終わりなの?」
「そうよ」
「ほら、お話が終わったんだから寝なさい」
周子が促しても、美雪は何か言いたそうにもじもじしている。
「ねえ、おばあちゃん……手袋はどうなったの?」
「え?」
手袋? そんなことなど義母は一つも話していない。
「手袋って?」
義母の顔が青ざめた。
「だって、女の子は手袋を取りに戻ったんでしょう?」
あくびをしながら美雪が言った。
「もういいから、寝なさい」
「はあい」
周子の一声で、美雪は布団をかぶるようにして丸くなって目を閉じた。
美雪はこの前の夜、義母の話を聞いていたのだ。そうでなければ美雪が知っているのはおかしい。
「きっと、あの夜、お義母さんの話を聞いていたんですよ」
「そうね」
青ざめた義母を安心させようとしてそう言ったものの、周子はどこかでそれを否定していた。
そんなことあるはずがない。でも、まさか。
周子の背中の辺りがざわついた。