第10話 暴虐の婚礼、断罪の激流
精霊の森南部、火山地帯に建てられた悪趣味な宮殿。
その巨大な扉が、乱暴に蹴り開けられた。
「おい、結婚式の準備だ! 今すぐにだ!」
玉座の間に怒号が響く。
帰還したばかりの火の氏族長ヴォルグは、担いでいたシルフィをゴミのように床へ投げ捨てた。
「きゃっ……!」
「指輪は『隷属の首輪』と同じ術式の特注品を作らせろ。逃げ出せないように、たっぷりと呪いを込めてな!」
ヴォルグは興奮冷めやらぬ様子で、玉座にドカと腰を下ろした。
息つく暇もない。彼は勝利の熱に酔いしれ、一刻も早くこの「戦利品」を自分のものにしようと急いでいた。
「衣装はどうする? そうだ、風の里の生き残りどもに作らせろ。父親の墓前で、同胞が涙ながらに縫ったドレスを着て俺に抱かれる……傑作だろう?」
「っ……! 悪趣味な……!」
「髪を下ろせ。戦士の顔などするな。これからは俺好みの、ただのメスになれ」
ヴォルグがシルフィの結い上げた金髪を乱暴に解く。
シルフィは悔し涙を流しながらも、抵抗できなかった。人質に取られた里の民や子供たちの命が、彼女の双肩にかかっているのだ。
「……ふん。少しはマシになったか」
ヴォルグは興味を失ったように視線を外し、部屋の隅を顎でしゃくった。
そこには、鎖に繋がれた水の氏族長、ルルが引きずり出されていた。
「おいルル。朗報だぞ。……お前の頼みの綱、ゼファーは死んだ」
「え……?」
ルルの瞳から光が消える。
彼女にとって、最強の精霊使いであるゼファーだけが、この暴君を止められる唯一の希望だった。
「嘘……嘘よ……」
「本当だとも! 俺がこの手で焼き殺してやった! ガハハハハ!」
ヴォルグの高笑いが響く。
「何が『終わり』だって? 終わったのはテメェらの未来だ。ここに来れる者は、もうこの森には誰もいねぇんだよ!」
「ああ……そんな……」
ルルが崩れ落ちる。シルフィもまた、唇を噛み締めて俯くしかない。
完全な絶望。
この閉ざされた森で、彼女たちを救う者など存在しない――はずだった。
「――ヴォルグ様!!」
その時、部下のサラマンダーが慌てて玉座の間に飛び込んできた。
「大変です! ひ、飛行艇が接近! 白銀の船です!」
「あぁ? さっき帰ってきたばかりだぞ」
「違います! 我々の船とは形状が違う……それに、速すぎます! あっという間に防空圏内に!」
「なんだと?」
ヴォルグが眉をひそめた瞬間。
ズズズズズ……と、宮殿全体が微動するほどの重低音が遠くから響いてきた。
「チッ、いいところで……。どこのどいつか知らねぇが、返り討ちにしてやる」
ヴォルグは不機嫌そうに杯を投げ捨てた。
「シルフィ、そこで待ってろ。余興に、侵入者が燃え尽きる様を見せてやる」
彼はマントを翻し、宮殿の外に停泊させてある旗艦『イノセント・アーク』へと向かった。
◇
上空。
『天駆ける翼』は、ヴォルグの護衛艦隊に向け、一直線に突っ込んでいた。
「撃てぇッ! 落とせぇぇッ!」
宮殿を守るように展開していた旧式艦隊から、無数の火球や砲撃が放たれる。
だが、それらは船体に触れることすらなく空中で弾け飛んだ。
『はんっ、砂粒みてぇな攻撃だな! 俺の結界を抜けると思ってんのか!』
地の精霊が展開した【絶対防御結界】が、船全体を黄金色の輝きで包み込んでいる。
傷一つ付かない船体を見て、ブリッジで腕を組むユートは鼻を鳴らした。
「……ノックにしては乱暴だな」
「下方ヨリ、巨大熱源接近。……宮殿カラ上昇シテキマス」
オートマタの警告と共に、眼下の宮殿から白い巨体がせり上がってきた。
ヴォルグが乗る旗艦『イノセント・アーク』だ。
「雑魚どもめ、俺が出るまで場を持たせろと言っただろうが!」
上昇してくる船の甲板で、ヴォルグが怒号を飛ばす。
彼は両手に膨大な魔力を収束させ、こちらに照準を合わせた。
「高エネルギー反応。極大魔法が来マス」
「水、やれるか?」
『当たり前だ! 汚ぇ火だ、消え失せな!』
ヴォルグが巨大な炎の塊を放つと同時に、こちらの船首からも光が放たれた。
水の精霊の魔力をダイレクトに変換した、超高圧の水流レーザーだ。
「【断罪の激流】――発射!」
ズドォォォォォォン!!
