第4話 勇者の凱旋、響き渡るラストナンバー
上空で張り付けにされた魔王の胸の高さ。
そこにホバリングする『天駆ける翼』の甲板から、ユートは両手をかざしていた。
指先から青白い光の糸が伸び、魔王の肉体を構成する術式へと深く侵入していく。
「解析完了。……中枢は馬鹿の魔力で動いているのか。単純な構造だ」
ユートは額の汗を拭うこともせず、高速で術式を編み上げる。
「魔力解体開始。進行率10、20、30……90%。……勝ったな」
魔王の暴走エネルギーが鎮静化し、コアの摘出準備が整う。
あとは最後の仕上げをするだけだ。
勝利を確信した、その瞬間だった。
眼下にある王都の広場――魔王が這い出してきた「地下への大穴」から、微弱ながらも異質な魔力反応があった。
◇
「うぅ……。目が回る……。張り切りすぎて、ブラックアウトしちまったか……」
地下の「封印の間」で魔力を使い果たし、気絶していたザスターは、目を覚まして大穴をよじ登ってきた。
地上に出た彼は、ふらつく足取りで周囲を見渡し、目の前に磔にされている巨大な魔王――そして、その胸元に浮かぶ船にいる、かつての仲間の姿を見つけた。
「酷い目にあったぜ!! おっ、ユートひさしぶりだなぁ!」
ザスターは満面の笑みで大きく手を振った。
時間は経過し、彼の魔力は一撃分だけ回復している。
彼の瞳がギラリと輝いた。
「お前も俺のワンマンライブを聞きに来たのか! 特等席じゃねぇか!」
「は? ――止まれ馬鹿!! 今、術をかけて――」
甲板にいるユートの制止など、空飛ぶ馬鹿の耳には届かない。
ザスターはデタラメな脚力で地面を蹴り、遥か頭上の魔王の脳天めがけて跳躍した。
「見てな! アンコールだ!!」
ザスターは空中で愛用のギターを大きく振りかぶった。そこに無駄に純粋な「聖なる光」の魔力が収束していく。
「必殺! 聖なる魂の咆哮!!」
ガゴォォォォン!!
それは演奏ではない。ただの物理攻撃だ。
光を帯びたギターが、無抵抗な魔王の脳天にフルスイングで叩き込まれた。
◇
「なっ……!?」
ユートは目を見開いた。
最悪のタイミングだ。
ユートが魔王のデータをバラバラにする「解体術式」を展開していたところに、ザスターの邪悪を消し去る「聖なる浄化魔力」が直撃したのだ。
解体されたデータが、浄化の光で洗われ、再構築される。
それは予期せぬ化学反応を引き起こした。
「(爆発か!? いや、エネルギーが……『圧縮』されている!?)」
カッ!!
視界が真っ白に染まる。
巨大な魔王の肉体が光の粒子となって崩れ落ち、中心の一点に向かって急速収縮を始めた。
過剰な浄化。
それは破壊ではなく、「初期化」だった。
◇
やがて光が収まると、そこには静寂だけが残った。
見上げるような巨体も、黒い泥も、世界を覆っていた瘴気も、すべて消えている。
ザスターは着地し、瓦礫の上でポーズを決めていた。
何もない空中に、ぽつんと「何か」が浮いている。
「……あ?」
それは、透き通るような白い肌をした、三歳くらいの幼子だった。
背中には小さな黒い翼、額には可愛らしい角が生えている。
裸のままふわりと浮遊し、きょとんとした真紅の瞳で周囲を見回している。
「……え?」
リリィがレイピアを下ろして呆然とする。
騎士団たちも言葉を失った。
「ま、魔王が……子供に……?」
「おおっ!? 生まれ変わったぜ! ロックの申し子だ!」
ザスターだけが状況をポジティブに解釈し、歓喜の声を上げた。
彼は浮いている幼子をひょいと抱き上げ、自らの肩に乗せた。
「見ろ! 俺のソウルで、新しい命が芽吹いた! こいつは俺の子だ!」
「きゃっきゃ!」
幼子は無邪気に笑い、ザスターのボサボサの髪をブチブチと引き抜き始めた。
「痛っ! 痛いぞベイビー! ファンキーだな!」
◇
船の甲板からその様子を見ていたユートは、こめかみを押さえた。
最悪の事態だ。
「倒すべき敵」がいなくなり、代わりに「殺すに殺せない、しかし放置すれば世界を滅ぼしかねない存在」が爆誕してしまった。
「(……誰が育てるんだ、これを)」
その時、地上から殺気立った声が上がった。
「魔王の幼体だ! 将来の禍根になる、今すぐ殺せ!」
聖王騎士団長が剣を向けた。騎士たちが一斉に殺意を向ける。
その瞬間、ザスターの肩に乗った幼子の表情が曇った。
「あ、う……」
ビキキキ……!
周囲の大気がビリビリと震え、王都の上空に暗雲が立ち込める。
泣かせれば暴走する。この距離でエネルギーが爆発すれば、王都は消滅だ。
「……チッ」
ユートは舌打ちすると、手すりを乗り越えて船から飛び降りた。
ヒュンッ。
風精霊の加護で落下速度を殺し、スタッ、とザスターの背後に着地する。
即座にその肩から幼子をひったくった。
「騎士団、剣を収めろ。泣かせれば王都が吹き飛ぶぞ。これは俺の監視下に置く『保護対象』だ」
「なっ、貴様! そんな危険物を生かしておく気か!」
「死にたくなければ黙っていろ」
ユートが幼子の頭を撫でると、震えていた大気が嘘のように静まった。
どうやら、懐かれているらしい。
騎士団長は反論しようとしたが、ユートの横にいる男――ザスターの顔を見て、ピクリと眉を動かした。
「ん? 待て、貴様……そのふざけた格好。『勇者ザスター』か?」
「そうだぜ! 俺のサインなら――」
ザスターが親指を立てた瞬間、騎士団長の手が合図を送った。
「捕らえろぉぉぉッ!!」
ドカッ! バキッ!
数人の騎士がザスターにタックルし、地面にねじ伏せた。
「ぐえっ!? な、何すんだよ! 俺は世界を救った英雄だぞ!?」
「黙れ! 各国から抗議文、商人ギルドからは損害賠償請求が山のように届いているぞ!」
騎士団長が巻物を広げ、罪状を読み上げる。
「建造物破壊、騒音公害、無許可の超広域魔法行使、そして各地での損害賠償請求の踏み倒し……! 貴様の首には莫大な懸賞金がかかっているのだ! 連行しろ!」
「え!? なんで!? 勇者は全部タダになるって聞いたぞぉぉ!」
ズルズルと引きずられていくザスター。
「ユート! ユート、助けてくれぇぇぇ!! 俺たちパーティ仲間だろぉぉ!?」
必死に手を伸ばす勇者。
ユートは幼子を抱きかかえたまま、ゴミを見るような冷ややかな目で見送った。
「……知らん。俺は卒業させられた身だ」
「あんまりだぁぁぁぁ……ッ!!」
泣き叫ぶザスターの声が遠ざかり、王都に平和(?)が訪れた。
残された幼子――元魔王は、ユートの服の裾をギュッと掴み、安心したようにスヤスヤと眠り始めていた。
「……はぁ」
重すぎる荷物を抱えてしまった。
ユートは天を仰いだ。
「育児なんて機能、俺にはないぞ……」




