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幕間3 勇者の逃避行、地下への招待状

 西方へ向かう街道沿いの、とある宿場町。

 賑わう酒場の一角で、勇者ザスターはジョッキを傾けながら、熱弁を振るっていた。


「いいかいアリスちゃん。勇者ってのは、ただ魔物を倒すだけじゃダメなんだ。人々の心に寄り添い、笑顔を作ってこそ本物さ」


 ザスターの向かいには、純白の法衣に身を包んだ少女が座っている。

 彼女の名はアリス。教会から派遣された新しい女神官だ。

 聖女ルミナが「極秘任務」で離脱した後、入れ替わりでメンバーに加入した彼女は、清らかな瞳でザスターを見つめていた。


「アッシュワルド王国では、霧に閉ざされた暗い街を俺が明るく照らしてやったんだ。今頃みんな、笑顔で暮らしているはずさ」

「まあ……! なんて慈悲深い……素敵です、ザスター様!」


 アリスがうっとりと頬を染める。

 ザスターは気を良くして、さらに言葉を重ねた。


「ネムレスという商業国家では、画期的な管理システムを導入してね。犯罪なんて起きようがない、完璧な国にしたんだ」

「素晴らしいです! ザスター様のお言葉は、まさに神の啓示そのものですわ!」


 アリスは疑うことを知らない。彼女にとって勇者は絶対的な正義であり、信仰の対象そのものなのだ。

 だが、現実は甘くない。


「プッ、クククッ!」


 隣の席で飲んでいた行商人の男が、たまらずといった様子で吹き出した。


「おいおい兄ちゃん、どこの田舎から来たんだ? アッシュワルド? 俺はこないだ通ったが、相変わらず霧が立ち込める陰気な都市だったぞ」

「なっ……?」

「それにネムレスの話も知らないのか? あれは『名札事件』って呼ばれてる大惨事だ」


 行商人は呆れたように肩をすくめた。


「馬鹿な勇者が『名札』なんて配ったせいで、『名を奪う蟲』に襲われて、国中が大混乱。死人も出たって話だぜ」

「そ、そんな……」

「その主犯の『勇者』とかいう奴には、商人ギルド連合から国家予算規模の損害賠償請求が出てる。見つかったら一生、鉱山で強制労働だろうな」


 ザスターと、隣で黙々と肉を食っていた戦士ブラウンの顔色が、サァーッと青ざめた。


「そ、損害賠償……国家予算……!?」


 何も知らないアリスだけが、「ひどい濡れ衣です! 勇者様にそんなこと言うなんて、神罰が下りますよ!」と憤慨している。


「あ、アリスちゃん、落ち着いて! ……こ、ここは空気が悪いな! 行くぞ!」


 ザスターは震える手で代金をテーブルに叩きつけると、逃げるように店を飛び出した。


                ◇


「どうしよう……地上のどこに行っても、商人ギルドの情報網からは逃げられない……」


 路地裏に隠れたザスターは、頭を抱えていた。

 世界を救う旅のはずが、いつの間にか借金取り(商人ギルド)から逃げる逃亡劇になっている。


「フォフォフォ……勇者様、何を嘆いておられるのです?」


 横にいたパーティメンバーの老賢者ゲイルが、杖をつきながら口を開いた。

 彼は老獪な笑みを隠し、優しく語りかけた。


「地上の人間どもは、あなたの高尚な理想を理解できない愚か者ばかりなのです。気に病むことはありません」

「ゲイル……。だが、行く場所がないぞ」

「ご安心を。……この西方には『地下帝国』があります」


 ゲイルが指差したのは、遥か西の山脈だ。


「あそこは地上の法が届かぬ、モグラ族の閉鎖国家。しかも、『音』を何より重んじる種族がいると聞きます」

「音……?」

「ええ。彼らなら、あなたの魂の演奏を正当に評価してくれるでしょう。あなたの到着を、今か今かと待っているはずですよ」


 その言葉に、ザスターの瞳に光が戻った。

 自分の音楽を理解してくれる場所がある。それは彼にとって何よりの救いだった。


「そうか……! 地下なら追っ手も来ないし、俺の歌も届く!」

「ええ、ええ。さあ、参りましょう」


 その気になって歩き出すザスターと、それに続くアリスとブラウン。

 その背後で、ゲイルの目が冷たく光った。


(ククク……順調ですねぇ。これまでに打ち込んだくさびは四つ……。あの愚か者は、私の筋書き通りに踊っている)

