15・閉ざされた心
「美雪ちゃん、いいところに連れて行ってもらったの?」
「おばあちゃんに似ている人に会った」
「えっ」
「お義母さん、実は高野の叔母さんのところへ行ってきました」
夕刻、ホテルの部屋へ戻ってみると、義母は椅子に座り珈琲を飲みながらテレビを見ていた。
義母は目を瞬かせ、「そうなの」と、そっけない返事をした。
「勝手に行ってすいません」
「いいのよ。あなたが会って悪いことなんてないんだもの」
「今度はお義母さんも一緒に行きませんか」
「私は遠慮するわ」
即答だった。
「叔母さんは、きっとお義母さんに会いたいのだと思います。お義母さんが会うのを嫌がるからと――」
「あの人から聞いたのね。私は昔あの人に酷いことを言ったの。今更、会わせる顔がないの」
「一言謝れば済むことじゃないですか」
「そんな簡単にはいかないの」
頑なな義母に、周子はそれ以上話し掛ける言葉を思いつかなかった。
義母はプライドが高くて、頑固なところがある。ここはいったん話を引っ込めて、別の機会にしようと周子は思った。
周子は一人っ子だ。小さい頃から、兄弟のいる家庭が羨ましかった。だから、結婚した当初に、義母は妹がいるのに、仲違いしたままでいると夫から聞き、ずっと不思議でならなかった。よっぽどの理由なのだろうと、今まではそっと見守ってきたが、その理由がわかった今、どうしても放っておけなかった。
周子は夫や友達から、よく、お節介だと言われることがある。この性格は、今では珍しい近所付き合いの多い下町で育ったせいだと周子は思っている。
近所のじいちゃんばあちゃんとも仲が良かったし、隣近所で夕飯をご馳走になることも珍しくなかった。
地域で中心になって世話を焼いていたのが周子の母だった。だから、誰それの子が振られて泣いていたただの、昨日誰それちゃんの家でおかずの味付けのことで夫婦喧嘩していただの、些細なことでも母は知っていた。母はそのたびに何かと首を突っ込んでいた。母は根っからの世話焼きだ。
その性格を受け継いでいるというのもあるが、近所に弟妹分がいて兄や姉もいる。そこが一つの家族のようにしてお互い助け合いながら育った周子は、困っているのをじっと見ていられないのだ。
いまさらこの性分は変えられない。夫もそれはよく承知していて、今回の旅行の目的を話したら、渋々ではあったが、周子の気の済むようにやったらいいと言って送り出してくれたのだった。
旅行は三泊四日の日程だったが、義母がまだいたいようであればホテルを変えてでも、滞在を伸ばそうと周子は考えていた。
それなのに、夕食に出かける寸前、義母は明日東京へ帰りましょうとぽつりと言ったのだ。
周子は唇を強くかんだ。
こんな中途半端なまま帰るなんてできない。まだ、旭川にいたい。
「お義母さん、明日は無理です。予約してあるのにキャンセルはできません。予定通りあさって帰りましょう」
「そうね、急には無理よね。周子さん、旭川まで付き合ってくれて本当に有難う」
「私、何もしていません」
少し棘のある言い方をしてしまったかもしれない。
口に出してから後悔した。苛立ちを隠すように、周子は義母の先に立って歩いた。
お礼を言われるようなことは何一つしていないのに、そんな風に言われるのは不本意だったのだ。
「お義母さん、やっぱり高野の叔母さんに会ってみませんか」
周子は足を止め、義母の方に振り向いて食い下がった。
「ママー、お話ばっかりしないでお寿司早く食べに行こう。おなかすいた―」
「はいはい、行きましょうね」
そう言って、義母はさっさと歩き出した。
美雪に話の腰を折られた。美雪がいると落ち着いて話ができない。美雪が眠ってから、今度こそじっくりと義母と話をしてみよう。
周子は説得を断念し、ホテルで教えてもらった寿司屋まで黙って歩いた。