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第10話 請求書と緑の新しい風

 ネムレスでの騒動から数日後。

 街は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。名札は消え、人々は再び自分たちのルールで夜を過ごし始めている。


 商人ギルド本部、最上階の執務室。

 仮面のギルド長――アインは、革袋をテーブルに放り出した。

 ジャラッ、と重たい音が響く。


「報酬だ。今回の依頼料に加えて、特別ボーナスも弾んでおいたぞ」

「……随分と気前がいいな」


 中身を確認せずとも分かる重量感に、ユートは眉を上げた。

 アインは仮面を外し、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「お前らのおかげで、俺のシマの膿を出し切れたからな。これくらい安いもんだ。……それと、これは『情報料』込みだ」


 アインは一枚の地図をテーブルに広げ、ある一点を指差した。


「勇者に船を売った役人を問い詰めて、勇者一行の次の目的地が判明した。『精霊の森』だ」

「なっ……!?」


 反応したのは、ユートの隣にいたシルフィだった。

 彼女は顔色を変えて地図を覗き込む。


「私の……故郷よ」

「ほう、やはりそうか。あそこは排他的な場所だが……どうやら森の中心にある『聖域』の調査を外部に依頼したいらしい」

「……『不文律』ね」


 シルフィがギリッと唇を噛む。

 ユートが視線を向けると、彼女は震える声で説明した。


「精霊の森には4つの氏族が住んでいるの。風の氏族である私たちエルフ、水の氏族である妖精やネレイド、地の氏族ドワーフ、そして火の氏族サラマンダー……」

「多種族国家か」

「ええ。でも、森の『聖域』に関しては、4つの氏族すべてに厳しい不文律ルールがあるの。『何人たりとも調査・立ち入りをしてはならない』って。だから異変があった時は、しがらみのない外部の人間を雇うしかないんだけど……」

「よりによって、雇ったのが『勇者』ってわけか」

「トピア、嫌よ……! あいつが行ったら、私の故郷を滅茶苦茶にされちゃう……!」

「……ああ、容易に想像できるな」


 この街での惨劇を思い出し、ユートは溜息をついた。

 勇者に悪気はない。だが、その無知と独善は、時に魔王以上の災害をもたらす。


「ここから精霊の森へは、馬車で一週間ほどかかる。……それでも行くか?」


 アインの問いに、ユートは迷わず頷いた。


「あいつが何をしでかすか分からん。放置して後味が悪い思いをするのは御免だ」

「ハッ、言うようになったな。……なら、旅の物資と馬車は俺が用意してやる。好きな装備を買い揃えていけ」


 アインは羊皮紙の束をヒラヒラと振ってみせた。


「代金は全て、この『損害賠償請求書』に上乗せして、勇者宛に送りつけてやるからな」

「……は?」

「街の復興費、名札の返金補填、精神的慰謝料。……そして、お前たちの装備代だ。商人ギルドの総力を挙げて、ふんだくってやるよ」

「……性格が悪いな」

「お互い様だろ」


 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


                ◇


 ギルドを出た後、ユートはリリィに向き直った。


「さて。これで契約は終了だ。アーデ、お前はもう自由だ。どこへなりとも好きな場所へ行くといい」


 本来なら、この街で別れるはずだった。

 だが、リリィは呆れたように扇子を開いた。


「主従契約を結んでおいて、随分と勝手なマスター様ね。……ついていくわよ」

「はぁ? ついてきてどうする。お前は国へ戻って……」

「戻る国なんてないわよ。それに、今のあなたには『教育』が必要だわ」


 リリィはユートの腕に自然と絡みつくと、横にいるシルフィに流し目を送った。


「こなくていいんじゃないの? 亡国のお姫様、ここなら自由よ」

「あら。相棒枠は、優秀な従者の私一人で十分よ。後方職が二人いても、パーティバランスが悪いでしょう?」

「ぐぬっ……! わ、私は風魔法でも援護ができるわよ!」

「私は氷魔法に加え、レイピアでの前衛もこなせるの。マスターを守る盾にもなれるわ。……風しか吹かせられない誰かさんとは大違いね」

「言ったわね、この氷女……!」


 バチバチと火花を散らす二人。

 お互いに「フンっ!」と顔を背けるが、どうやらリリィが離れる気はないようだ。

 ユートは頭を掻いた。


「……勝手にしろ。ただし、足手まといになったら置いていくからな」

「ふふ、望むところよ」


                ◇


 出発の準備として、一行は高級武具店を訪れていた。

 アインの紹介状(支払い勇者持ち)があるため、店主が揉み手で出迎える。


「いらっしゃいませ! 何なりとお申し付けください!」

「とりあえず、旅装束を一新したいんだが……」

「ちょっと待って、マスター」


 商品を物色しようとしたユートを、リリィが呼び止めた。

 彼女はユートの現在の服装――黒ずくめのローブを指差して眉をひそめる。


「前から言おうと思ってたけど……その黒くて野暮ったい格好、やめてくれないかしら?」

「なっ……? これは目立たないし、実用的だぞ。フードを目深に被れば顔も隠せるし……」

「それは『不審者』って言うのよ。怪しげな宗教関係者にしか見えないわ。私のマスターがそんなダサい格好じゃ、隣を歩く私の品位に関わるの」


 リリィは店主に視線を向けた。


「店主。様々な耐性がついた、最高級のローブはあるかしら? ただし、色は明るいもので」

「お目が高い! ちょうど入荷したばかりの逸品がございます!」


 店主が恭しく持ってきたのは、鮮やかな新緑色のローブだった。

 生地の表面には、うっすらと鱗のような模様が浮き出ている。


「こちらは『緑竜グリーンドラゴン』の皮をなめして作られた特注品です。物理、魔法耐性は言わずもがな、自動修復機能もついております。お色は、森に溶け込む明るい緑で……」

「いいわね。これにするわ。着なさい、マスター」

「おい待て、こんな派手な……!」

「着・な・さ・い」


 リリィの絶対零度の笑顔と、店主の「お似合いですよ!」という追撃。

 さらにシルフィの「……うん、黒よりはずっといいと思うわ、トピア」という意見に押され、ユートは観念した。


                ◇


 数刻後。

 ネムレスから旅立とうとする一台の馬車があった。

 御者台には、緑色の竜皮ローブを纏ったユート。

 その左右には、言い合いをしながらも仲良く座るエルフと姫君。


 背後では、アインたち商人ギルドの面々が見送りに出て、大きく手を振っていた。


 ユートは振り返らず、手綱を握った。

 風が、新しいローブをはためかせる。


「……やれやれ。次こそは、静かな旅になるといいんだがな」


 その言葉とは裏腹に、彼の瞳は次の目的地、精霊の森を見据えていた。

 新たな装備と、騒がしい仲間たちを連れて。

【第2章 完結】


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

アインとの共闘、そしてリリィの加入……。

「第2章 無名の国編」はいかがでしたでしょうか?


ここで一つ区切りとなります。

もし「面白かった!」「3章も楽しみ!」と思っていただけましたら、

【ブックマーク】や、広告下の【評価(★)】をいただけると、執筆の励みになります!


【今後の更新について】

ここまでは毎日更新してきましたが、第3章からは仕事の都合により、不定期更新となる場合があります。更新間隔は少し変わりますが、完結まで走り抜けますので、ブックマークを入れたまま気長にお付き合いいただけると幸いです!


次回は「幕間2」を投稿予定です。勇者がまた、何かとんでもないことをしでかすようです。


第3章「精霊の森編」も、引き続きよろしくお願いします!

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