幕間2 勇者の商才と戦火の翼
広大な『精霊の森』。
その森を統べる4つの氏族長たちは、古代文明の遺物である「遠隔通信魔道具」を用いて、定期的な会合を開いていた。
空中に浮かぶ3つの映像ウィンドウ。
優雅なテラスで紅茶を啜る、長い耳のエルフの男性――風の氏族長、ゼファー。
清流のせせらぎをバックに、宝石で飾られた玉座で足をぶらつかせる妖精の少女――水の氏族長、ルル。
豪華な石造りの部屋で、パイプをふかす屈強なドワーフ――地の氏族長、バガン。
彼らの背景は豊かで、平和そのものだ。
対して、通信元である「火の氏族」の映像だけが異質だった。
「――ドォォォォン……!」
「ザザッ……ザ……」
薄暗い溶岩洞窟のような執務室。時折、噴火の地響きと共に映像が激しく乱れ、ノイズが走る。
そこに座るのは、燃えるような赤い肌と、強靭な尾を持つトカゲの亜人――火の氏族長、サラマンダーのヴォルグだ。
「……あー、もう! 相変わらず通信環境が最悪ね、ヴォルグ」
水の氏族長ルルが、不快そうに耳を塞ぐ。
「ノイズで耳が痛いわ。そんな煤だらけの場所に住んでるから、機材までイカれるんじゃない?」
「……申し訳ない。先ほどから噴火が活発でな」
ヴォルグが重い口を開く。
風の氏族長ゼファーが、手元の資料を軽く整えながら口を開いた。
「では、定例報告を始めよう。今回の議題は一つ。先日、我らの領地を回った『勇者一行』についてだ」
ゼファーは淡々と進行する。
「ヴォルグ、彼らは最後にお前の元へ向かったはずだ。森の中央、緩衝地帯にある『聖域』の調査はどうなった?」
「ああ。問題なく終わったようだ。特に異常なしとの報告を受けている」
「そうか。ならばよし」
ゼファーは興味なさげに紅茶を啜り、ついでとばかりに付け加えた。
「しかし、あの子……シルフィは戻ってこなかったな。別行動をしているという噂だが」
「ふん。勇者などどうでもいいわ。あいつら、土足で私の綺麗な泉に入ろうとしたのよ? 野蛮極まりないわ」
「俺のところもだ。珍しい鉱石を勝手に掘り返そうとしやがった。……で、ヴォルグ。勇者はもう発ったのか?」
地の氏族長バガンの問いに、ヴォルグは答える。
「先ほど発った。今は冒険者ギルドへ報告するために、森の入り口近くにある街へ向かったようだ」
「そうか。何事もなく去ったのなら結構。……では、本日の定例報告は以上とする」
ゼファーが一方的に締めくくろうとした、その時だった。
「待ってくれ!!」
ヴォルグが身を乗り出し、叫んだ。
「まだ話は終わっていない! ……以前から相談していた『移住地』の件はどうなった!?」
その言葉に、他の3人が露骨に嫌な顔をする。
だが、ヴォルグは必死だった。
「知っての通り、我が領土である火山帯は年々活動が激化している。作物は育たず、獲物となる動物も姿を消した。このままでは民が飢え死にする。……頼む、どこの領土でもいい。一部を我らに貸してはもらえないか」
悲痛な訴え。
だが、返ってきたのは冷淡な拒絶だった。
「困るねえ。それぞれの属性に適した土地というものがある。君たちが来れば、森の調和が乱れる」
「そうよ! 私の綺麗な水辺に、暑苦しいトカゲたちが来るなんて想像するだけで不愉快だわ」
「俺たちの岩場も手一杯だ。……開拓には時間がかかる。もう少し我慢してくれ」
「……我慢、だと? そう言われてから数十年が経つ。その間に何人の同胞が死んだと思っている!」
「我々は忙しいのだ。……その件は、持ち帰り検討とする」
その言葉に、ヴォルグはギリッと牙を鳴らした。
「……もういい」
プツン。
ヴォルグの映像が消滅した。彼の方から一方的に通信を切ったのだ。
残された3人の氏族長たちは、呆れたように顔を見合わせた。
「あらあら、癇癪持ちはこれだから困るわ」
「彼らを受け入れれば、こちらの生活水準が下がるだけだ。放っておけばいい」
「ああ。どうせ口だけだ。あの険しい山脈に囲まれている以上、彼らは外へは出てこれんよ。籠の中のトカゲだ」
彼らは嘲笑い、優雅なティータイムに戻っていった。
彼らは知らなかった。
その「籠」を壊す鍵を持った男が、すぐそこまで来ていることを。
◇
精霊の森の近くにある街。その冒険者ギルドにて。
勇者ザスターは、意気揚々と受付に報告書を提出していた。
「聖域の調査、完了したよ! 特に異常はなかった。これで報酬を頼む!」
「は、はい……勇者ザスター様ですね。確認いたします」
受付嬢が奥へ引っ込み、代わりに顔色の悪い職員が出てきた。
その手には、分厚い羊皮紙の束が握られている。
「お待ちしておりました、勇者様。……アッシュワルド王国より『重要書類』が届いております」
「え? ファンレターかな?」
「『抗議文』と『損害賠償請求書』です」
ドンッ!
