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第6話 茨の王と最後の願い

 押し開かれた鉄扉の向こうに広がっていたのは、黄金と深紅が混じり合う冒涜的な玉座の間だった。かつては王家の威光を示す金銀財宝が安置されていた聖域だ。だが今は、部屋全体が巨大な「心臓」と化している。

 壁も床も天井も、脈動する肉厚な植物の根で埋め尽くされ、ドクン、ドクンと地響きのような鼓動を刻んでいた。


「な……なに、これ……」


 リズが絶句し、手からランタンが滑り落ちそうになる。


「ッ、落とすな!」


 ユートが鋭く叫び、とっさにリズの背中を支えてランタンを安定させた。


「割れたら結界が消えるぞ! こんな濃度の場所で吸い込んだら即死だ。死にたくなければ死守しろ!」

「は、はいっ……!」


 リズが蒼白になりながらランタンを抱き直す。その横で、老司祭が腰を抜かしてガタガタと震えだした。


「あぁ……神よ……あれは、まさか初代国王陛下では……!」


 部屋の中央、そこにこの地獄のコアがあった。

 無数の根が絡み合い、一本の巨大な樹木を形成している。そして、その樹木の幹に埋め込まれるようにして、「彼」はいた。

 豪奢な王冠を戴いた、ミイラ化した巨人。アッシュワルド建国の祖、初代国王の遺骸だ。だが、安らかな眠りなどそこにはない。眼窩からは深紅のバラが咲き出し、乾いた口からは太い蔦が喉の奥へと侵入している。

 この国の民にとって信仰の対象でもある偉大な王が、植物の苗床、いや「肥料」として扱われているのだ。


「うわ、趣味悪っ。あのおじいちゃんが親玉?」


 シルフィが顔をしかめ、扇ぐように手を振る。彼女には、それが「汚染されたモンスター」にしか見えていない。その無神経さが、今は逆に頼もしかった。


「……解析エアファッセン


 ユートは感情を殺し、部屋全体に魔力を走らせる。構造は単純にして最悪だ。賢者ゲイルの魔法【永劫繁栄エターナルグローリー】は、王のミイラに残る強大な「王家の魔力」を根こそぎ吸い上げ、それをバラの育成エネルギーへと変換している。

 さらに最悪なのは、そのバラ自体に、勇者ザスターの規格外の魔力が供給されていることだ。これでは、ただの植物ではなく「神話級の怪物」だ。


「……看板の通りだな」


 ユートは吐き捨てるように呟く。『王様も涙を流して喜んでくれる』。

 確かに王は泣いていた。眼窩に咲いたバラから滴る樹液は、まるで血の涙のように頬を伝っている。喜びではない。死してなお、勇者という名の侵略者に魂を犯され、愛する国民を毒殺する道具にされた無念と苦痛の涙だ。


「オ……ォォ……」


 王のミイラが微かに震え、呻き声を上げた。

 瞬間、部屋の空気が凍りついた。ただの植物の唸り声ではない。圧倒的な「王の威圧」が、物理的な重圧となって四人を襲ったのだ。


「ぐっ……!?」

「きゃあッ!」


 リズが膝をつき、シルフィですらたじろぐ。ユートは即座に防御結界を展開するが、その障壁がミシミシと悲鳴を上げる。腐っても初代国王。その魔力総量は、現代の魔術師とは桁が違う。


「ガアアアァァッ!!」


 王が咆哮した。同時に、部屋中を埋め尽くす根が一斉に鎌首をもたげ、硬質化して鋭利な槍へと変貌する。さらに、王の背後から漆黒の影が噴き出し、無数の「影の茨」となって襲いかかってきた。


