アタシに婚約破棄(タイマン)挑もうってか……上等だよ!
「サンディ・ローグ! てめえに婚約破棄を申し込む!」
こんな声が轟いたのは貴族が集まる夜会での出来事。
屋敷の中では、大勢の貴族の若者がたむろし、刺繍の入ったスーツ姿やドレス姿で床にしゃがみ込み、煙草を吸う、酒をラッパ飲みするなどの社交を楽しんでいた。
婚約破棄とは婚約した貴族の男女どちらかが婚約を破棄し、喧嘩を売るという彼らの社交スタイルの一つ。胸倉を掴む、中指を立てる、と似たようなものだと思ってくれていい。
申し込まれた子爵令嬢サンディはニヤリと笑う。
「アタシに婚約破棄挑もうってか……上等だよ!」
サンディは波打つ長い栗色の髪を持つ美しい女性で、『喧嘩上等』の刺繍入りの黒色のロングドレスを着用している。
婚約破棄宣言をした伯爵令息ラドル・ブリガンを睨みつける。
ラドルもまた、耳と鼻と唇にピアスをふんだんにつけた、気合の入った男であった。
ギャラリーが盛り上がる。
「おっ、やんのか!?」
「あの令嬢、根性あんな! しかもかなりマブいぜ!」
「こりゃおもしれー見世物だぜ!」
サンディとラドル、両者が構える。
ちなみに婚約破棄は素手が原則――素手喧嘩で行われる。
「サンディ、前々からてめえのことは気に食わなかったんだよ」
「へっ、アタシもさ」
「オラァッ!」
ラドルのパンチから喧嘩が始まった。
サンディはこれをガードするが、体は後退させられる。
さらに、ラドルが足を粗雑に振り上げ、ケンカキックによる追い打ち。
「ぐはっ……!」
サンディはよろめいてしまう。
「こんなもんかよ? もっと舞踏ろうぜ! サンディちゃんよぉ!」
ラドルの一方的な攻撃が続く。
顔面、胸、腹、あちこちを殴られたサンディはついに膝をつく。
見応えのない展開に、周囲の貴族らは失望の声さえ上げる。
「なんだよ、フルボッコじゃねーか!」
「初喧嘩したばっかの令嬢だってもうちょっとやれるわよ!」
「つまんねー喧嘩だぜ……」
しかし、ある青年だけは意味深な笑みを浮かべていた。
「素人どもが……まるで分かってねえな。所詮は下級貴族か」
喧嘩はいよいよ佳境に入っていた。
四つん這いになったサンディに、ラドルが近づく。
「分かったか? 俺の実力が……。俺に逆らうから、破棄られるはめになるのさ」
「ああ、よく分かった」
サンディは口の中に溜まった血を吐き捨てる。
「やっぱあんたじゃアタシの相手にならねえってな!」
「なにい……!?」
サンディは勢いよく立ち上がると、そのまま――
「ぶっ!?」
頭をラドルの顔面に叩きつけた。
「頭突き……!?」周囲もどよめく。
鼻血を流すラドルを、サンディは毅然とした表情で見据える。
「アンタと婚約キメた時は嬉しかったさ。だがよ、平民を脅して必要以上に税金取ってるって聞いて心底ガッカリしたよ。だから、アタシはあんたに逆らったんだ」
サンディは拳を構える。
「だから、この婚約破棄……勝つ!!!」
「ほざけ、クソ女ァ!!!」
両者再び激突するが、ここからはサンディの独壇場だった。
鋭い拳が顔面を打ち、しなる蹴りが脇腹を抉り、ラドルはなすすべなくボコボコにされる。
やがて、綺麗な右ストレートが入り、ラドルは背中からダウンした。
すると――
「殺してやる……!」
ラドルは懐から短剣を取り出した。
周囲はざわめき、サンディは目を細める。
「おいおい、婚約破棄は素手喧嘩だろが。庶民いことしてんじゃねーよ」
「うっ、うるせえ! 勝てばいいんだよ!」
ラドルは短剣を構えて突っ込んできた。
だが、サンディは冷静にかわすと、強烈なアッパーカットを見舞う。
「ぐはぁぁぁっ!」
ラドルは再びダウンした。
しかし、それでも短剣を拾おうと足掻く。
が、その右手は踏みにじられた。
「ここまでだ」
突如現れたのは、先ほど「素人どもが……」とささやいた青年だった。
光沢ある金髪をポンパドールにまとめ、整った顔立ちをしている。スーツの背中には『特攻』の二文字が掲げられている。
「見事だったぜ、サンディ。この婚約破棄、お前の勝ちだ」
「あんたは……?」
サンディは首を傾げる。
「エクロス・リューガーってもんだ。夜露死苦」
リューガー家といえば公爵家、最大規模の派閥を誇る貴族である。
「このラドルが平民に悪さしてるって聞いて、懲らしめに来てやったんだが……俺の出る幕はなかったようだ」
エクロスはラドルを冷酷な目で見下ろす。
「汚職が過ぎたな。お前は貴族のメンツに傷をつけた。拷問入れた後、鉱山送りだ。二度と外は拝めねえと思え」
「ひっ……ひいいっ……!」
悲鳴を上げるラドルの頭を、エクロスは容赦なく踏みつけ、完全に黙らせた。
仕事を終えたエクロスは、サンディに振り返る。
「いい喧嘩だった、サンディ。お前ほどの令嬢を見るのは初めてだ」
サンディは少し顔を赤らめる。
「いきなりしゃしゃってきて、口説いてんじゃねーよ」
「いい令嬢を見たら口説く、これが貴族令息の義務ってもんだ」
「へっ、言うねえ」
エクロスは真剣な眼差しと口調で言う。
「サンディ・ローグ……俺と婚約キメてくれねえか」
「いいのかよ? アタシは愛の言葉より拳が先に出るような女だぜ?」
「もちろんだ。どんな拳も受け切ってみせる」
「……じゃあ、よろしく頼むぜ。エクロスの旦那」
「おう!」
ラドルとの婚約破棄に勝利したサンディは、エクロスと婚約を交わした。
程なくして挙式が行われ、『愛羅武勇』の刺繍が施された純白のウェディングドレスを着たサンディは、皆が煙草を吸うのも忘れ見とれてしまうほど、激マブだったという。
おわり
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