幕間4 愚者たちの協奏曲
大陸中央・聖王国ソラリス。
王城の地下深くにある、厳重に閉ざされた「封印の間」。
そこに、空間転移の光と共に二つの影が現れた。
部屋の中央には、巨大な『魔王の胴体』が鎮座している。
その胸には、かつての勇者が突き立てたボロボロに朽ちた聖剣が、杭のように深々と刺さっていた。
「ククク……ついに、この時が来た」
賢者ゲイルは、回収してきた「頭」「両手」「両足」のエネルギーを、手際よく胴体へと融合させていく。
肉が繋がり、神経が通う。
ドクン、ドクン……。
単なる肉塊だった魔王の体が、不気味に脈打ち始めた。
「揃った……。長かったぞ」
ゲイルは感無量といった様子で震えた。
あとは、胸に刺さった聖剣という名の「最後の鍵」を回すだけだ。
「仕上げじゃ。ザスター、その朽ちた聖剣に貴様の魔力を流せ。勇者の魔力だけが、この剣を動かせる」
ゲイルは慎重に言葉を選んだ。
「よいか、あくまで『鍵を回す』程度じゃ。チョロチョロと、慎重にやるんじゃぞ?」
『あぁん?』
ザスターはギターを構え、心外だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
『慎重だぁ? 何言ってんだゲイル。魔王様の目覚ましだぞ?』
ザスターはニヤリと笑い、アンプのボリュームを限界まで回した。
『寝起きには、ガツンと脳天直撃の最大音量に決まってんだろ!!』
「は? 待ち――」
止める間もなかった。
ザスターは「良かれと思って」、自身の全魔力と悪意をアンプで増幅し、聖剣に向けて叩き込んだ。
ギュイィィィィン!!!!
◇
「馬鹿者! 流しすぎじゃ! 供給過多を起こすぞ!!」
ゲイルの叫びは爆音にかき消された。
魔力を注がれた聖剣がカッと眩い光を放つが、あまりの出力に耐えきれず、すぐにドス黒く濁り始める。
キィィィィン……と、金属が悲鳴を上げるような嫌な振動音が響く。
魔王の体内で、無理やり注入された膨大な魔力が暴走した。
全身の血管が蛇のようにのたうち回り、破裂しそうなほど膨張する。
バギィィィン!!
限界を超えた聖剣が、粉々に砕け散った。
封印が解けた開放感などない。
まるでダムが決壊したかのように、暴力的な魔力の濁流が地下室に吹き荒れた。
◇
もうもうと立ち込める土煙の中、全高五メートルを超える巨人がゆらりと立ち上がった。
圧倒的な威圧感。
ゲイルは冷や汗を流しながらも、慌てて衣服を整え、その場に跪いた。
「……お久しぶりでございます、我が主よ。忠臣ゲイル、長き時を経てお迎えに――」
魔王の目が、カッと見開かれた。
だが、その瞳に知性はなかった。
瞳孔は極限まで散大し、口からはダラダラと涎を垂らしている。
ザスターの爆音と過剰魔力を脳に直接流し込まれたショックで、完全に理性が焼き切れていたのだ。
「ア、アア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
魔王が叫んだ。言葉ではない。魔力酔いによる発狂の叫びだ。
「……は? あ、魔王様? ワシです、ゲイ――ぐべっ!?」
ドゴォォォォン!!
挨拶への返答は、剛速の裏拳だった。
忠臣ゲイルはゴミのように吹き飛び、石壁に深々とめり込んだ。
白目を剥き、そのままぐったりと動かなくなる。
◇
『ヒャハハ! すげぇ! 俺の曲でイカれちまったか! 最高にロックだぜ魔王様!』
ザスターは狂乱する魔王を見て笑ったが、彼もまた魔力を使い果たし、膝から崩れ落ちて気絶した。
誰もいなくなった地下室で、発狂した魔王は天井を見上げた。
そこにあるのは岩盤。さらに上には、平和な王都がある。
「ウ、ガアアアアッ!!」
魔王は獣のように壁を登り、天井を素手で掘削し始めた。
光を求めて。破壊を求めて。
◇
聖王国ソラリス、王都の中央広場。
平和な昼下がり、噴水の周りでは市民たちが穏やかな時間を過ごしていた。
ズズズズズ……。
突如、地面が隆起した。
「な、なんだ!?」
ドッガァァァァァン!!
地面が内側から爆発し、土砂と共に黒い巨人が這い出してきた。
全身から瘴気を撒き散らす、伝説の怪物。
だがその姿は、伝承にある支配者ではなく、涎を垂らし目を回した「暴走する災害」だった。
「ウ、オォォォォォォォォォ!!!!!」
王都を焼き尽くす咆哮が轟く。
愚者たちの協奏曲によって、世界を終わらせる真の災害が、幕を開けた。