(それにしても、良かれと思った行動がことごとく災害を引き起こすとは……魔王様よりよほどタチが悪い)

(次は地下帝国……。封印を『勇者の騒音』で砕かせれば、西方は壊滅するでしょう。魔王様の復活も近い)


                ◇


 一週間後。一行は地下帝国の入り口に辿り着いた。

 入り口に立つザスターの、溢れ出るオーラを見たモグラ族の長老が駆け寄ってくる。


「おお、その輝き……勇者様じゃな! ちょうどよかった! 至急、封印の間に来てくだされ!」

「封印の間?」

「うむ。『鎮魂の調べ』を奏でねばならんのじゃ」


 案内されたのは、地下深くに存在する巨大な空洞だった。

 そこには厳かな祭壇があり、不気味な石碑が祀られている。

 地下深くには『魔王の足』が封印されており、定期的に静かな音楽を奏でて封印を安定させる必要があったのだ。


「ここが会場か……」


 ザスターは周囲を見渡して、顔をしかめた。

 暗く、静まり返り、湿っぽい。観客席にいるモグラ族たちは、皆俯いて震えている。


「なんてことだ……。こんな暗くてジメジメした場所で、ひっそりと暮らすなんて。彼らは不幸だ!」

「はい……まるで監獄のようです。彼らの瞳には、パッションが足りません!」


 アリスも同調して涙ぐむ。


「勇者様、彼らには『刺激』が必要なのでは? 静かな音楽では、彼らの沈んだ心を救えませんぞ」


 ゲイルの囁きが、ザスターの背中を押した。


「よし! 俺が本当の『楽しみ』を教えてやる!」


 ザスターは祭壇の上に立つと、ギター(のような魔道具)を構えた。


「ブラウン! ビートを刻め! 心臓が破裂するくらいのな!」

「うす」


 戦士ブラウンが、どこからともなく取り出したドラムセットの前に座る。

 さらに、魔法で巨大なスピーカー群が展開され、地下の闇をド派手な照明が切り裂く。


「聞けぇぇぇ! 俺の魂の叫びをぉぉぉ!!」


 ドコドコドコドコ!! ジャァァァァァァァァン!!!


 ブラウンの剛腕から繰り出される地響きのようなドラムと、ザスターの爆音が地下空間に炸裂した。

 繊細な聴覚を持つモグラ族たちが、一斉に耳を押さえてのたうち回る。


「ぎゃあああ! 耳が、耳がぁぁぁ!!」

「もっと激しくないと伝わらない!」


 ザスターはさらにボリュームを上げる。


「そうです! 神への祈りも、情熱が必要です! 【聖なる拡声ホーリー・ラウド】!!」


 アリスの支援魔法が、音量を致死レベルに跳ね上げた。

 それはもはや音楽ではない。物理的な衝撃波だ。


「やめろぉぉ! その音は封印と共振してしまうぅぅ!」


 長老たちが止めようと駆け寄るが、スピーカーから放たれる音圧(ドンッ!)で、物理的に吹き飛ばされる。

 宙を舞う長老たちを見て、ザスターは目を輝かせた。


「おお! 見ろアリス! 観客が感動のあまりウェーブしている! ノってるな!!」

「素晴らしい一体感です、勇者様!」


 ズズズ……と地盤が不気味に鳴動を始める。

 封印の石碑に、ピキリと亀裂が入った。


 崩壊の予兆。

 だが、その音すらも勇者の爆音とドラムの振動にかき消され、誰にも届かない。

 ただ一人、賢者ゲイルだけが、崩れゆく様子を見て満足げに笑っていた。


(さあ、大地を揺らせ。愚かな勇者の名のもとに……そして、魔王様の一部よ、目覚めの時じゃ)

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