極太の蒼い閃光が、ヴォルグの放った炎を一方的に呑み込み、蒸発させる。
その勢いのまま、光は『イノセント・アーク』の左舷を消し飛ばした。
「な、なんだあの出力は!?」
甲板にいたヴォルグは、衝撃で吹き飛ばされながら悲鳴を上げた。
自分の最強魔法がかき消された? ありえない。
船が傾き、墜落を始める。
「くそっ、この船はもう駄目だ! お前ら、特攻して時間を稼げ!」
「えっ、ヴォルグ様!?」
「俺は宮殿に戻る! 死んで止めろ!」
ヴォルグは部下たちを盾にし、自分だけ宮殿のテラスへと飛び移り、逃げ込んでいった。
「……逃げたか」
ユートは冷徹に戦況を見つめた。
「水、残りの船も片付けろ」
『あいよ!』
再び放たれた蒼い閃光が、空に残っていた敵艦隊を次々と撃ち落としていく。
空の驚異は去った。
◇
ブリッジ。
ユートはオートマタに問いかけた。
「宮殿内の構造を解析してくれ」
「……ピピピ、走査完了……。」
「そこに、エルフの反応をあるか?」
「検索……。宮殿最上階ノ広間ニ、エルフ一名ト、火の氏族多数ノ反応アリ」
「一名……シルフィか」
無事だ。ユートは拳を握りしめた。
「それト、地下牢ニ別種族ノ反応ガアリマス。コレハ……水ノ眷属デス」
『なんだと!?』
その報告に、水の精霊が怒りの声を上げた。
『あいつら、俺の可愛い眷属を……! こんな乾燥した檻に閉じ込めてやがるのか!』
『おい火の! やっていいよな?』
『ああ。森を焼くような馬鹿は、俺の眷属じゃねぇ。思う存分、冷や水を浴びせてやれ』
精霊たちの意見は一致した。
ユートはニヤリと笑い、席を立った。
「よし。……火と風と地は船を守れ。俺とリリィ、そして水で突入する」
「入り口ハ、正面大扉デスカ?」
「必要ない。正面から行けば、向こうも人質を盾にする準備をするだろう」
ユートは宮殿の構造図を表示させた。
玉座の間へ続く廊下の外壁。ここなら人質を巻き込む心配はない。
「……道を作るぞ」
◇
甲板に出たユートたちの眼下には、ヴォルグが逃げ込んだ宮殿が見えている。
「行くぞ!」
ユートの号令に合わせ、まず水の精霊(分体)が動いた。
『オラァァァッ!』
虚空から大量の水流が噴出され、宮殿の外壁へ向けて一直線に伸びる。
直後、リリィが扇子を一閃させた。
「【氷結界・氷道】!」
水流が一瞬にして凍りつき、船から宮殿の壁へと直結する、巨大な「氷の滑り台」が形成された。
「しっかり捕まってろよ!」
ユートはリリィと精霊を抱え込むと、自身の周囲に強固な結界を展開した。
「【多重防護円・衝角形態】!」
何重にも重ねられた光のドームが、衝角形態へと変化する。
ユートは氷のレールを蹴った。
「強行突入ッ!!」
ヒュンッ!!
物理法則を無視した加速。
結界を纏ったユートたちは、生ける弾丸となって氷の上を滑走した。
目標は玉座の間のすぐ外、廊下の壁だ。
ズドォォォォォォォン!!!
轟音と共に、分厚い石壁が紙細工のように粉砕された。
◇
宮殿、玉座の間。
逃げ帰ってきたヴォルグが、息を切らしてシルフィの元へ戻ってきた直後だった。
突然の衝撃と轟音が宮殿を揺るがす。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
入り口の扉が、内側からの爆風で吹き飛んだ。
舞い上がる土煙。粉々になった瓦礫の山。
廊下の方角から、光が差し込む。
「壁が……ぶち抜かれた!?」
唖然とするサラマンダーたちの前で、土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、悠然と立つ影があった。
「……随分と楽しそうじゃないか」
瓦礫を踏みしめ、ユートは冷徹な瞳でヴォルグを射抜いた。
「だが、そのふざけた宴もここまでだ。……引導を渡しに来てやったぞ」
リリィが優雅に扇子を開き、水の精霊が殺気を放つ。
断罪の時が来た。




