第7話 深海の共振
ギシリ……ミシリ……。
嫌な音が響き続けている。
空から海へとダイブした『骸骨機甲』は、手足を折りたたんで潜水艇モードへと変形し、光の届かない深海を潜行していた。
「ひぃぃ! 死ぬ! 潰れる! 絶対どっかから水漏れしてるぞ!?」
コクピットの隅で、戦士ブラウンが悲鳴を上げていた。
窓の外は漆黒の闇。そしてのしかかる凄まじい水圧に、急造の機体が悲鳴を上げているのだ。
『ガハハ! 怯えるなブラウン! この圧迫感……最高にヘヴィだぜ! お前もそう思うだろ!』
操縦席のザスターは、この状況すら楽しんでいる。
彼にとって、深海の致死的な圧力すらも「重厚なロック」の演出の一部でしかない。
「あ、あああ……」
ブラウンは顔を引きつらせた。
否定したい。今すぐ浮上してほしい。
だが、ここで勇者の機嫌を損ねれば、パーティを追い出されるかもしれない。空での気絶の失態もある。
「は、はいっ! 流石です勇者様! この命が縮むような重圧……これぞロックですね!!(涙目)」
『分かってるじゃねぇか! いいバイブスだ!』
ブラウンは魂を売って同意した。
生きた心地がしなかった。
◇
水深八千メートル。
常識外れの深度に到達した時、機体のサーチライトが巨大な構造物を照らし出した。
「な……なんだありゃあ……」
ブラウンが息を呑む。
海底から突き出していたのは、巨大な「石化した両手」だった。
その大きさは山脈ほどもあり、海底の巨大な亀裂――赤く光るマグマだまりを、蓋をするように力任せに掴んで抑え込んでいた。
『ここじゃ。魔物の両手が、大地の恵みを抑えている封印の地』
助手席のゲイルが解説する。
『あそこで燃えたがっているマグマを、無理やり手で塞いでいるのじゃ。なんと窮屈な……』
『なるほどな! 大地のパッションを押し殺してるってわけか!』
ザスターが憤慨する。
『解放してやろうぜ! 溜まりに溜まったエネルギーを、ドカンと一発! 最高の特効(花火)になりそうだ!』
もしその手を砕けば、抑えられていたマグマが一気に噴出し、その衝撃で世界規模の大津波が発生するだろう。
だが、この場の誰一人として(ゲイルを除き)その危機に気づいていない。
機体は両手のひらの上に存在する、古代のドーム状結界に着陸した。
そこが、今回のライブ会場だ。
「……よし」
ブラウンは震える手で自身の盾を握りしめた。
空では気絶してしまい、役に立てなかった。このままでは捨てられる。ここで挽回しなければ。
「勇者様! 私がリズム隊を務めます! この盾を叩いて盛り上げますよ!」
『ほう! いい心掛けだブラウン! お前の熱いビート、期待してるぜ!』
ザスターに褒められ、ブラウンは「やってやるぞ」と気合を入れた。
それが世界を滅ぼす手助けだとも知らずに。
◇
リリィは、石化した巨大な両手の中央――特等席という名の「生贄台」に座らされていた。
彼女は遥か頭上、見えない海面を見上げた。
(……ここは、深すぎる)
絶望が胸を満たす。
空ならまだ希望はあった。だが、ここは光も届かない深海。
通信も、魔力も、分厚い海水に阻害されて届かない。
ユートとのパスも切れたままだ。
視線を戻すと、目の前では狂った宴の準備が進んでいる。
「音響よし! 照明よし! 行くぜぇ!」
「へい! いつでも叩けます!」
「フォフォフォ、楽しみですなぁ」
楽しそうに準備運動をする勇者。
必死に機嫌を取って盛り上げる戦士。
そして、すべてを嘲笑う邪悪な賢者。
(……まともな人が、一人もいない)
深海の冷たい闇よりも、このパーティの「会話が通じない」空気の方が、彼女を絶望させた。
ここは地獄だ。善意と狂気が支配する、逃げ場のない檻。
(マスター……。どうか、来ないでください。ここは深すぎます)
彼なら、きっと追いかけてきてくれる。
けれど、こんな深海まで来れば、彼まで危険に晒される。
それなら、ここで私一人で終わるほうがいい。
リリィは静かに瞳を閉じた。
◇
『待たせたな深海の住人たち! 世界を揺らす伝説のライブの始まりだァ!!』
ザスターの絶叫と共に、開演が宣言された。
『イェーイ! 最高です勇者様ー!!』
ブラウンが盾をリズムよく打ち鳴らす。
カン! カン! カン!
そして、ザスターが魔改造されたギターを全力でかき鳴らした。
ギュイィィィィン!!
魔法アンプによって増幅された爆音が、逃げ場のないドーム内で乱反射し、物理的な衝撃波となって周囲を襲う。
その特定の周波数が、石化した魔王の手と「共振」を始めた。
ズズズズズ……ッ!
巨大な手が震え、表面にピキピキと亀裂が入っていく。
裂け目から赤い光――マグマの熱が漏れ出し、周囲の海水が瞬時に沸騰した。
ボコボコと強烈な蒸気が立ち昇り、視界を白く染める。
『見ろ! 大地が熱狂してやがる! スモークも焚かれて、最高のステージだ!』
『熱いです! 物理的に熱いですが、ハートはもっと熱いです!』
海底が崩壊し、世界規模の災害が始まろうとしている中、ノリノリで演奏を続ける勇者と戦士。
そのカオスな光景の中、リリィだけが静かに破滅を待っていた。




