表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/40

第13話 受け継がれる風

 ふわり、と。

 意識の浮上と共に、後頭部に柔らかく温かい感触を感じた。

 鼻をくすぐるのは、森の木漏れ日のような優しい香り。


「……ん」


 ユートが重いまぶたを持ち上げると、視界いっぱいに黄金色が広がっていた。

 それは、シルフィの美しい金髪だった。

 彼女はユートの顔を覗き込み、心配そうに眉を下げていた。


「あ、起きた……! よかったぁ……!」


 シルフィの瞳に涙が膜を張る。

 どうやら、彼女の膝の上で寝かされていたらしい。場所は『天駆ける翼』の休憩室のようだ。


「……俺は、どのくらい寝てた?」

「丸一日よ。魔力枯渇で倒れるなんて、無茶しすぎ」

「面目ない。……だが、悪くないな」


 ユートは膝の感触を確かめるように、少しだけ頭を動かした。


「え?」

「この膝枕のことだ。……最高の寝心地だった」

「もう! ばか!」


 シルフィは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その反応に、ユートは小さく笑った。

 穏やかだ。あの怒涛のような騒動が嘘のように、静かな時間が流れている。


                ◇


 体調を回復させたユートは、シルフィと共に甲板へ出た。

 そこにはリリィもいた。

 妹のエリィはまだ消耗が激しく、医務室のポッドで深い眠りについている。


 ユートは眼下を見下ろした。

 南部の荒野は、ヴォルグの強制労働によって瑞々しい若木で覆われつつある。

 だが、それ以外の広大な森には、未だに戦火の爪痕と、淀んだ瘴気が残っていた。


「さて、残りの仕事も片付けるか」

「でもユート、まだ魔力が戻りきってないでしょう?」


 心配するシルフィに、ユートは首を振った。


「ああ。だから俺は『枠組み』を作るだけだ。……中身は四大精霊、お前たちがやってくれ」


 ユートが呼びかけると、四大精霊たちが実体化して現れた。


『おう、任せな! 俺たちの庭を綺麗にするんだ、魔力ならいくらでも出してやるぜ!』


 精霊たちはやる気満々だ。

 彼らは自然界そのもの。ユート個人の魔力とは桁が違う、無尽蔵のエネルギーを持っている。


「よし。森全体を覆う【浄化結界】を展開したいが……俺はよそ者だ。この森の正確な『境界線』を知らない」

『ああ、そういやそうだったな』

「俺が適当にやれば、浄化しなくていい場所まで巻き込むか、あるいは浄化漏れが出る。……だから、範囲の指定はお前たちに任せる」


 ユートが両手を広げ、複雑な魔法陣を空中に描く。

 それはあくまで魔力を流すための「回路」であり、彼自身の消費魔力は最小限だ。


「精霊たちよ、お前たちの思う『守るべき領域』を示せ!」

『了解!』


 精霊たちが、結界の術式に直接干渉し、森の輪郭をなぞるように座標を指定していく。

 正確無比な境界線が定義され、そこに彼らの膨大な魔力が注ぎ込まれた。


「【広域浄化結界グロスラウム・ロイテルング・全域展開】!」


 ドォォォォォ……!

