第8話 凍てつく刃、嘲笑う死
深海のドーム内は、サウナのような灼熱地獄と化していた。
ギュイィィィン!!
ザスターのギターが最高音域を叩き出す。
マグマの熱と音圧のダブルパンチに、戦士ブラウンは盾を叩く手を止めた。
「あ、熱い! 誰か水をくれぇ! 干からびるぅ!」
「フォフォ、あと少しじゃ。共振が臨界点を超えれば、手が砕ける……」
ゲイルは汗一つかかず、石化した手に走る亀裂を見つめている。
生贄台に座らされたリリィは、朦朧とする意識の中で祈っていた。
(誰か……助けて……)
◇
その時だった。
ズズズ……という地響きとは別に、天井のドーム結界に、奇妙な「波紋」が走った。
破壊音はない。ただ、静かな水面に石を落としたような揺らぎ。
『あぁん? なんだあの水たまりは?』
ザスターが見上げた天井から、「水」が飴のように垂れ下がり、そこから人影が「ぬるり」と抜け落ちてきた。
パシャッ。
水一滴の波紋と共に、ユートがステージ中央に着地する。
瞬間、彼が纏っていた「水の精霊の加護」が広がり、ドーム内の熱気を一気に冷却した。
「な……!」
ゲイルが杖を上げるより速く、ユートが動く。
ヒュンッ!
次の瞬間、リリィを縛っていた鎖が弾け飛び、彼女はユートの腕の中に抱きとめられていた。
「マ、マスター……!? うそ、どうして……」
「遅くなった。……帰るぞ」
その声には、絶対的な安心感があった。
熱気に喘いでいたブラウンも、涼しい風に当たって生き返る。
「あ、あれ? 涼しい?」
◇
ユートが追撃しようと踏み込んだ瞬間、ゲイルが懐から『命脈の宝玉』を掲げた。
「おっと、動くなよ。……これが砕ければ、リリィの両親の魂は消える」
ピタリ、とユートの足が止まる。
ゲイルはニヤリと笑い、あまりに残酷な命令を下した。
「リリィ。その男を殺せ」
「え……?」
「聞こえなかったか? 『両親を助けたければ、その男の心臓を刺せ』と言っておるのじゃ」
ゲイルが杖を振ると、リリィの震える手元に、強制的に鋭利な「氷の短剣」が生成された。
「3秒やる。選べ。愛する男か、愛する両親か」
◇
「3……2……」
ゲイルの指が水晶に食い込む。
リリィの脳裏に、優しかった両親の笑顔が浮かぶ。
選べない。でも、失いたくない。思考が焼き切れる。
「ごめんなさい……ッ!!」
彼女は泣き叫びながら、短剣を突き出した。
ユートは、その切っ先を見据えたまま――避けなかった。
それどころか、身を守っていた防御結界を自ら解除したのだ。
刺される直前、わずかに体をずらして「心臓」だけは外させた。
ドスッ。
氷の刃が、無防備なユートの胸を深々と貫いた。
「がはっ……」
「あっ、あぁぁ……!」
血を吐くユート。だが彼は、蒼白になったリリィの頭に優しく手を置いた。
「……いい狙いだ。……泣くな」
「ククク……美しい! 実に傑作じゃ!」
ゲイルが高笑いする。
「やりました……だから、お父様たちを……」
リリィが懇願すると、ゲイルは水晶をつまらなそうに眺め、言った。
「ああ、これか? もういらん」
パリンッ。
約束など最初から守る気はなく、彼は水晶を足元で踏み砕いた。
粉々になった破片が散らばる。
「……え?」
「中身など最初から空っぽじゃよ。魂の残り香が、これほど役に立つとはのぅ。お主の両親は、1年前にとっくの昔に処刑済みじゃ」
「あ――――――」
リリィの喉から、言葉にならない音が漏れた。
彼女が愛する人を刺したのは、既に存在しない幻のためだったのだ。
◇
