第12話 焦土の再生
宮殿での戦闘が終わり、生き残ったサラマンダー兵たちは武装解除され、広場の一箇所に集められていた。
その中心に、ボロボロになったヴォルグが引きずり出される。
かつての「王」の威厳は見る影もない。
「殺すなら……ひと思いに殺せ……!」
ヴォルグは屈辱に震えながら唸った。
だが、ユートは彼を冷たく見下ろしただけだった。
「死んで楽になろうなんて思うなよ。お前にはやることが山積みだ」
「ヴォ、ヴォルグ様……!」
その時、空気を読まない部下が、あらかじめ命じられていた品を持って走り寄ってきた。
「ご命令の『隷属の指輪』を作ってまいりました! 術式も最強の呪いを……あ」
部下は、縛り上げられたヴォルグと、その前に立つユートを見て硬直した。
「……ご苦労」
ユートは部下の手から指輪をひったくると、しげしげと眺めた。
禍々しい魔力が込められた、特注の拘束具だ。
「これを誰につけようとしてたんだ?」
「…………」
ヴォルグが目を逸らす。
ユートは指先で指輪に触れ、瞬時に術式を【解析】し、書き換えた。
「サイズはお前の指に合わせておいたぞ」
カチャリ。
ユートは強引にヴォルグの左薬指に指輪を嵌めた。
「なっ……!?」
「術式変更。『森林再生労働用・強制労働プログラム』だ。お前が焼いた木の本数分、植林が終わるまで外れないようにしておいた」
「しょ、植林だとぉ!?」
「ああ。植え終わるまで働け。それが敗者の義務だ」
◇
広場の隅では、救出された水の氏族の女性が、シルフィに支えられていた。
「ありがとう……。まさか、人間に助けられるなんて。……かつての勇者以来だわ」
彼女は複雑な表情でユートを見つめ、居住まいを正した。
「私はルル。水の氏族長を務めているわ。……あなたのお名前は?」
「俺はユートだ」
「そう、ユート……。あの『勇者』は許さないけれど……あなたのことは、少し見直すことにしたわ」
「それはどうも」
ユートは肩をすくめると、ルルの煤けたドレスと肌に目を向けた。
「ドレスの状態がよろしくないな。水浴びでもしてくるか?」
「いいの。服も髪も、あとで洗えばいいわ。命があるだけでも……」
「いや、少し失礼する」
ユートはルルの頭にポンと手を置いた。
「【分離洗浄】」
パァァッ……。
光が彼女を包んだ瞬間、ドレスや肌にこびりついていた煤、泥、汗などの汚れ成分だけが「異物」として弾き出され、消滅した。
現れたのは、ヴォルグに穢される前の、透き通るような肌と美しいドレス姿のルルだった。
「え……嘘、きれいになってる……?」
ルルは自分の手を見つめ、感嘆の声を上げた。
「ありがとう、嬉しい……! あなた、こんなこともできるのね」
彼女は熱っぽい瞳でユートを見つめた。
「ねえ、私の下に来ない? 水の里なら歓迎するわよ」
「すまんな。俺にはやるべきことがある」
ユートは短く答えた。
こんなところで、立ち止まっている暇はない。
「あの勇者が撒き散らす災害を、止めないといけないからな」
◇
ユートは再びヴォルグの前に立った。
「一つ聞かせろ。……どうしてお前が、あの船を持っていた」
ヴォルグは苦々しげに答えた。
「……勇者様が、くれたんだよ」
「あいつが?」
「ああ。ここら一帯は火山灰ばかりで、作物も育たねぇ。だから『交易に使え』ってな」
「それが、どうして侵略の道具になった」
「……俺たちだって、最初は平和的な解決を望んでいたさ!」
ヴォルグが叫ぶ。
「だが、他の氏族長たちは『野蛮なトカゲ』と俺たちを蔑み、移住の相談も断られた! 食うものもなく、一族が飢えていく中で……手元には強力な力がある。……奪うしかなかったんだよ!」
ユートは重いため息をついた。
なるほど、図式は見えた。
(ザスターの馬鹿野郎め……)
あいつは「困っているなら船をあげよう」という単純な善意で動いたのだろう。
だが、圧倒的な軍事力を与えられた飢えた集団がどう動くか、想像力が欠如していた。
結果として、力の均衡が崩れ、この戦争が起きたのだ。
「……なるべくしてなった結果だな」
「お前たちに同情はしないが、手段を与えてしまったあいつが一番悪い」
ユートは拳を握りしめた。
「君のため」と言って俺の故郷を消した時と同じだ。あいつは何も変わっていない。
◇
宮殿の外。
そこには、見渡す限りの荒野が広がっていた。火山灰と岩だけの死の世界だ。
「これは、どのくらい前からこうなっていたんだ」
「俺が生まれる前……数十年、いや数百年はずっとこうだ」
ヴォルグが答える。
ユートは上空に停泊している『天駆ける翼』を見上げた。
『おい火精霊、聞こえているか。……この惨状について、何か知らないか?』
