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第3話 崩落からの再構築、そして涙の再開

 勇者一行が機体に乗って空の彼方へ消え、地下帝国に再び静寂が戻った。

 だが、それは死の静寂だった。

 天井の大穴からは岩が崩れ落ち続け、都市機能は壊滅状態にある。


「もう終わりじゃ……住む場所も、封印も、すべて失った……」


 長老が瓦礫の前で膝をつく。

 周囲のモグラ族たちも、絶望に打ちひしがれていた。


「かつての勇者の誓いも失われた。……これでは、魔王が完全復活してしまう」


 嘆く彼らを、ユートは一瞥もしなかった。

 彼は淡々と、眼前の惨状を見据え、両手を地面についた。


「泣いている暇があるなら離れていろ。……後始末の時間だ」


 ユートが魔力を練り上げる。

 大地に、結界のくさびが打ち込まれた。


「【地脈干渉エアトアーダー・インターフェレンツ】」

「【構造シュトゥルクトゥーア・修復レコンストルクツィオン】」


                ◇


 ズズズズズ……ッ!


 信じられない光景が広がった。

 まるで映像を逆再生するかのように、崩れ落ちた瓦礫が浮き上がり、元の柱や天井へと吸い込まれていく。

 だが、ユートはただ直すだけではない。


「地盤が脆すぎる。……補強を入れておくぞ」


 構造上の欠陥を見抜き、結界術で岩盤そのものを強化していく。

 天井の大穴が塞がり、以前よりも遥かに強固なドームが形成された。


「ついでに、封印もだ」


 砕け散った石碑の破片が集まり、再び形を成す。

 そこへユートは、幾何学模様の美しい結界を上書きした。


「旧式の封印機構だな。……二度と破られないよう、最新の多重結界にしておく」


 完成した封印が、淡い光を放つ。

 空中に漂っていた残り香のような瘴気が、その光に触れて完全に浄化された。


「……ふぅ」


 ユートが息を吐き、手を離す。

 そこには、傷一つない、完全な姿を取り戻した地下帝国があった。


「あ、あの方は……」


 長老が震える声で呟いた。

 破壊の悪魔(勇者)を追い払い、壊された街を一瞬で直し、封印すら強固にした青年。


「『静寂の神』様じゃあぁぁ!!」


 ザッ!

 長老が平伏すると、周囲のモグラ族たちも一斉に五体投地でユートを拝み始めた。


「おお、静寂の神よ! 我らをお救いくださり感謝します!」

「やめろ。俺は神じゃない」


 ユートは不快そうに顔をしかめた。

 神? 冗談じゃない。

 俺は故郷一つ守れなかった、ただの敗北者だ。


                ◇


 都市の修復を終えたユートだが、その表情は険しかった。

 彼は拳を握りしめ、修復したばかりの岩をミシミシと軋ませた。


「……さっき、結界で瘴気を防いだ時に分かった」


 ユートの声は、怒りで低く震えていた。


「この瘴気の構成成分。……俺の村を壊滅させた『毒』と、完全に一致する」

「マスター……」


 リリィが痛ましげに彼を見る。

 住民をパニックにさせないために黙っていたが、ユートの中では確信に変わっていた。

 あの時、故郷を襲ったのは――魔王の毒気だ。


「それに、あの骸骨の機体……。既存の魔法体系には存在しませんわ」

「ああ。あれは生命を無理やり錬成する、禁忌の術式だ」


 ユートは空を見上げた。


「勇者はただの馬鹿だが……その背後にいる『異物』は違う。そいつは明確な悪意を持って、魔王の身体の一部を集め、復活させようとしている」


 おそらく、賢者ゲイルだ。

 あの好々爺の仮面を被った男が、勇者の「善意」を操り、世界中に災害をばら撒いている黒幕。


「リリィ、あいつらの行方は?」

「ギルドカードの反応が消えています。おそらく、何らかの遮断結界内にいるか、圏外へ……」

「くそっ、見失ったか」


 ユートは舌打ちした。

 だが、手掛かりはある。奴らは魔王のパーツを集めている。


「オートマタ、『天駆けるリヒト・フリューゲル』の記憶装置を検索しろ。過去に封印された魔王のパーツの場所だ」


 通信機越しに、無機質な声が返ってくる。


『検索……。魔王ノ封印箇所ハ三箇所。大陸中央ニ「胴体」。海ニ「手」。ソシテ空ノ浮遊大陸ニ「頭」デス』


「……空?」


 ユートはハッとして、勇者が飛び去った天井の大穴を見上げた。


「あいつら、足を使って垂直に上昇したな」

「ええ。お星様になりましたわ」

「……なら、行き先は明白だ。奴らは『魔王の頭』を取りに行ったんだ」


 後手に回ったが、目的地は割れた。


「追うぞ、リリィ。『天上の国』へ」


                ◇


 長老たちの感謝の言葉を背に受けながら、ユートたちは『天駆ける翼』へと帰還した。

 ブリッジへ向かおうとしたその時、艦内放送が響いた。


『マスター。医療区画ニテ、エリィ様ノ心拍数ガ上昇シテイマス。意識ガ戻ル可能性ガアリマス』


 その報告を聞いた瞬間、ユートは走り出していた。

 息を切らせて医療区画へ飛び込む。

 カプセルのハッチが、プシューッと音を立てて開くところだった。


 ユートが駆け寄り、覗き込む。

 長い眠りについていた少女の瞳が、ゆっくりと開き、焦点を合わせる。


「……に、い……さん……?」


 その弱々しい、けれど懐かしい声を聞いた瞬間。

 ユートの「最強の結界師」としての仮面が崩れ落ちた。


「……ああ、そうだ。兄さんだ。……よかった……本当に……!」


 ユートは震える手で妹の手を握りしめ、額を押し付けて男泣きした。

 生きていてくれた。ただそれだけで、心が救われるようだった。


 エリィは意識が朦朧とする中で、必死に言葉を紡いだ。


「……長老様が……最期に……」

「無理をするな、喋らなくていい」

「ううん、伝えなきゃ……。『魔王を……決して復活させてはならぬ』……って」


 エリィの瞳から涙がこぼれる。


「お願い、兄さん……みんなの村みたいな悲劇を……もう繰り返さないで……」


 伝え終えたエリィは、安堵したように力を抜き、再び静かな寝息を立て始めた。

 ユートは優しく涙を拭い、彼女に毛布をかけた。


「……ああ。約束する」


                ◇


 数分後。

 ユートがブリッジに現れた。

 その目は赤く腫れていたが、表情は今までで一番強い決意に満ちていた。


「エリィは言った。『繰り返すな』と」


 今、最悪の収集活動が行われている。

 あの馬鹿(勇者)は「イベント」として楽しみ、黒幕(賢者)は明確な「悪意」を持って、悲劇の元凶を集めているのだ。

 自分の故郷を奪った毒(魔王)を、世界に解き放とうとしている。


「許さない。俺の故郷を踏みにじり、妹の願いを裏切る行為だ」


 ユートは正面モニターを見据えた。

 遥か上空、雲の彼方にある浮遊大陸。


「行くぞ。あの馬鹿どもが魔王を完全復活させる前に、俺がすべて叩き潰す」

「イエス、マスター」


 ユートの命令に応え、船体が振動する。

 『天駆ける翼』のエンジンが唸りを上げ、垂直に上昇を開始した。


 目指すは天空。

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