12・みゆき
「そ、その子は……」
「こんにちは! 遠藤美雪ですっ! 六歳です!」
美雪がやや緊張した笑顔ではきはきと応えた。初めて叔母さんに会うから、ちゃんと挨拶してねと周子は美雪に言い聞かせていたのだった。美雪はその通りに大きな声で自己紹介をしたのだ。
「エンドウミユキ……」
叔母の顔は真っ青だった。口元はわなわなと震えていた。
「トミさん? 大丈夫ですか? どこか加減でも悪いんですか」
エプロンの女性は血相を変えて叔母のそばへ行き、背中をさすったりしている。
みゆき、まさかそんなはずは。
叔母はうめくようにそう言って、両手で顔を覆った。
「ごめんなさい。あの、驚かせてすいません。この子は私の娘で、お姉さんの遠藤シゲの孫になります。偶然なんです。偶然この名前をつけてしまったんです」
「美雪、悪いことした? 叔母さん病気なの?」
心配そうに美雪は周子の顔を見上げた。
「ママがびっくりさせてしまったの」
美雪の前に屈んで、周子は上手に挨拶できたねと笑顔で頭を撫ぜた。そうしながら周子は自分を責めた。同姓同名の同じ年頃の娘を連れてくるなんて、驚かせに来たようなものだ。そんなことにも気がつかないなんて馬鹿だ。
だが叔母の動揺ぶりは異常にも思えた。姉の子が亡くなったのはショックだったろうが、六十年経った今もなお、それを引きずっているというのはおかしい。
「高野の叔母さん、美雪ね、病気を治すの上手なの。お熱があるの? 冷たいタオルをおでこにのせるといいんだよ」
必死に叔母を気遣う言葉をかける美雪に、叔母はやや強張った顔を少し上げて美雪の方を向いた。
「美雪ちゃん? こっちへおいで」
「なあに、叔母さん」
「美雪ちゃんは良い子ねえ」
傍へ歩み寄った美雪の頭を、叔母は優しく撫ぜながら徐々に笑顔になった。その顔は義母にそっくりだった。
「驚かせてしまって、本当にすいません」
周子は平謝りした。
「いいの。私が悪いのよ。そんな何十年も前のことを思い出して。もうだいぶ昔のことなのに」
気を使ってくれるところもそっくり。あの子が生き返ったのかと思ったわ。
そう言って叔母は当時のことを思い出したのか、目を潤ませていた。それでも無理に笑顔を作っていた。
人に弱いところを見せまいとする叔母は、外見だけではなく、性格も義母に似ていると周子は思った。
「美雪ちゃん、びっくりさせてごめんなさいね。叔母ちゃんは大丈夫よ。昔ね、おんなじ名前の子がいたの。それでちょっとびっくりしただけよ。美雪ちゃんの名前は良い名前だから、きっとみんながつけたがるのね」
優しく話しかけた叔母に、美雪も安心したように笑顔で大きく頷いた。
「叔母ちゃん、うちのおばあちゃんと似ているね」
「そうよ、叔母ちゃんはおばあちゃんの妹だもの」
「へええ」
美雪は首をかしげている。今ひとつぴんときていないようだった。
「加山さん、美雪ちゃんに何かお菓子を上げてくださいな」
お構いなくと声をかけた周子に、遠慮はいいのよと叔母が言って、エプロンの女性、加山さんに用意するようにと促した。
「じゃあ、美雪ちゃんこっちへ来て一緒にどのお菓子が良いか選んでくれる?」
美雪は喜んで加山さんについていった。
「加山さんはヘルパーさんなの。私は足が不自由で買い物にいけないから。とてもよくしてくれるのよ。周子さん、そんなところに立っていないで腰掛けてくださいな」
勧められるままに叔母と向かい合わせのソファに座った。
「周子さん、初めてお会いしたのに嫌な思いをさせてごめんなさいね」
「いいえ、こちらこそ突然押しかけてすいません。でも、お義母さんととても似ているので、初めてお会いしたように思えません」
「そう、そんなに似ているかしらねえ」
そう言われるのは不本意なようだった。叔母はふと寂しそうな顔をした。
「話があってここへ来たのでしょう? 姉の体がよくないのかしら」
叔母は勘が鋭かった。周子が目を見開いて叔母になんと言おうかと思案していると、叔母がにこやかにこう付け足した。
「この年になるとね、そんな話ばかりなのよ。だから特別なことではないわ」
年をとるということはそういうことなのだろうか。死が身近になる。死が日常に入り込んでくる。
「死が怖くないなんてことはないのよ。誰だって死は怖いもの。でもね、諦めもあるの。まだまだだって思っていても体のどこかにガタが来るとね、どうしても気弱になるものよ」
「叔母ちゃん、死んじゃうの?」
お菓子を貰ってきた美雪が、周子の横に座り、眉を寄せて話に口を挟んだ。
「美雪、変なこといわないの!」
「だって」
「今は元気よ。でも、誰でもいつかは死んじゃうのよ」
「美雪も? ママも?」
「きっと、ずーっとずっと先の話だけどね」
「死ぬのいや」
「誰だって死ぬのは嫌なのよ。だから元気でいるために色んなことをするの」
「そうそう。好き嫌いばかりしていたら病気になるかも」
怖がる美雪に、周子はここぞとばかり叔母の言葉にそう付け加えた。
人参も? と顔をしかめて訊く美雪に、叔母は苦笑した。
美雪のおかげで場が明るくなった。
叔母は急須にお湯を注ぎながら、足が不自由になったときのことを話してくれた。
二年前に雪道で転倒して足を骨折し、三ヶ月ほど入院したのがきっかけだという。入院中はトイレも一人ではままならず、辛かったと話してくれた。今は室内であれば人の手を借りずに歩けるようになったとのことだった。自分で動けなくなったとき、死も覚悟した。だから、今はおまけの命なのと、叔母は笑って話した。