第11話 偽りの王、焦熱の末路
土煙が晴れていく。
破壊された壁から差し込む光の中、ユートたちは瓦礫を踏みしめ、玉座の間へと足を踏み入れた。
「き、貴様ら……!」
玉座の前で、ヴォルグが驚愕に目を見開いている。
だが、ユートは彼を一瞥すらしなかった。
視線の先にあるのは、床に倒れ込み、涙で頬を濡らしたシルフィの姿だけだ。
ユートはヴォルグの横を素通りし、シルフィの前に膝をついた。
「怪我はないか? ……遅くなって悪かったな」
「ユート……!」
シルフィの瞳から、安堵の涙が溢れ出す。
「ううん……! 来てくれるって、信じてた……!」
「ああ。助けに来たぞ」
ユートが優しく彼女の肩に触れる。
その光景に、ヴォルグのこめかみに青筋が浮かんだ。
「き、貴様ァ……!」
無視された屈辱。
森の王である自分を差し置いて、まるで自分がそこにいないかのような振る舞い。
ヴォルグのプライドが爆発した。
「人の城に土足で上がり込んで、誰の許可を得て喋っている! 俺は火の氏族長ヴォルグだぞ!」
「……ああ、いたのか」
ユートは面倒くさそうに振り返った。
「悪いが後にしてくれ。今、感動の再会中なんだ」
「ふざけるなぁぁッ! やれ! こいつらを八つ裂きにしろ!」
ヴォルグの怒号が響く。
周囲に控えていた精鋭のサラマンダー親衛隊十数名が、槍や剣を構えて一斉に殺到する。
ユートはシルフィを背に庇うように立ち上がり、前に出た。
だが、指一本動かさない。
「リリィ、水精霊。……掃除を頼む」
「承知いたしましたわ」
『合点承知!』
リリィが優雅に扇子を振るう。
「【氷結界・百花繚乱】」
冷気の嵐が吹き荒れる。
襲いかかってきた兵士たちの足元が一瞬にして凍りつき、彼らはその場に縫い留められた。
「なっ、足が動かねぇ!?」
「うわああ、冷てぇ!」
動けない標的の間を、水の精霊が青い閃光となって駆け抜ける。
『オラオラオラァ!』
水の鞭が唸りを上げ、兵士たちが握る武器を次々と叩き折り、吹き飛ばしていく。
『はんっ! 主の威を借るだけのトカゲ共が! 精霊の名折れだ、顔洗って出直してきな!』
ものの数秒。
玉座の間を埋め尽くしていた親衛隊は、全員が氷漬けにされるか、水圧で壁に叩きつけられ、無力化されていた。
立っているのは、ヴォルグ一人だけ。
「ば、馬鹿な……俺の親衛隊が、一瞬で……?」
◇
「くっ……おのれ、おのれぇぇぇッ!」
孤立無援となったヴォルグは、恐怖を怒りで塗りつぶし、全身の魔力を解放した。
宮殿の床が熱で溶け出し、空気が陽炎のように揺らぐ。
「俺はこの森の王だ! 貴様ごとき人間に舐められてたまるかぁぁッ!」
ヴォルグの両手に、太陽のような灼熱の火球が出現する。
先ほど飛行艇に向けて放った極大魔法以上の出力だ。
「消し飛びやがれ! 【焦熱・太陽フレア】!!」
ドゴォォォォォッ!!
放たれた業火が、全てを焼き尽くす勢いでユートたちに迫る。
だが、ユートは一歩も引かず、ただ右手をかざしただけだった。
「【断熱結界】」
ジュッ。
そんな軽い音と共に、迫りくる業火がユートの数メートル手前でピタリと止まった。
見えない壁に阻まれ、熱波すら届かない。
「……なんだそれは。暖房のつもりか?」
「な、なんだと!? 俺の最強の炎だぞ!?」
「ぬるいな。……あの時の『サンクリスタル』の熱に比べれば、お前の炎なんて春風みたいなもんだ」
ユートは冷淡に言い放つ。
最強の結界師として、勇者の災害級の問題に対応してきた彼にとって、ヴォルグの炎など脅威ですらない。
「くっ、殺す! 殺してやるぅぅッ!」
錯乱したヴォルグが、でたらめに炎を乱射しようとする。
「お前は熱いのが好きみたいだからな。……特等席を用意してやるよ」
ユートは指を鳴らした。
「【鏡牢獄】」
キンッ!
ヴォルグの周囲、前後左右上下の六面に見えない壁が出現し、彼を完全に閉じ込めた。
一辺が二メートルほどの、透明な檻だ。
「なんだこれは! こんなガラス細工、溶かしてやる!」
ヴォルグは結界の中で、再び全力の炎を放った。
だが、それが彼の命取りだった。
「やめとけ。その結界は『内側からのエネルギーを完全反射』する」
ユートの忠告は遅かった。
放たれた炎は結界に弾かれ、外に逃げることなく内部で乱反射した。
行き場を失った超高熱が、狭い空間に充満する。
「ぎゃあぁぁぁッ!? あ、熱いッ! 熱いィィィッ!!」
ヴォルグの悲鳴が上がる。
自らが放った最強の炎に、自らが焼かれる。まさに自業自得の地獄絵図。
「出せ! ここから出せぇッ! 自分が燃えるぅぅッ!」
「自分の炎で焼かれる気分はどうだ? ……お前が森や動物にしたことだぞ」
ユートは冷ややかに見下ろした。
「ま、待て! 金ならやる! 地位もやる! 森の半分をお前にやってもいい! だから助け……!」
全身黒焦げになりながら、ヴォルグが命乞いをする。
先ほどまでの傲慢さは消え失せ、あるのはただの浅ましい生への執着だけだった。
「いらない」
ユートは短く切り捨てた。
「俺は大切な仲間を取り戻しに来ただけだ」
ユートは右手を、ゆっくりと握り込んだ。
「【空間圧縮】」
ギチチチチチッ……!
結界のキューブが一気に収縮する。
逃げ場のない圧力がヴォルグを襲う。
「あ、が……っ、ぎぃ……ッ!」
グシャッ。
鈍い音が響き、ヴォルグの意識が断ち切られた。
結界が解除されると、白目を剥いて泡を吹いたヴォルグが、ボロ雑巾のように崩れ落ちた。
◇
王の敗北を目撃したサラマンダーたちは、完全に戦意を喪失し、降伏した。
宮殿に静寂が戻る。
「……ユートォ!」
ユートが振り返ると同時、涙目のシルフィがその胸に飛び込んできた。
「うわぁぁぁん! 怖かったぁ……!」
「……ああ。よく頑張ったな」
ユートは不器用に彼女の頭を撫でた。
震える背中を支えながら、彼女が泣き止むまでそばにいる。
その横で、水の精霊が鎖を引きちぎり、囚われていた女性を助け起こしていた。
「大丈夫か、我が眷属よ」
「あ……ありがとう……ございます……」
ルルは呆然としながらも、目の前の小さな精霊と、ヴォルグを倒した青年を見つめた。
「あなたたちは……一体……?」
その問いには答えず、ユートはゆっくりと息を吐いた。
戦いは終わった。
だが、彼の脳裏には、ヴォルグの艦隊によって無残に焼かれた北の森の惨状が焼き付いている。
失われた命と、傷ついた大地はすぐには戻らない。
「……泣くな、シルフィ」
ユートは彼女の涙を指で拭い、力強く告げた。
「森は必ず元に戻す。……俺たちには、頼もしい協力者がいるからな」
森を再生し、奪われた日常を取り戻す。




