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第4話 聖女の処刑台、結界の執刀医

「どけッ!!」


 ユートは群衆を強引に押し分け、壇上へと駆け上がった。

 痙攣する獣人の少年と、満足げに微笑む聖女の間に割り込む。


「きゃっ!? な、何ですかあなたは!」


 突然の乱入者に、ルミナは目を丸くした。

 だが、ユートの顔をまじまじと見つめると、すぐにその表情を侮蔑の色へと変えた。


「あら? あなたは確か……ザスター様のパーティにいた、荷物持ちの結界師ですね?」

「……どけ。その子は今、死にかけている」

「何を馬鹿なことを。私の『聖域浄化』は完璧です。穢れは祓われました」


 ルミナはふん、と鼻を鳴らし、ゴミを見るような目でユートを見下ろした。


「相変わらず空気が読めないのですね。役立たずのくせに、私の神聖な儀式の邪魔をするのですか?」

「邪魔をしているのはお前だ! 抗体反応を消したせいで、ショック症状が起きている!」

「コウタイ? 何を訳のわからないことを……。衛兵! この無礼者を引き剥がしなさい。神の代行者への冒涜です」


 ルミナの冷徹な命令が下る。

 広場に控えていた武装神官や、熱狂的な信者たちが一斉に殺気立った。


「聖女様をお守りしろ!」

「悪魔の手先だ、殺せ!」


 怒号と共に、多くの男たちが壇上になだれ込もうとする。

 多勢に無勢。普通ならそこで終わりだ。

 だが、今のユートには頼もしい仲間がいる。


「させないわよ! 【風檻ウィンド・プリズン】!」


 ヒュオオオオオッ!!

 突如、壇上の周囲に暴風の壁が出現した。

 見えない風の刃が渦を巻き、近づこうとした信者たちを次々と弾き飛ばす。


「ぐわぁぁっ!?」

「な、なんだこの風は!?」


 暴風が「壁」となり、壇上のユートたちと、外の群衆を完全に分断する。

 ルミナは顔を引きつらせた。


「な、何よこれ……私まで閉じ込められて……!」


 逃げようにも、風の刃が邪魔で動けない。

 その時だ。


 パキィィィンッ!


 風の檻を縫うようにして、一本の氷槍アイス・ランスの切っ先が、ルミナの白く細い首筋の寸前でピタリと静止しているのだ。


「ひっ……!」

「動かないでいただけるかしら? 聖女様の美しい首が飛べば、せっかくの奇跡も台無しですわよ」


 混乱する群衆の中に、優雅に扇子を広げるリリィの姿があった。

 彼女は指先一つで、遠隔生成した氷の槍を操り、ルミナの命を握っているのだ。


 人質確保。

 周囲の群衆は、聖女に突きつけられた刃を見て手が出せなくなる。


『マスター、長くは保ちませんわ』


 リリィからの念話が、ユートの脳内に響く。

 状況は最悪だ。完全にテロリストの立てこもりである。だが、少年の命を救うにはこれしかない。


『……3分だ。それだけでいい』


 ユートは短く答え、少年の前に膝をついた。

 呼吸は浅く、脈は乱れている。免疫系が破壊され、体内の毒素が暴れ回っている状態だ。

 神聖魔法ヒールでは治せない。失われた抗体は、魔法で即座に作れるものではないからだ。


(なら、代わりを作るしかない)


 ユートは両手を少年の胸にかざした。


「展開・【極細魔糸ミクロ・ファーデン】」


 ユートの指先から、目に見えないほどの極細の魔力糸が放たれる。

 それは少年の皮膚を透過し、血管の中へと侵入した。


「な、何をしているの……?」


 氷の槍を突きつけられたまま、ルミナが震える声で尋ねる。

 彼女の目には、ユートがただ手をかざしているだけにしか見えないだろう。

 だが、その内側で行われているのは神業だった。


 血管内に入り込んだ魔力糸が、網目状の「フィルター結界」を形成する。

 赤血球や白血球は通すが、毒素となる成分だけを物理的に絡め取り、隔離する。

 失われた抗体の代わりに、数億のミクロな結界が、少年の血液を濾過していくのだ。


(集中しろ……一つでもミスをすれば、血管が詰まって死ぬ)


 額から玉のような汗が流れ落ちる。

 脳が焼き切れるような魔力操作。

 ルミナはその異様な光景に、眉をひそめた。


(神聖魔法も使わずに……何をしているの?)


 呪文の詠唱もない。魔法陣もない。

 なのに、目の前の男からは、自分がかつて見たこともないほど濃密で、繊細な魔力の奔流を感じる。

 役立たずの結界師のはずだ。ただ荷物を持っていただけの男のはずだ。

 それなのに、なぜこれほど精密な魔力操作ができるのか。ルミナの理解を超えた現象に、彼女はただ困惑することしかできなかった。


                ◇


「……っ、ふぅ……!」


 永遠にも思える3分間が過ぎた。

 少年の激しい痙攣が止まり、顔に赤みが戻る。呼吸も穏やかになった。

 体内の毒素はすべて結界内に隔離し、無害化した。あとは少年の自然治癒力で回復するはずだ。


 ユートは乱れた呼吸を整え、リリィとシルフィに目配せをした。


『……終わった。解除しろ』


 その合図と共に、シルフィは【風檻】を霧散させ、リリィは氷の槍を粒子となって消滅させた。

 途端、堰を切ったように怒号が押し寄せる。


「聖女様をお救いしろーッ!!」

「あの暴漢どもを捕らえろ!!」


 ドカッ! バキッ!

 殺到した衛兵たちが、ユートたちに襲いかかる。

 シルフィとリリィも、即座に武装解除して抵抗の意思がないことを示した。


「抵抗するな。ここで暴れれば、本当に俺たちが『加害者』になる」

「っ……分かったわよ!」


 ユートたちは無抵抗のまま、泥だらけの地面にねじ伏せられた。

 背中に膝を乗せられ、腕を乱暴に捻り上げられる。


「はぁ、はぁ……なんて恐ろしい……!」


 自由になったルミナが、大げさな仕草で胸を押さえ、信者たちに向かって叫んだ。


「見ましたか皆さん! この者たちは、私の奇跡を妬んで、治療を妨害しようとしたのです!」

「なっ……!?」


 シルフィが抗議の声を上げようとするが、ルミナの声にかき消される。


「あわよくば、子供を殺して私の名声を傷つけようとしたのでしょう。……許せません。神の愛を理解しない、憐れな悪魔たちです!」


 ルミナは勝ち誇った顔で、泥にまみれたユートを見下ろした。

 彼女の中では、真実はどうでもよかった。

 重要なのは、「妨害されたが、聖女の祈りによって子供は助かった」というストーリーだけだ。


「この者たちを捕らえなさい! 教会の地下牢で、じっくりと悔い改めさせてあげます!」

「おおおお! 聖女様万歳!」


 熱狂的な歓声の中、ユートたちは荒縄で縛られ、引き立てられていく。

 衛兵に小突かれながら、ユートは横目で担架の上の少年を確認した。

 少年は穏やかな寝息を立てている。その手には、あのローブがしっかりと握られたままだ。


(……よし、助かったな)


 泥に顔を押し付けられ、犯罪者のように連行されながらも、ユートの瞳は死んでいなかった。

 子供の命は救えた。妹の手がかりも失われずに済んだ。

 代償として自由を失ったが、最悪の結果だけは回避できたのだ。


(だが、面倒なことになったな。……さて、この馬鹿聖女にどう分からせてやるか)


 ユートは冷ややかな思考を巡らせながら、教会の暗がりへと連行されていった。

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