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雪の街の少女  作者: asami
11/25

11・叔母

 ホテルに戻ると、義母はベッドに横になっていた。昨夜、夜中に話し込んで疲れたのだろう、寝息を立てて眠っていた。

「美雪、静かにしてね。おばあちゃん寝ているから」

「うん」

「その赤い手袋はなくしたら大変だから、お母さんが預かっておくからね」

「わかった」

 美雪は素直にその片方だけの赤い手袋を周子に渡してくれた。周子はお義母さんが起きやしないかと冷や冷やしながら、それを自分の旅行鞄に急いでねじ込んだ。

周子はあんなことを言ってしまった後で気まずかった。正直言って義母と顔を合わせ辛かったのだ。義母が眠っていてくれて周子は内心ほっとしていた。

 義母をそっと寝かせたまま、枕元に夕方までには帰るとメモを残して、再び美雪を連れて出かけた。

 周子は高野の叔母を尋ねてみようと思っていた。旅行に出かける直前、義母が病院に出かけた隙に、周子はこっそりと義母の部屋に入って住所録を盗み見たのだった。

義母に悪いと思いながらも、旭川にいる高野の叔母と遠藤家の住所を書き写してきていた。

 義母にまた次があるとは思えない、何とかして会わせてやりたい。その思いが強まっていた。

周子は真夜中に義母から話を聞いて、その決心がついたのだった。もし親類縁者と酷い喧嘩別れをしていたのであれば、妹と会ったとしても義母は辛い思いをするだけだから会わないほうが良いと思っていた。だが、そうではないのだ。義母が故郷を離れたのは、最愛の娘を亡くし、その辛い思い出から逃れたかっただけなのだ。

義母は三つ違いの妹と二人きりの姉妹だと聞いている。妹もきっと会いたいと思っているに違いない。

周子はホテルの一階のレストランで昼食を軽く済ませてから出かけることにした。

「オムライスがいい」

「美雪には大きくて食べきれないよ」

「オムライスじゃないといや!」

 我が侭なんだから。

渋々、周子は折れて美雪の残したオムライスを食べる予定で、自分はサンドイッチを頼んだ。

美雪はオムライスを二、三口食べ、具にオレンジ色のものを見つけると、やっぱりサンドイッチがいいと言って周子の皿のほうを見た。

「そんな小さい人参くらい食べなさい!」

「だって、嫌いなんだもん」

「じゃあ、あと十口食べたら交換してあげる」

「本当にばくってくれる?」

 『ばくる』という言葉が気に入ったらしい。早速使っている。周子はつい苦笑してしまった。美雪も、へへへと笑った。

  

この土地に詳しくない周子は、タクシーを拾って運転手に住所を告げた。

「ああ、そこならすぐ近くだよ」

 料金メーターが伸びない距離で運転手がいい顔をしなかったが、周子はその住所までお願いした。

 十分もしないうちに目的地に到着した。

義母の妹、高野トミの家は、旭橋を超えて脇道に入ってすぐの場所にあった。

 電話で連絡をしてからとも思ったのだが、会ったことも話しをしたこともない叔母に電話をするには勇気がいり、ずるずると連絡しないままとうとうここまで来てしまった。    

住宅街の中にある、古い灰色の塀で囲まれた家の前でタクシーを降りて表札を確かめた。

高野という古びた木の表札が掲げてあった。

塀は高くて中は見えなかったが、門扉はなく、インターホンも玄関前にしかないようだったので、周子は美雪と手を繋いで敷地に入っていった。

庭には大きなナナカマドの木が二本伸び、枝だけになった先に、小さな赤い実が束になって下がっている。その上に雪が綿帽子のように載っているのが印象的だ。

これで空が青ければ文句なしに素敵な写真が撮れそうに思う。だが、空は生憎、鉛色だった。

周子は木を見上げながら歩いていたのだが、人一人やっと通れる幅に除雪された獣道から足を踏み外し、左右にある大きな雪山に足をつっこみそうになった。

正面に和洋折衷の古い木造住宅と、その隣に威圧的な感じのする、タイル張りの真新しい住宅が並んでいた。

新しい家の玄関周りは除雪が行き届き、門にも別に入り口があるようだった。玄関前には車が二台は入りそうな立派なカスケードもある。

一方、古い建物のほうは、窓が半分雪に埋もれて屋根から大きなツララが何本も下がっている。

確か、叔母は息子夫婦と同居していると義母は言っていたが、どうやら違うようだ。冷たい印象を与える近代的な建物には、多分息子夫婦が住んでいるのだろう。

叔母と息子夫婦はあまりうまくいっていないのかと、周子はつい余計な想像をしてしまった。

「お家が二つもあるね。お母さん、どっちに行くの?」

 周子は迷わず煙突から煙が出ている、古い建物のほうの玄関へと向かった。

 古い家に似つかわしくないカメラつきのインターホンが備え付けられていた。やや緊張しながら、周子はインターホンを押した。「どちら様ですか?」

 すぐにスピーカー越しに女の声が応えた。叔母本人ではないのだろうか。予想外に若い声が返ってきた。

「あのお、突然すいません。東京から来た……遠藤周子と申します。トミさんはご在宅でしょうか」

「……少々お待ちください」

 一、二分待たされただろうか。内側から玄関錠を開ける音がして、ドアが開いた。

「どうぞお入りください」

 水色のエプロンをつけた五十代くらいの愛想の良い女性が笑顔で迎えてくれた。

「トミさんは少し足が不自由なんですよ。居間で待っています。中へお入りになってください」

 戸惑う周子に、その女性はにこやかに言った。

「お邪魔します」

 美雪も周子に習ってその女性にこんにちはと言ってぺこりとお辞儀をした。

「あらあら、お行儀が良いのねえ」

 エプロンの女性に褒められて、周子と同じく緊張していた美雪の顔が柔らかくなり、にっこりと笑顔を返した。

 コートを脱ぎ、白い息が出るような寒く細い廊下をエプロンの女性に続いて歩いた。

エプロンの女性が突き当たりの重々しいドアを開けた。

 居間の暖かい空気がふわっと流れてきた。

「トミさん、お客様ですよ」

 薄暗い居間。奥の方の一人がけ椅子に座っていた老婦人が、顔を上げてこちらを向いた。

「ひっ」

 老婦人は周子の隣に立つ美雪を見るや否や小さい悲鳴とも取れる声を上げた。

 目を見開いて口を開いたまま、次の言葉が出てこないようだった。

「トミさん? どうしたんですか」

 細面の色白の顔。どこか頼りなげな印象が義母に似ていた。その老婦人が義母の妹、高野トミに違いなかった。


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