ユートの問いかけに、少し間があってから念話が返ってきた。
『い、いやー? 俺はずっと眠ってたから知らねぇなー』
声が裏返っている。
何か事情がありそうだが、今は問い詰めている時間はない。
「……土地を再生するにしても、大規模な工事になるな」
ユートは即断した。
「まずは奴隷や人質の解放だ。それと、一時的にサラマンダー達もここから退去してもらう」
「なっ、俺たちを追い出す気か!?」
「工事の邪魔だ。……ルル、悪いがこいつらを一時的に預かってくれないか」
話を振られたルルは、眉を吊り上げた。
「嫌よ! 冗談じゃないわ! なんで私が、私を穢そうとした奴らを!」
「頼む。火の氏族を監視・制御できるのは、水属性のお前しかいないんだ」
「っ……」
「ここで放置して、飢えた奴らがまた暴れ出したらどうする? 今度は精霊の森全体が燃えるぞ」
ユートの説得に、ルルは苦虫を噛み潰したような顔になったが、やがて大きく溜息をついた。
「……分かったわよ。ただし『捕虜』として扱うわ。徹底的に管理させてもらうから」
「ああ、好きにしていい」
ユートは頷くと、上空へ念話を飛ばした。
『着陸しろ。こいつらを乗せて水の里まで運べ』
ズズズズズ……。
白銀の船が宮殿の前の広場に着陸し、タラップが降りる。
『おいおい、いくら何でも全員は無理だぜ? 数百人もいやがる』
『数十人ずつ、ピストン輸送だ。全員運び終わるまで往復しろ』
ユートの指示に従い、まずは奴隷や人質だった氏族たちが船に乗り込んでいく。
船が飛び去り、また戻ってくる。
その往復を繰り返す間、ユートは懐からミスリル製の杭を取り出した。
結界の基点となる「楔」だ。
彼はそれを、誰もいなくなった広大な荒野の四方に打ち込んでいく。
「……ふぅ。これでほぼ全員か」
数時間後、最後の輸送を終えた『天駆ける翼』が戻ってきた。
ユートは船に向けて声を張り上げた。
「よし。……総員、土木作業開始だ!」
ユートが上空の船にいる精霊たちと近くにいる水精霊に指示を飛ばす。
「火精霊! 責任を感じてるなら手伝え。まず火山の活性を抑えろ。噴火しないように穏やかにな!」
『へいへい! 任せな!』
「水精霊! 上空から雨を降らせて灰を洗い流せ! ただし川には流すな、俺が結界で受け止める!」
ザアァァァッ!
豪雨が降り注ぎ、大地を覆う灰が泥流となる。
ユートは【濾過結界】を展開し、泥を受け止め、有害成分だけを除去して綺麗な土へと還元していく。
「地精霊! 土壌を掘り返せ! この浄化した土と入れ替えろ!」
「風精霊! 実のなる種を、いい感じにばら撒いてくれ!」
精霊たちが力を振るい、荒野が急速に耕されていく。
最後に、ユートが両手を広げた。
「【広域環境制御結界】――展開ッ!」
荒野全体を覆う巨大なドーム状の結界が出現した。
内部の時間を加速させ、湿度と温度を植物の成長に最適な状態に固定する。
いわば、超大規模な魔法ビニールハウスだ。
◇
結界ドームの中で、奇跡が起きた。
不毛だった大地から緑が芽吹き、またたく間に若木が育っていく。
数百年変わらなかった灰色の世界が、瑞々しい緑色に塗り替えられていく。
その光景を、ヴォルグは言葉もなく見つめていた。
だが、ユートの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「……くっ、さすがに魔力消費が激しいな。足りないか」
ユートはヴォルグを睨んだ。
「おいヴォルグ、お前の魔力も使うぞ」
「は……?」
ユートはヴォルグの肩を掴むと、空いた手で印を結んだ。
「【魔力連結】」
「ひぃぃぃッ!? 魔力が、吸い取られるぅぅ!?」
ユートはヴォルグとの魔力回路を強制的に接続し、結界の維持に魔力を注ぎ込んだ。
みるみる衰弱していくヴォルグ。
だが、彼の目から流れていたのは、苦痛の涙だけではなかった。
「俺が……夢見た光景だ……」
作物が育ち、緑が溢れる大地。
彼が武力で奪ってでも手に入れたかった景色が、今、目の前で作られている。
「変わっていく……本当に……」
ヴォルグはその場に膝をつき、震える手で芽吹いたばかりの草に触れた。
「……良かったな」
ユートは短く声をかけた。
森の南部の再生は完了した。これで、彼らも飢えることはないだろう。
(あとは……残りの森の再生だ……)
そこまで考えた時、急激な目眩がユートを襲った。
視界が暗転する。
規格外の広域環境制御。生態系を強制的に書き換える負荷は、彼の想像を超えていた。
「ユート!?」
「マスター!」
シルフィとリリィの悲鳴が遠くで聞こえたのを最後に、ユートの意識は途絶えた。