「シルフィ、迎撃だ! リズとランタンを守れ! 壊されたら終わりだぞ!」

「言われなくても! ……あぁもう、数が多いわね!」


 シルフィが弓を構え、高速で矢を連射する。風の矢が影の茨を迎撃し、爆散させる。

 だが、数が多すぎる。影は無限に湧き出し、四人を圧殺しようと包囲網を狭めてくる。

 シルフィの放つ矢の威力が、徐々に落ち始めていた。


「はぁ、はぁ……ちょっとユート! キリがないわよ! お腹空いてきた!」


 シルフィが悲痛な声を上げる。精霊魔法は強力だが、カロリー消費が激しい。彼女の「空腹」は、魔力切れのサインだ。


「司祭! ボサッとするな! リズに障壁を張れ! 聖職者だろうが!」

「ひぃぃッ! お、お守りください……!」


 司祭は半泣きになりながら、震える手で聖印を結んだ。


「【聖なる加護セイクリッド・ガード】!」


 司祭を中心に淡い光のドームが出現し、リズとランタンを覆い隠す。ユートの結界に比べれば薄紙のようだが、それでも流れ弾や瘴気を防ぐには十分だ。


「よし、そのまま維持しろ!」


 後方の憂いが減ったユートは楔を握りしめ、暴れ狂う王のミイラを見据える。

 結界師としての知覚を極限まで研ぎ澄ます。魔力の流れ、術式のほころび、何か付け入る隙はないか。その時、魔力のノイズの中に混じる、微弱な残留思念が脳内に響いた。


『……殺……し……て……く……れ……』


 王の声だ。ユートはハッとして、迫りくる影の茨を見る。致命的な軌道を描いていたはずの棘が、直撃の寸前でわずかに逸れ、床を穿っていた。

 王の魂はまだ抵抗している。自分の体が国民を殺すのを止めるために、必死にバラの制御に抗っているのだ。


「……アンタも、被害者か」


 ユートは覚悟を決める。外からの攻撃は全て影の茨に弾かれる。王が内側から拒絶している「その一瞬」に、物理的に肉薄するしか道はない。


「シルフィ! 次で決めるぞ! 最大火力で『風のトンネル』を作れ! 俺が中に入って王の懐に飛び込む!」

「はぁ!? あんた正気!? この状況で溜め撃ちなんてできるわけないでしょ! 守りはどうすんのよ!」

「俺がやる! 全魔力を防御に回して数秒だけ耐える。その隙に撃て!」


 ユートが前に出る。

 だが、シルフィはまだ渋っていた。


「やだ! 今ので最後の一滴まで絞り出したら、私、動けなくなって干からびちゃう! 割に合わないわよ!」

「チッ、このぽんこつエルフ……! 帰ったら飯だ! 最高級の肉を使って、特大ハンバーグを作ってやる!」

「……え?」

「ソースはデミグラスだ! 俺の『収納』にある高級小麦を使って、焼きたての白パンもつけてやる! だからやれッ!」


 その瞬間、シルフィの瞳孔が開いた。


「乗ったァァァ!!」


 ドォンッ!!

 シルフィの全身から、枯渇しかけていたはずの魔力が爆発的に噴き出した。食欲という名の無限のエネルギー源。

 彼女は長弓を引き絞り、ヤケクソ気味に叫ぶ。


『――大気を統べる緑の乙女よ! 今日の晩飯のために、万象を砕く咆哮となれェッ!!』


「こいつ……!」


 ユートは呆れつつも、四本の楔を地面に突き刺し、多重結界を展開する。


「展開・【四点防壁フィアプンクト・ヴァント】! 耐えろッ!」


 ガガガガガッ!

 殺到する影の茨を、ユートの障壁がギリギリで受け止める。障壁にヒビが入る。司祭が悲鳴を上げ、リズが目を瞑る。

 だが、その数秒が勝負を分けた。


『風精の咆哮シルフィード・ハウル!』


 放たれた矢は、巨大な横殴りの竜巻となって直進した。

 ゴオオオオッ!!