 回路を通じて増幅された精霊の力が、虹色の波紋となって森全土へ広がっていく。

 光が通過した場所から、黒い瘴気が霧散し、淀んだ空気が清浄なものへと書き換わっていく。

 焼けた木々の炭化が止まり、その根元から小さな芽が顔を出す。


「すごい……森が、息を吹き返していく……」


 シルフィが感嘆の声を漏らす。

 数分後、森から不快な気配は完全に消え去っていた。


「これで瘴気は収まった。……あとは、時間をかけて育てていけばいい」

「焼けた木々の補充は?」

「ああ、それは彼に任せよう」


 ユートが指差した先のモニターには、南部の端で必死にくわを振るうヴォルグの姿が映っていた。

 指輪の呪いにより、彼は休むことなく植林を続けている。


「一生かけて償わせるさ」


                ◇


 作業が一段落した夕暮れ時。

 再生した森を見下ろす丘の上に、ユートとシルフィの二人は並んで立っていた。

 風が、シルフィの長い金髪を揺らす。


「……ねえ、ユート」

「ん?」


 シルフィは森を見つめたまま、ぽつりと切り出した。


「風の氏族長は……父様が亡くなって、空席のまま」

「ああ、そうだな」

「他の氏族も混乱してる。……誰かが立って、導かないといけないの」


 彼女はゆっくりとユートの方を向いた。

 その瞳には、かつてのような迷いはもうない。


「私ね、決めたの。……お父様の後を継いで、風の氏族長になる」


 それは、ユートとの旅の終わりを意味していた。

 彼女は冒険者として自由に空を駆けることよりも、地に足をつけて民を守る道を選んだのだ。


「もう、あなたの隣には立てない。……だから」


 決別の言葉と共に、シルフィは懐からナイフを取り出した。

 自分の長く美しい金髪を掴む――


 ザクッ、と。


 躊躇なく、刃を入れた。

 風に乗って、金色の房がキラキラと舞い散る。

 露わになったのは、白く華奢な首筋と、凛々しく変貌した彼女の姿だった。


「……どうかな? 変?」


 少し不安そうに首を傾げるシルフィ。

 ユートは目を細め、優しく微笑んだ。


「いや。……すごく、似合ってるよ」


 その言葉に、シルフィは晴れやかに笑った。


「ふふっ、ありがと!」


 彼女は一歩近づき、ユートの服の裾をギュッと握りしめた。

 震える声で、最後の願いを口にする。


「あいつを……あの勇者を、絶対止めて。これ以上、悲しい思いをする人が出ないように」

「ああ。約束する」

「それと……」


 シルフィが顔を上げる。

 夕日を背にした彼女の瞳が、潤んでいる。


「最後に、挫けないための勇気が欲しいの」


 彼女は背伸びをした。

 触れ合う唇。

 それは長く、甘く、そして涙の味がする、別れの口づけだった。


                ◇


 出発の朝。

 『天駆ける翼』の前には、見送りの人々が集まっていた。


 本来の美しい姿に戻った水の氏族長ルル。

 解放された地の大男、バガンが豪快に酒を飲んで笑っている。

 遠くの畑では、ヴォルグが死んだような目で苗木を植えていた。


 そして、先頭には短い髪を風になびかせた、風の氏族長シルフィ。


「ユート、本当にありがとう。……あなたが直してくれたこの森を、今度は私たちが守っていく」

「ああ。頼んだぞ」


 ユートは頷き、タラップに足をかけた。

 シルフィは隣に立つリリィに向き直った。


「リリィ。……ユートの隣、お願いね」

「ええ。任されましたわ」


 リリィは扇子を閉じ、真剣な表情で頷いた。

 かつて恋敵だった二人の間に、言葉以上の信頼が交わされる。


「またいつか、必ず会いに来てね! その時はもっといい女になってるから!」


 シルフィが大きく手を振る。

 ユートも振り返り、片手を上げて応えた。


「出航!」


 ドォォォォォ……!

 リヒト・フリューゲルが重力を振り切り、空へと舞い上がる。

 眼下で手を振るシルフィたちの姿が、次第に小さくなっていく。

 再生した緑の森が、宝石のように輝いていた。


「……行くぞ」


 ユートは感傷を振り切るように前を向いた。

 森は守った。だが、元凶である勇者ザスターは、まだ世界を「救済」し続けている。


「次の目的地は?」

「西方デス。大規模ナ地殻変動ノ予兆ヲ感知シマシタ」


 オートマタの報告に、ユートは目を細めた。

 きっとそこにも、勇者の「善意」による被害者がいるはずだ。


「全速前進。……待っていろ、ザスター」


 白銀の翼が、雲を切り裂いて彼方へと消えていく。

【第3章 完結】


精霊の森を救い、シルフィの成長も見届けたユートたち。 次なる4章では、大規模な異変に立ち向かうことになります。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


もし「面白かった!」「4章も楽しみ!」と思っていただけましたら、

【ブックマーク】や、広告下の【評価(★)】をいただけると、執筆の励みになります!

何卒よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