ドームの崩壊が加速する。
封印が解け、巨大な「両手」が砕けてエネルギー体となり、宙に浮いた。
ザスターの乗る骸骨機甲もまた、光となって分解され、ゲイルの持つ魔導具へと吸収されていく。
「これで『頭』『両足』、そして『両手』が揃った……」
ゲイルが満足げに呟く横で、ザスターの様子がおかしい。
以前のような陽気さは消え、その瞳はドス黒い悪意そのものに変貌していた。
『……足りねえ。もっとだ。もっと悲鳴を、もっと絶望を……』
もはや、ただの勇者ではない。「災害(厄災)の化身」へと成り果てている。
「トドメを刺す価値もない。……封印の解放ご苦労だったな」
ゲイルは血を流すユートと、心が壊れたリリィを見下ろし、転移魔法陣を展開した。
「行くぞザスター。次は『大陸中央』……最後の封印がある地じゃ」
「ザスター! 待ってくれよ! 俺も連れてって……!」
置いていかれまいと、ブラウンが這いつくばってすがりつく。
だが、ザスターは無表情で彼を見下ろした。
『……誰だお前? ノイズがうるせえな』
ドゴォッ!
ザスターはブラウンを蹴り飛ばした。
哀れな戦士は悲鳴を上げながら、煮えたぎるマグマの中へと転がり落ちていく。
「ぎゃあああああ!!」
ブラウンの断末魔を置き去りに、ゲイルとザスターは転移して消えた。
残されたのは、崩れゆく地獄と、死にかけの二人だけ。
◇
足場が完全に崩れ、ユートが奈落へ滑り落ちる。
出血で意識が遠のく。
(……ここまで、か)
死を受け入れようとした、その時。
ガシッ!!
ユートの腕を、細い手が力強く掴んだ。
リリィだ。彼女の瞳は虚ろだが、そこには狂気じみた「執着」が宿っていた。
「……死なせない」
リリィは上を見た。
すぐ頭上のドーム天井(結界)の外に、ユートが乗ってきた『天駆ける翼』の影が見える。
(あそこまで……あそこまで届けば……!)
リリィは自らの寿命を削り、水の精霊に命令した。
「お願い……! 私たちを『あの船』の中に押し込んで!!」
ボシュッ!
二人を包んだ「水の球体」が、崩れ落ちるドーム内を逆走し、天井の亀裂を突き破って、駐機していた船のハッチへと飛び込んだ。
◇
ガコン、プシューッ。
船のエアーロックに転がり込む二人。
『マスター生体反応低下! 緊急離脱!』
直後、ドームが完全に崩壊し、海底が大爆発を起こした。
膨大なエネルギーに巻き込まれる寸前、リヒト・フリューゲルはスラスターを全開にし、深海の闇を切り裂いて急上昇する。
激しく振動する船内で、リリィは血まみれのユートを抱きしめ、治療ポッドへ引きずっていった。
自らの手で刺した傷口を押さえながら、彼女は泣いていた。
「……絶対に助ける。……私が、償いますから」
意識のないユートの頬に、彼女の涙が落ちる。
船は光射す海面を目指し、暗い海を駆け抜けていった。
第4章、完結しました。
衝撃的な幕切れにお付き合いいただき、ありがとうございます!
心も体もボロボロになったユートとリリィ。
二人が再び立ち上がるためには、少し時間が必要です。
作者も彼らと共に、次の第5章「反撃編(仮)」に向けて、しっかりと物語の牙を研ぐ時間を頂きたいと思います。
数日ほど更新間隔が空くかもしれませんが、必ず戻ってきます。
どん底からの再起、そしてゲイルたちへの倍返しにご期待ください。
「続き待ってるぞ!」「じっくり練ってくれ!」という方は、
ブクマ・評価【☆☆☆】で応援のエネルギーを頂けると嬉しいです。
それでは、第5章でお会いしましょう!




