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木こりと斧

作者: 雉白書屋

 むかしむかし、とある町外れの森で、木こりの男が木を切っていた。


「ふーっ……」


 木こりは額の汗をぬぐい、重たい斧を地面に立てかけると、切り株に腰を下ろした。午後の陽射しはやわらかく、思わず頬が緩み、目を細めて空を仰いだ。澄んだ青がどこまでも広がり、風が木々を揺らし、木こりの髪を優しく撫でた。

 と、そのときだった。葉の擦れる音に混じって、ひそやかな足音がした。


「こんにちは」


「お、おお……」


 振り返ると、木の陰から一人の女が現れた。

 透き通るように白い肌、陽の光に煌めく金色の髪。まるで絵本から抜け出してきたかのような美しい女だった。にこりと微笑みかけられただけで、木こりの胸はどきりと跳ね、声は上ずった。


「素敵な方……」


「え?」


「いえ、ふふふ」


「あ、あはは……」


 笑い合ったあと沈黙が落ちたが、息苦しさはなかった。顔がだんだん熱くなっていき、木こりは頭を掻きながらぎこちなく口を開いた。


「えっと、その……あ、あんたみたいに綺麗な人が、こんなところでどうしたんだい?」


「ええ、実は――」


 女はやわらかな声で語り出した。隣町で兄と鍛冶屋を始めたのだという。薪にする枝を拾いに来ていたら、木を切る音が聞こえたので、ここまで来たらしい。


「思ったとおり、立派な斧。それに……とてもたくましい腕ですね」


「え、ああ、そうかな、ははは……ま、まあ、これが仕事道具だからね」


 女はそっと木こりの腕に触れた。指先が肌をなぞり、そのままするりと下へ、下へ、斧の柄へと滑っていく。

 木こりの顔は一層赤くなり、背中を丸めてたじたじの様子。


「こうしてお会いできたのもご縁ですし、よかったらその斧、私に研がせていただけませんか?」


 女はくすりと笑い、斧の柄を指でいじりながら言った。


「え、こいつをかい?」


「ええ、ぜひ。お代はいただきませんわ。他にもお持ちでしたら一緒に」


「いや、おれのはこれ一本だけだよ。でも、せっかくだし、お願いしようかなあ。今日はもう仕事はおしまいってことで! はははは!」


 木こりは上機嫌に笑いながら斧を女に渡し、仕上がったら届けに来るというので家の場所を教えた。

 そして、その晩。木こりが家で待っていると、戸を叩く音がした。


「はいはい!」


「こんばんは」


「おお……」


 意気揚々と戸を開けた木こりは、息を呑んだ。戸口に立つ女は、部屋のランプの橙色の光に照らされ、昼間よりもさらに幻想的に見えた。艶やかな髪が夜風にそよぎ、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。その微笑みに、木こりはしどろもどろになりながら、言葉を探す。そして、彼女の手元の斧に気づき、指さした。


「お、おお、できたのかい? いやあ、こりゃまた見事に……ん? でも、それ……」 


「どうかしましたか?」


 女の持つ斧の刃が灯りを受けて煌めいた。


「おれの斧じゃないよな? おれのはもっと柄がぼろぼろだったよ」


「うふふ。黙って受け取ることもできたでしょうに、正直なお方ですね。では、あなたの斧はこちらかしら」


 女はそう言うと、すっと身を退いた。すると外の暗がりからぬっと大柄な男が姿を現した。片手に斧を握っている。この男が女の兄らしい。木こりはその斧をじっと見つめ、答えた。


「いや……おれの斧はもっと小さかったよ」


「あなたは本当に正直なお方ですね。素敵……」


「いやあ、ははは……」


 木こりは照れて頭を掻いた。次の瞬間――女の斧が閃いた。

 木こりの喉に細い赤い筋が走り、つぶのような血が滲み、そしてどっとあふれ出した。


「が……」


 声にならない声が漏れた瞬間、兄が無言で斧を振り下ろした。

 鈍く湿った音が響き、木こりの額が深く割れた。木こりはまるで溺れたように喉をガバゴボと鳴らしながら崩れ落ちた。

 床に血だまりができ、鉄の匂いが漂い始めた。その中心に沈んだ木こりを、女は冷ややかな目で見下ろし、次に兄と目を合わせるとふっと笑った。


「ね、兄さん。簡単だったでしょ? 先に武器を取り上げて、ドアまで開けてもらってさ」


「ああ、そうだな」


「あたしの言うことを聞いてれば間違いないんだから。さ、金目のものをいただきましょう。こうやって旅の先々で稼いでいけば、きっとお金持ちになれるわ。そしたら記念に金と銀の斧を作って、部屋に飾りましょうね」

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