カウンターに置かれた書類には、目が飛び出るような金額が記されていた。
「はぁぁぁぁぁぁ!? な、なんだこの額は!?」
「破壊された街の復興費用、およびパニックによる事故で被害に遭われたご遺族への見舞金……その他諸々です。あなた方、あの国で一体何をしたんですか?」
「な、何もしてないぞ! 皆が笑顔になれるように、ちょっと派手な演出をしただけだ!」
「それが原因だと書いてあります」
職員は淡々と通告した。
「期日までにお支払いいただけない場合、冒険者資格の剥奪。および、完済までギルド管理下での『無報酬労働』に従事していただきます」
「そ、そんな……!」
ザスターが振り返ると、パーティメンバーたちが彼を睨みつけていた。
「おいザスター! お前、また何かやらかしたんじゃねぇのか!?」
「最悪だわ……。報酬が入ったら、新しい聖女の杖を買おうと思ってたのに!」
「……ふむ。ワシもじゃ。この辺りで出土する古代遺物を買おうと計画しておったのに……これでは破産じゃぞ」
戦士ブラウン、聖女ルミナ、賢者ゲイル。
仲間の非難を浴びて、ザスターはパニックに陥った。
どうする。金がない。無報酬労働なんて嫌だ。勇者の名に傷がつく。
何か、高く売れるものはないか――。
その時。ザスターの脳裏に、ある「名案」が閃いた。
(――そういえば、火の氏族の人たちは険しい山に囲まれて、食料の確保や運搬に困ってるって言ってたな……)
彼が見た火の里は、火山灰に覆われた貧しい場所だった。
山脈に阻まれ、他国との交流もままならない。
(そうだ! この『飛行艇』があれば、自由に空を飛んで山を越えられる!)
(他の氏族と『交易』や『交流』ができるはずだ! 彼らを救えるし、僕も借金が返せてハッピーだ!)
まさに一石二鳥。天才的な発想だった。
ザスターは興奮気味に仲間へ提案する。
「みんな! イノセント・アークを売ろうと思う! 火の氏族の人たちのために!」
一瞬の沈黙。そして、打算の計算音が響く。
「……まあ、あんなデカいもん、維持費がかかるだけだしな。金になるならいいぜ」
「そうね。空の旅も飽きたし、歩くのは疲れるけど……借金奴隷になるよりはマシだわ」
「……ふむ。あの古代船ならば、請求額を払ってもお釣りが来るじゃろう。いい取引じゃ」
全員が賛成した。
彼らは誰一人として理解していなかった。
自分たちが手放そうとしているのが、森の均衡を崩壊させる「鍵」であることを。
◇
数刻後。火の氏族の集落。
突然戻ってきた勇者に、氏族長ヴォルグは目を丸くした。
「……なんと? その『船』を我らに譲ってくれると?」
「ああ! ヴォルグさん、食料の運搬に困ってるって言ってただろ? これがあれば、空を飛んで隣の国と交易ができる!」
ザスターは純白の流線型ボディを持つ飛行艇をポンと叩いた。
「値段はこれくらいでどうかな? ……ちょっと高いけど」
「…………」
提示された金額は莫大だった。だが、この船の「価値」に比べれば、タダ同然だった。
ヴォルグは震える手を抑え、深々と頭を下げた。
「……感謝する、勇者よ。まさか、我らの窮状をそこまで案じてくれていたとは」
「へへっ、困った時はお互い様さ!」
「支払いは、我らが備蓄している希少鉱石と、サラマンダー所縁の古代遺物でどうだろうか。……それと、一つ頼みがある」
ヴォルグは船を見上げ、計算高い光を目に宿した。
「ここから街まで、この船で送らせてくれないか? 我らは操舵に不慣れでな。道すがら、そこの操舵士に操縦法をご教授願いたいのだが……いかがかな?」
「もちろんさ!」
ザスターは振り返り、ネムレスの商人ギルドから派遣されていた操舵士に声をかけた。
「おい、彼らに操縦方法を全部教えてあげてくれ!」
「は? い、いいのですか? これは古代の……」
「いいから! 交易のためには必要なんだ。頼んだよ!」
ザスターたちは諸手を挙げて喜んだ。
借金は返せるし、レアアイテムは貰えた。その上、親切にして感謝される。
渋る操舵士をよそに、ザスターは上機嫌で契約を成立させた。
――こうして。
勇者は武器を売り渡し、あまつさえプロの技術でその使い方まで完璧に伝授させ、笑顔で去っていった。
◇
勇者を街へ送り届け、再び里へ戻ってきた純白の船。
それを見つめるヴォルグの表情から、「感謝」の色が消え失せた。
「……馬鹿な男だ」
彼は船体を愛おしそうに撫でた。
空を飛ぶ船。高い山脈を無視できる翼。
これさえあれば、もはや他の氏族に頭を下げる必要はない。
「技術班を呼べ! 直ちにこの船を解析するのだ!」
ヴォルグの咆哮が洞窟に響く。
「解析が済み次第、全力で『量産』にかかれ! 我らには、奴らがゴミと呼んだ鉱石も燃料も、腐るほどある!」
「しかし、古代の機構を再現できるでしょうか?」
部下の懸念を、ヴォルグは鼻で笑い飛ばした。
「たわけが。我らの『鍛造技術』と『火力』を何だと思っている。……中身の繊細な魔法回路など再現せずともよい。ガワを真似て、我らの爆炎で無理やり飛ばせばいいのだ!」
火の氏族には、世界最高の「炉」と無尽蔵の資源があった。
足りなかったのは、空を飛ぶための設計図だけだったのだ。
「一隻ではない。空を埋め尽くすほどの『艦隊』を作り上げるのだ! そして全ての船に、我らが火力を搭載しろ!」
「見ていろ、あのメスガキ……すかし野郎……酒好きの馬鹿どもが……!」
ヴォルグの瞳に、復讐の炎が灯る。
「我らを虐げた報いだ。……この翼で、貴様らの頭上から火の雨を降らせてやる!」




