表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/39

第7話 嵐の前の晩餐

 決断から数刻後、アインの案内で通されたのは、地下水道の奥深くに隠された武器庫だった。

 黴臭い通路とは裏腹に、そこには手入れの行き届いた武器や資材が所狭しと並んでいる。


「ここにあるもんは好きに使え。ギルドの備蓄だが、死んでからじゃ墓場にも持っていけねぇからな」

「助かる。遠慮なく使わせてもらう」


 ユートは棚を物色し、まずは矢の束を手に取った。

 隣でシルフィが不安げに眉を寄せる。


「……数が足りないわね。向こうは数千、下手したら万単位よ? これじゃあっという間に弾切れになるわ」

「物理的な本数で張り合うつもりはない。質を変える」


 ユートは矢筒を一つ手に取ると、作業台に広げた。

 そして指先に青白い魔力を灯し、矢筒の底と矢の表面に微細な術式を刻み込んでいく。


「定義変更。――複製レプリカツィオーン、魔力置換、風属性付与」


 術式が完成すると、矢筒に入った一本の矢が淡く発光し始めた。


「シルフィ、この矢筒にお前の魔力を流し込んでみろ」

「え? うん……こう?」


 彼女が恐る恐る手をかざすと、矢筒の中で光が分裂し、実体のない「風の矢」が次々と生成された。


「すごい! 矢が増えた!?」

「『無限矢筒ウンエントリヒ・コッヒャー』に改造した。お前の精霊魔力を触媒にして、一本の矢をオリジナルとして無限に複製弾を撃ち出せる。これなら物理的な残弾を気にせず、連射が可能だ」

「トピア……あなた、本当に何でもできるのね」


 シルフィが呆れたように、しかし頼もしげに矢筒を抱きしめる。


「次は俺の番だ」


 ユートは自身のステータスを確認する。

 現在の魔力残量は四割。アッシュワルドでの戦闘と長旅の消耗が響いている。自然回復を待っていては、一週間後の決戦には間に合わない。


「アイン、マナポーションはあるか?」

「下級のが山ほどある。質は悪いがな」


 アインが木箱を蹴り開けると、赤黒く濁った液体が入った小瓶が大量に転がっていた。安物の回復薬だ。


「――【解析エアファッセン】、【分離トレンヌング】、【抽出エクストラツィオーン】」


 ユートは数十本の下級ポーションを大きな鍋に空けると、結界術でフィルターを作り、一気に濾過・蒸留を始めた。

 濁った液体から不純物が取り除かれ、鍋の底には透き通るような真紅の液体だけが残る。


「おいおい……まさか蒸留して『上級』を作りやがったのか?」

「効率化だ。これで回復効率は十倍になる。……だが、これでも足りないな」


 精製された上級ポーションを見つめ、ユートは眉をひそめた。これらをすべて飲んでも、回復量は六割から七割といったところ。

 今回の作戦は、大規模結界の維持に莫大なリソースを食う。不確定要素が多い以上、万全フルどころか、限界突破オーバーフローさせておきたいくらいだ。


「アイン。この下層に、極端に魔力の高い人間はいないか?」

「あ? 魔力持ちか?」

「ああ。急速充填に使いたい」


 ユートの問いに、アインは顎をさすって考え込んだ。


「冒険者はあらかた逃げちまったし、残ってるのは狂信者の馬鹿ばかりだ。……だが、一人だけ心当たりがある」

「誰だ?」

「こっちだ。案内する」


                ◇


 連れてこられたのは、武器庫のさらに奥にある頑丈な「鉄扉」の前だった。かつては重要物品の保管庫か、あるいは独房として使われていた部屋だ。

「……没落した小国の姫君だそうだ。国を焼かれ、闇市場で買い取った貴族の屋敷に囲われていたらしい」


 アインが鉄扉の鍵を開けながら説明する。


「先月、暗殺ギルドとしてその貴族の屋敷を襲撃したんだがな。……この娘、ターゲットのベッドでまさに『夜伽』の準備をさせられてたんだよ」

「……なるほど」

「薬で朦朧としてやがったが、殺す理由はねぇ。かといって放置すりゃ『唯一の目撃者』として拷問されるのがオチだ。……寝覚めが悪いんでな、攫ってきた」


 アインは悪ぶるように言ったが、要するに助けたのだ。


「なら、なぜこんな所に閉じ込めている?」

「二つ理由がある。一つは、気が強すぎることだ。目を覚ますなり『辱めを受けるくらいなら死ぬ』と暴れだしてな。落ち着くまでここに入れておくしかなかった」


 アインは溜息をつき、もう一つの理由を口にした。


「もう一つは、あの厄介な『首輪』だ。特級の『魔力吸収首輪マナドレイン・カラー』がついてやがる。吸い取った魔力が飽和しかけていて、いつ暴発するか分からねぇ。……爆弾を抱えてるようなもんだからな、頑丈なここで隔離してるんだ」