 絶対防御の影の壁に激突し、削り取っていく。拮抗する二つの力。だがその時、王の胸元の茨が、王自身の意志によって内側から引きちぎられた。生じたわずかな綻び。そこへ竜巻がねじ込まれ、王の懐へと続く風穴が開く。


「今だッ!」


 ユートは防御結界を解き、地面を蹴った。目の前には、人間など容易くねじ切る暴風の渦。


「構築・多重展開! 【流線界シュトローム・リーニエ】・【抵抗消失ヴィーダーシュタンツ・ロース】!」


 ユートは全身に流線型の結界を纏う。風の抵抗を極限までゼロにし、衝撃を滑らせて受け流す、対暴風用の特殊術式。

 彼は迷わず竜巻の中へ飛び込んだ。

 轟音が鼓膜を叩く。結界の表面を風の刃が削り、火花が散る。一歩間違えば即死のチューブの中を、ユートは魔弾のように加速して滑り抜ける。


「依頼を受諾する。……眠れ」


 暴風を抜け、王の目前に躍り出る。目の前には、血の涙を流す王の顔。

 ユートは王の懐へと潜り込み、その干からびた胸板に深く突き刺さっていた「元凶の種」へ、渾身の力で楔を突き立てた。


「定義変更。――対象、王家の呪縛。【術式強制剥離フォルメル・ツヴァングス・アブレイズング】」


 バヂィッ!!

 激しい閃光と衝撃波が弾ける。ゲイルが施した複雑怪奇な術式を、ユートの結界術が物理的に粉砕し、王の魂とバラの接続を断ち切ったのだ。


「オ……ォォ……ァ……」


 王の口から、安堵のような吐息が漏れた。次の瞬間、部屋中を埋め尽くしていた影と根が、断末魔のように激しくのたうち回り――そして、一気に枯れ果てて崩れ落ちた。

 ドサリ、と。王のミイラが蔦の束縛から解放され、石畳の上に崩れ落ちる。その体は急速に風化し、ただの塵へと還っていく。長い責め苦からの解放。ユートはその場に膝をつき、消えゆく王に向かって静かに頭を下げた。


「……良い国を創ったな。アンタが守ろうとした民は、馬鹿な勇者よそものに荒らされたが……土台までは壊れちゃいない」


 その言葉が届いたのか。風化して崩れ落ちる王の腕が、最期にわずかだけ動き――ユートの足元へ、何かを差し出すようにして崩れ去った。


 塵の山の中に、キラリと光るものが残されている。ユートはそれを拾い上げる。重厚な白金に、王家の紋章が刻まれた指輪――【王家の指輪】だ。この国の正統なる後継者の証であり、強力な魔道具でもある、王からの最後の報酬ドロップアイテムだろう。


「……終わったの? ねぇ、ハンバーグは?」


 シルフィがへたり込みながら声を上げる。魔力を使い果たし、顔色は青白いが、目は食べ物を求めてギラギラしている。

 リズと司祭も、加護を解いて瓦礫の中から顔を出した。


「ああ。バラの魔力反応が消えた……。地下からの供給は止まったぞ」


 ユートは立ち上がり、リズたちに向き直る。


「だが、まだランタンは消すなよ。供給は止まったが、部屋の空気が入れ替わったわけじゃない。残存瘴気で死にたくはないだろう」

「あ……は、はい」


 リズが涙を拭い、しっかりとランタンを抱き直す。

 ユートは指輪を懐にしまい、出口を指し示した。まだ終わっていない。これはマイナスをゼロに戻しただけだ。だが、少なくともこの国に「明日」は来る。


「行くぞ。外の様子を確認する。……飯はそのあとだ」

「約束よ! 絶対だからね!」


 四人は静寂を取り戻した地下墓所を後にし、長い階段を上り始めた。地上には、どのような景色が待っているのか。そして、全てを知ったリズは、ユートに対してどのような答えを出すのか。

 物語は、灰色の夜明けへと向かう。

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