第6話 暴虐の宴、腐敗する故郷
精霊の森、南部火山地帯。
かつては煤と岩しかなかったその場所に、今は異様な建造物が聳え立っていた。
他種族から略奪した黄金や宝石を、無計画に継ぎ接ぎして作られた悪趣味な宮殿だ。
「ほら、もっと早く動け! この石を運べ!」
「ぐ、うぅ……重い、水、を……」
宮殿の建設現場では、足枷を嵌められたドワーフたちが、鞭で打たれながら強制労働させられていた。
彼らは地の氏族の民だ。頑丈さが取り柄の彼らも、連日の不眠不休の労働と暴力によって、ボロ雑巾のようになっていた。
倒れ込めば、即座に監視役のサラマンダーに火を放たれる。そこはまさに地獄絵図だった。
その宮殿の最奥。
豪奢な玉座に、火の氏族長ヴォルグはふんぞり返っていた。
周囲には、拉致してきた水の氏族の女性たちが侍らされている。皆、瞳から光を失い、恐怖に震えながら果実や酒を捧げ持っていた。
「……ん」
ヴォルグは不機嫌そうに顎をしゃくった。
彼の膝の上には、かつて高潔を誇った水の氏族長、ルルが無理やり座らされていた。
泥水を飲まされた時の汚れはそのままで、かつての美しいドレスは見る影もない。
「どうしたルル。酒を注げ」
「…………」
「こぼすなよ? こぼしたら、そこの同胞を燃やす」
ルルはビクリと震え、震える手で杯に酒を注いだ。
「ククク……どうだルル。俺の妃になれば、毎日きれいでいられるぞ?」
ヴォルグはルルの煤けた頬を、ねっとりと指で撫でた。
「まあ、俺としては……その薄汚れた姿も、惨めで興奮するから好きだがな」
「……触らないで」
ルルは小声で拒絶した。
「まだ終わってないわ。……ゼファーが、風の氏族長が黙っていない。彼の手にかかれば、あなたは終わりよ」
「あぁ?」
ヴォルグの機嫌が一瞬で氷点下まで下がった。
ゼファー。風のエルフの長。
いつも自分たちを「野蛮なトカゲ」と見下してきた、キザな優男だ。
「……気に入らねぇな」
ヴォルグはルルを乱暴に床へ突き飛ばした。
「きゃっ!?」
「まだそんな希望を持ってやがったか。……よし、その希望ごとへし折ってやる」
ヴォルグは立ち上がり、部下に怒号を飛ばした。
「おい! 飛行艇隊を出せ! 目標は北、風の氏族の集落だ!」
「はっ!」
「焼き払え。木の一本も残すな。……灰になれば、あいつも絶望するだろうよ」
ヴォルグの下卑た笑い声が、宮殿に響き渡った。
◇
一方その頃。
ユートたちは教会の監視下から離れ、精霊の森へと足を踏み入れていた。
「……酷い」
森に入った瞬間、シルフィが絶句した。
かつては生命力に溢れ、緑が輝いていた美しい森。
だが今、目の前に広がっているのは、死の世界だった。
木々は枯れ果てて黒く変色し、地面は紫色の瘴気とヘドロに覆われている。
「嘘……これが、私の森?」
「シルフィ」
膝から崩れ落ちそうになったシルフィを、ユートが支える。
「しっかりしろ。まだ終わっちゃいない」
「でも、こんな……精霊たちの悲鳴が聞こえるの。痛い、苦しいって……」
「グルルルルッ……!」
その時、茂みから数頭の獣が飛び出してきた。
鹿や猪だ。だが、その目は赤く充血し、口からは泡と瘴気を垂れ流している。
「あら、ご挨拶ね」
「瘴気に当てられて凶暴化しているのか」
ユートは即座に手を掲げる。
「遮断結界・【防護盾】」
ガィィィン!
突進してきた猪が、見えない壁に弾かれて吹き飛ぶ。
だが、次から次へと獣たちが現れる。森の動物すべてが敵に回ったかのようだ。
(元を断たなければ瘴気は広がる一方か……。だが、汚染が広範囲すぎて特定できない)
このままでは、ジリ貧だ。
そう思った矢先だった。
ズゴゴゴゴゴゴゴ……。
頭上から、腹に響くような轟音が降り注いだ。
「な、何!?」
「上だ!」
ユートが見上げた空。
木々の隙間から見えたのは、純白の流線型ボディを持つ巨大な影。
純白の飛行艇と、それに続く船団だった。
「あれは……!」
船団はユートたちを無視し、北の方角へと一直線に進んでいく。
「待って……あの方角は……」
シルフィの顔から血の気が引いた。
「エルフの集落よ! あいつら、私の里を焼くつもりだわ!」
「なんだと!?」
まずい。
ここから里までは距離がある。
しかも目の前には、瘴気で狂った魔物の大群が壁のように立ち塞がっている。
このまま戦いながら進んでいては、到着する頃には里は灰になっているだろう。
「くっ……どいてよ! 通して!」
シルフィが風の刃を放つが、魔物の数は減らない。
焦燥感に駆られ、彼女が無謀に突っ込もうとした瞬間。
「シルフィ、落ち着け!」
ユートが彼女の肩を掴んで引き戻した。
「でも、里が!」
「分かってる! だから、お前が先に行け」
「え?」
「この数を相手にしてたら間に合わない。……俺が『道』を作る。お前は全速力で走れ」
ユートはシルフィの前に立ち、両手を広げた。
膨大な魔力が練り上げられる。
「【拒絶回廊】――展開ッ!!」
ズドォォォォォン!!
ユートを中心に、左右へと強烈な斥力場が発生した。
それは見えないトンネルのように森を突き抜け、群がる魔物たちを強制的に左右へと弾き飛ばし、一直線の「無人の道」を作り出した。
「す、すごい……」
「今だ! 風で加速して突っ切れ! あいつらの注意を引きつけろ!」
「っ……分かった!」
シルフィは迷いを捨て、風の魔力を全身に纏った。
「【風精加速】!」
緑色の光が彼女を包む。
シルフィはユートに向かって一度だけ頷くと、弾丸のような速さで回廊を駆け抜けた。
あっという間に背中が見えなくなる。
「……行ったか」
左右に弾き飛ばされていた魔物たちが、再びゆらりと起き上がり、残された二人に殺意を向ける。
「さて、マスター。邪魔なゴミ掃除と参りましょうか」
リリィが優雅に扇子を閉じ、氷の剣を生成した。
「ああ。すぐ片付けて、俺たちも追いつくぞ」
ユートは指を鳴らし、新たな結界を展開した。
森に満ちる瘴気よりも濃い、狩人の殺気が魔物たちを威圧した。




