14・思い出
会社自体かなり縮小されたが、それなりに幸せな生活で、五年前に夫を亡くし、今は足が不自由なものの、気ままな一人暮らしをしているという。
今更、自分の人生に後悔はないのだと叔母は言った。
だが、今でも誠さんに関しては、姉、シゲに反感を持っているのだ。
「誠さんは約束された地位と財産を捨ててまでも、あの人のことを第一に考えた。そんなにもあの人は愛されていたのに」
叔母は八十歳を当に過ぎているはずだが、愛する人を思うその姿は一人の乙女に違いなかった。
「お婆さんがこんな話をしておかしいでしょ」
叔母は口に手を当てて、上品に笑った。
「いえ、そんなこと」
歳を重ねても、女なのだ。周子は顔を上気させて話す叔母のことが、初々しい少女のように見えた。
「……あのひとは、誠さんのこと本当に好きだったのかしら」
「それはどういう――」
「叔母さん! いいもの見つけた!」
美雪がばたばたと足音を立てて居間に戻ってきたので、話は中断された。
美雪は大事そうに両手に包み込むようにして何かを持っているようだった。
「何でも勝手に持ってきたらだめじゃない」
「いいのよ。美雪ちゃん、何があったの?」
「これ」
そう言って開いた両手のひらには、お手玉が五個ほどちょこんと載っていた。それは、赤や紫色の着物の端布で作られていた。鮮やかで美しいお手玉だったのだろうが、色褪せて古ぼけていた。
「あら、そんなものどこにあったのかしら」
「二階の小さいお部屋にあったの。かごに入っていたよ」
「懐かしいわねえ」
「振ったらいい音がするの」
美雪はその中の一つをつまんで、耳元で軽く振った。
ちりん。
澄んだ鈴の音がした。
「小豆と鈴が入っているの。他のも音がする物を入れてあるはずよ」
「へええ」
美雪は早速一つずつ耳元で振ってみている。それぞれ違う音がして、その度に美雪は目を大きく見開き、何の音だろうかと首をひねっている。
「美雪ちゃんのおばあちゃん、昔お手玉がとっても上手だったのよ」
「今は?」
「きっと今も上手だと思うわ」
好奇心で目をきらきらさせている美雪に、叔母はにっこり微笑んでそう答えた。
「良かったら、それ持っていってもいいのよ」
「くれるの? ありがとう!」
美雪は大喜びで、大事そうにピンクのコートのポケットにしまった。
「孫の美雪ちゃんも可愛いいし、あの人は幸せ者ね」
「ありがとうございます」
「今度、あなたのご主人にも会ってみたいわ。誠さんの息子さんだから、きっと男前なんでしょうね。是非一緒に遊びに来てね」
でも、夫はお腹も出てきているし、会ったらがっかりすると思いますと、周子は苦笑しながら応えた。
とうとう最後まで、叔母から、義母に会ってくれるという良い返事はもらえなかった。
あの人のほうが嫌がるだろうから。
叔母はそう言ったのだ。
「でも、本当に生き写しねえ」
叔母は帰り際、玄関先で改めて美雪の姿を見てそう呟いた。
「そんなに似ていますか?」
古いモノクロ写真の遠藤みゆきは、娘よりもう少し大人びていた気がした。同じ年頃の女の子はみんな同じに見えるのかもしれない。まして、同姓同名ではなおのこと、似ているのだと錯覚を起こしやすくなるだろう。
「目鼻立ちも似ているけれど、なんていうんでしょうねえ。仕草や気の使いようがね」
「そうですか」
「そうそう、人参が嫌いなところもね」
似ていると言われてあまりいい気がしないというのが顔に出ていたのだろうか。叔母はそう冗談めかして笑った。
血を引いているのだから、どことなく似ているところもあるだろう。
そのとき、周子はその程度にしか考えていなかった。