第一話 転生聖女、まずは健診対策から
幾度転生を繰り返しただろう。
聖女、聖女、聖女、聖女、たまに法皇。
聖下やら猊下やら、好きに呼びやがって、私の名前をちゃんと覚えてる奴はいるのか?
そして、ここが重要なんだが、いったい何組のカップルが私の聖堂で挙式をした?
幸せそうな顔して綺麗なドレスを着て、公衆の面前で恥ずかしげもなくキスをして。
私は未だかつて一度たりとも恋人がいたことはないんだぞ?そんな奴に祝福を与えられて、さぞかし甘い新婚生活を送ったことだろうよ。
くそ、思い出したら腹が立ってきた。
だがしかし、それも今世で終わりだ。
幸いにも私は、前世の記憶を赤ん坊の状態で引き継いだ。
今世では、聖女にならずに、恋をする。
そのために、あらゆる地雷を回避する。
その第一関門が──健診だ。
一歳半健診と三歳健診では、子どもの『紋』が調べられる。
ここに聖堂が一枚噛んでいて、紋から将来の適性を読み取り、「この子は魔術師に向いてますねー」などと教えてくれるのだ。
だが、その裏で『聖紋』を探していることは、公然の秘密だ。
普通の聖女や神官なら、就職先に困らないのだから歓迎されるだろう。
しかし、大聖女や法皇クラスとなれば話は別だ。親から引き離し、聖堂で育てようとするのだからな、あのクズども。
ここでバレたら、私の恋は始まる前に終わる。
だが、何度も転生した私の知識を持ってすれば、聖紋を隠すことくらい、お茶の子さいさいだ。
簡易紋計測機は魔力の干渉を受けやすい。
つまり、計測の瞬間に魔力をぶつければ、結果を偽装できるのだ。
しかし問題がひとつある。
赤ん坊にはほとんど魔力がないのだ。
そこで私は、これからの一年で魔力の底上げを目指す。
そして「この子は魔術師に向いてますねー」をゲットするのだ。
なんと見事な計画であろうか。
さて、ミルクを飲んでげっぷをしたら始めるか。
*
「んあ……?」
ぱちりと目を開けると、窓の外は夕焼けに染まり、カラスが鳴いていた。
これはいかん。
腹がふくれたら、そのまま寝てしまった。恐るべし、赤ん坊の体。
さて、気を取り直して魔力を上げるとしよう。
む?
なんだかおむつが冷たいぞ。
しまった、粗相してしまったか。
母上! おむつの交換をお願いします!
「うえぇぇぇぁぁぁん」
「あらあら、おっきしたの? おむつがパンパンね。今、交換してあげますからねー」
……さて、すっきりしたところで、魔力だ。
まずは空気中に漂う魔力と聖力を選り分けねばならん。
だが心配は無用。私レベルにもなれば、赤と青を分けるも同然。児戯にも等しい行為よ。
指先に魔力を集め、体に取り込む。
だが──待て。
……くっ、指が開かぬ。
どうして赤ん坊の手は、常にぐーなのだ? 解せぬ。
ならば足の指でやるしかあるまい。
ぬっ、布団が絡まって蹴れぬ……。
おのれ、致し方あるまい。
少し高度だが、額の中央に集めるか。
むむむ。
「あらー、難しい顔してまちゅねー。うんちですかー?」
は、母上!
私は今、真剣に……!
「さあ、ミルクの時間ですよー。いらっしゃい」
以下同文。
*
三ヶ月が経ち、私の指は開くことを覚えた。
ふはは。
これで魔力を集め、聖女ルートを回避してやるわ。
それにしても、なんと愛らしい紅葉の手か。
このぷにぷにのおててが魔力を取り込んでいるとは、誰も思うまい。
「あらー、ぐっぱが上手でしゅねー」
母上!
そのように指を差し込まれては……!
くっ……!
反射的に握ってしまった……!
「可愛いー」
ですよね?!
知ってますよ?!
ですから、この可愛らしい私が聖堂に拉致されぬよう、母上のお力添えを賜りたく……っ!
「あら? なんだかお顔が赤いわ? ……まあ! 熱があるじゃない! おおおおお医者様!」
母上、焦りすぎです。
だが……いささか頭がくらくらするな。
いや、これはだいぶ……ヤバいかもしれぬ。
私はまた死ぬのか?
恋のできる年齢にも至らず、誰にも愛されず。
……いや、母上。
あなたがおりましたな。
あなたの無償の愛に包まれて、私は幸せでした。
先立つ不幸を、お許しください。
*
……これは、夢か?
それとも記憶だろうか。
『聖下、そのように力を使われては、徒にお命を削るだけでございます』
うーん。
誰だっけ、このメガネ。
『うるさいわ、このメガネ! 誰も代わってくれぬのだから、仕方あるまい。ならば、さくっと死んで、次こそは幸せに生きるのだ!』
『聖下は、幸せではないのですか?』
『当たり前だ。来る日も来る日も結界を張り続けて、何の楽しいことがあろうか?』
皆が居酒屋へ行く時も、私だけ誘われんしな。
いや、分かるぞ? 上司がいては仕事の愚痴も言えんからな。
だが私も愚痴りたい!
聖女なんてクソ食らえだと、叫びたいのだ。
『では、聖下が転生されましたら、何をなさりたいのですか?』
『ふむ。それは決まっておる。私は恋をしてみたいのだ。草の揺れる丘を下り、恋人に抱き止められるのが夢だ』
『…………』
『今、こいつ阿呆だと思っただろう』
『滅相もございません』
ちっ。
どいつもこいつも、乙女の夢を分かっておらぬ。
草原ハグ、相合傘、ポッケの中の手繋ぎ。
どれもこれも最重要事項であろう?
『……委細、承知いたしました』
……何がだ。
おっと、体がふらついてきた。
『聖下!』
私は、メガネ諸共、床に倒れ込んだ。
『そなた、もちっと筋力をつけねば、女子を抱き止めることができんぞ……』
『申し訳ございません』
まあ、よいか。
一人寂しく死ぬよりは、こいつでもいた方がマシだ。
私は、メガネの手をきゅっと握った。
ああ、もう意識が薄れてきた。
目も見えぬ。
『聖下……!』
最期に聞こえたのは、メガネの涙声だった。
泣いてくれる奴も、いたとはな……。




