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第2話 静寂の執行者、発進する骸骨機甲

 ユートが展開した【多重防護円・平面展開】の下、モグラ族たちは呆然と立ち尽くしていた。

 頭上では数千トンの岩塊が光の板に阻まれて止まっている。

 死の淵からの生還。だが、状況が飲み込めていない。


「あ、あんたは……一体……?」


 震える長老の問いに、ユートは短く答えた。


「通りすがりの元同業者だ。……とりあえず、耳を塞いでおけ」

「へ?」


 ユートはステージへと向き直った。

 そこでは未だに、勇者ザスターが血まみれの魔物を相手に絶叫し、爆音を撒き散らしている。

 魔王の足も暴れまわり、振動が止まらない。


「まずはBGMが耳障りだ」


 ユートは懐から楔を取り出し、遠隔操作でステージ四方に打ち込んだ。


「【雑音抑制ラウシェン・ウンタードリュックング】」


 フッ……。

 ステージから「音」が消滅した。

 轟音も、楽器の音も。ステージすべての音が遮断され、不気味なほどの静寂が地下帝国を支配する。


                ◇


(……あん? 音が消えた?)


 ステージ上のザスターは、ギターをかき鳴らす手が空回りしていることに気づいた。

 だが、彼の思考回路は常人とは違う。

 即座に、これは「演出」だと解釈した。


(なるほど! ここでサイレントか! 『音ではなく、心の耳で聞け』という高度なアプローチだな!)


 ザスターはニヤリと笑うと、音の出ないギターで情熱的にエアギターを始めた。

 陶酔しきった表情で天を仰ぐ。


(……聞こえるぜ、魂の共鳴バイブスが!)


 その横で、アリスも祈りを捧げていた。

 口パクで何かを叫んでいるが、音はない。


(静寂……これこそ『沈黙の祈り』! なんて神聖なライブなのでしょう!)


 狂気だけが、音もなく進行していく。


                ◇


 だが、音の消失に苛立った存在がいた。

 『魔王の足』だ。

 騒音が消え、ターゲットを見失った巨大な足は、この空間で最も異質な魔力を放つ存在――ユートへと狙いを定めた。


 ドォォォン……!

 音のない世界で、巨大な足が跳躍する。

 狙いはユートの頭上。そのままプレスして踏み潰すつもりだ。


「……鬱陶しいな」


 ユートは冷ややかな目で、空を覆う巨大な影を見上げた。


「そこでおとなしくしてろ。【重力干渉シュヴェアクラフト・フェッセル】」


 ズンッ!!

 見えない重力の枷が、魔王の足を襲った。

 空中で叩き落とされた足は、地面に縫い付けられたように動けなくなる。

 ピクリとも動かない。完全な拘束だ。


「なっ……!?」


 瓦礫の影から覗いていた賢者ゲイルは、冷や汗を流した。


(あいつ、化け物か……! 復活したばかりとはいえ、魔王様の足を一撃で封じるとは)


 だが、ゲイルの老獪な頭脳が瞬時に計算を弾き出す。


(いえ、逆に好機! 固定されている今なら、内部に『術式』を強制的に埋め込める!)


 ゲイルは杖を掲げ、紫色の禍々しい魔法陣を展開した。

 ステージ上のザスターへ向けて、念話テレパスを飛ばす。


『勇者様! ステージセットの『最終形態』を解放します! 乗り込んでください!』

『なにっ!? まだギミックがあるのか!』


 ゲイルが杖を振り下ろす。


「【魔導煉成・骸骨機甲ネクロ・ギア・コンストラクト】!」


 バキバキバキバキッ!!

 縫い付けられた「魔王の足」が変貌を始める。

 内部の骨格が異常増殖し、肉を突き破って「金属的な装甲」へと変質していく。

 血管がパイプのように繋がり、筋肉が駆動系へと変わり、かかとからは巨大な噴射口スラスターが生える。

 それは生物と機械が融合した、醜悪かつ強力な「生体兵器」だった。


(おおっ! 野性的なフォルムが、洗練されたマシンに変わっていく!)


 ザスターは目を輝かせた。


                ◇


 変形した魔王の足の上部に、口を開けたようなコックピット(座席)が形成される。


『さあ、行くぞブラウン、アリス! 特等席だ!』

『……(おい待て! これどう見ても『骨』だろ! 血管ドクドクいってるぞ!?)』


 音のない世界で、ブラウンが必死に拒否のジェスチャーをする。

 だが、アリスは恍惚とした表情だ。


『(神の使い(骨)に包まれるなんて光栄です!)』


 ザスターとアリスとゲイルは喜んで乗り込み、嫌がるブラウンの襟首を掴んで無理やり引きずり込んだ。


『(離せぇぇ! ヌルヌルするんだよぉぉ!)』


 四人が搭乗すると、キャノピーのように肋骨が閉じる。

 ザスターは操縦桿(神経束)を握った。


『乗り心地も最高だ! 行くぞゲイル!』


 ドォォォォォ……!!

 機体(足)のスラスターが点火する。

 だが、ユートの重力結界がそれを許さない。

 機体は激しく振動し、地面に張り付いたままだ。


『(なるほど、この圧力は……発射前の『タメ』だな!)』


 ザスターは勘違いを加速させる。


『(エキストラの人、最高の発射台を用意してくれたぜ! このG(重力)、たまんねぇ!)』


 ゲイルが遠隔で制御術式を操作し、魔王の足の出力を限界突破オーバーロードさせる。


「出力全開! ぶち破るのじゃぁぁッ!」


 物理的な推進力が、ユートの重力干渉を強引に上回る。


 ズドドドドドドォォォォン!!


 凄まじい爆風と共に、魔王の足は拘束を引きちぎり、ロケットのように垂直に打ち上がった。

 目指すは天井の大穴。


                ◇


 地下帝国の天井を抜け、さらにその上の地表へと飛び去っていく機体。

 空から、勇者の拡声魔法が降ってくる。

 ユートの結界の外に出たため、音だけが届いた。


『サンキュー! エキストラの人! お前の重力カタパルト、最高のGだったぜ! 次の会場でまた会おう!』


 キラーンと星になって消えていく勇者一行。

 残されたのは、半壊した地下帝国と、呆然とするユートたちだけだった。


「……誰がエキストラだ」


 ユートは爆風で乱れた髪を払い、呆れたように呟いた。

 主役トラブルメーカーが退場してくれたことには清々するが、気になる点がある。


「……足を、改造したのか? 一瞬で?」


 ユートは穴を見上げたまま、冷静に分析モードに入っていた。

 あの短時間で、巨大な足を変質させ、兵器として運用可能な形に作り変える技術。

 ただの勇者の「思いつき」ではない。

 裏に、高度な魔法を持つ何者かがいる。


「……ただのバカ騒ぎじゃないな。明確な悪意を持った参謀がいる」

「ユート、追いますの?」


 リリィが扇子を開いて問う。

 ユートは空を睨み、それから視線を足元の瓦礫に向けた。


「……いや。あいつらは逃げたが、ここの被害は待ってくれない」


 頭上の岩盤はまだ不安定だ。

 今、ユートが結界を解けば、モグラ族たちは生き埋めになるだろう。


「俺の仕事は『勇者ごっこ』じゃない。……まずはここを直すぞ」


 ユートは再び魔力を練り上げた。

 崩落を食い止め、破壊された地下帝国を修復するために。

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