 扉が開く。

 薄暗い部屋の中、簡易ベッドの上に一人の少女が座っていた。

 豪奢だが破れたドレス。泥にまみれた銀髪。だが、その双眸は暗闇の中でも鋭く、気高い光を失っていない。


 少女の首には、不気味に脈動する黒い首輪が嵌められていた。

 ユートは目を見開いた。

 首輪は、彼女から吸い取った膨大な魔力を内包し、飽和寸前まで膨れ上がっている。


「……何? ようやく処刑の時間かしら」


 ユートが中に入ると、少女が冷徹な声で言い放った。

 震えてなどいない。彼女は顔を上げ、ユートを睨みつけた。


「殺すなら早くして。同情も侮蔑もいらないわ」

「殺しはしない。取引だ」


 ユートは短く告げ、彼女の前にしゃがみ込んだ。


「その首輪、限界まで魔力を吸っている。このままだといずれお前の命ごと吸い尽くして自壊するぞ。……外したいか?」

「……愚問ね。外せるものなら、自分の腕を切り落としてでも外しているわ。これは呪いよ」

「俺なら腕を落とさずに外せる。……ただし、手順が必要だ」


 ユートは彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「俺とお前で『主従契約』を結ぶ。お前の魔力回路を俺に直結させ、首輪に行くはずの魔力を俺がバイパスして吸い上げる」

「契約? ……また、誰かの奴隷になれと言うの?」


 少女の目が険しくなる。

 だが、ユートは首を横に振った。


「違う。対等な『共犯者』だ。俺はお前の魔力を借りて、この街の災害を食い止める。お前は俺を利用して、自由と力を取り戻す。……それだけだ」


 ユートは手を差し出した。


「ここで首輪に殺されるのを待つか。それとも、俺と手を組んで運命に牙を剥くか。……選べ」


 少女はユートの手を見つめ、ふっと自嘲気味に、しかし力強く笑った。


「……いいわ。どうせ拾った命、安く売るつもりはないけれど……あなたになら賭けても良さそうね」


 彼女はユートの手を握り返した。その掌は、華奢だが力強かった。


「やって。私の魔力、使いこなせるものなら使ってみなさい」

「ああ。貰い受ける」


 ユートは詠唱する。


「――【契約執行フェアトラークス・フォルシュトレックング】」


 主従の定義を書き換え、魔力譲渡パスを確立。


「……【強制徴収ツヴァングス・アインツーク】」


 キィィィィィン……。

 高周波のような音が響き、首輪が激しく明滅する。

 少女の体内と首輪から、行き場を失っていた膨大な魔力が、新たな契約パスを通じてユートの体内へとなだれ込んでくる。


「くっ……!」

「ぐ、ぅ……ッ!」


 少女が苦悶に顔を歪めるが、決して悲鳴は上げない。歯を食いしばり、耐え抜いている。

 その精神力に、ユートは内心で舌を巻いた。

 そして、最後の一滴まで吸い尽くされた瞬間。


 カチャリ。


 乾いた金属音が響き、首輪が真っ二つに割れて床に落ちた。

 機能を失い、ただの鉄屑に戻ったのだ。


「ふぅ……。充填完了だ」


 ユートは息を吐き、立ち上がった。

 少女は首元をさすり、自由になった空気を深く吸い込んでいる。


「本当に……外れた……」

「約束通りだ。……余剰分の魔力は、お前の身体に戻しておいた。自衛くらいはできるだろう」


 リリィがふう、と息を吐く。

 それだけで、彼女の周囲の空間がビリビリと震えた。高密度の魔力が、血管の一つ一つに行き渡っていく証拠だ。腐っても王族。その潜在能力は、シルフィに勝るとも劣らないかもしれない。


 ユートは少女を見下ろす。

 契約が成立した今、彼女の声は「念話」で届くはずだ。


(……聞こえるか?)


 少女がハッとしてユートを見る。


(頭の中に……声が?)

(主従のパスを通した念話だ。この街には『名を奪う蟲』がいる。本名を口にするな。……名乗るなら、この念話の中だけにしろ。俺はトピアだ)

(……なるほど。用意周到なご主人様ね)


 少女は不敵に微笑み、心の中で答えた。


(私はリリィ。リリィ・アーデルハイトよ。よろしく、トピア)

(ああ。よろしく頼む)


 ユートは名を奪う呪いの圏内にいる以上、真名は明かさない。本名を教えるのは、彼女を連れてこの地獄を脱出した時でいいだろう。

 ユートは手を貸し、リリィを立たせる。

 だが、ボロボロのドレスは動きにくそうだ。


「その恰好じゃ動きづらそうだな。……どんな服がいい? イメージしろ」

「えっ、いきなり? どういうことかしら……」

「いいから。動きやすい服を思い浮かべろ」


 リリィは困惑しながらも、目を閉じて考え込んだ。


「……そうね。これなら、どうかしら」

「決まったか。――【繊維再構築ファーザー・レコンシュトルクツィオーン】」


 ユートが指を鳴らすと、リリィのドレスが青白い光に包まれた。

 ボロボロの布地が分解され、再構築されていく。

 数秒後。そこに現れたのは、彼女がイメージしたであろう、動きやすくも気品のある軍服風のドレスだった。


「……あら。素敵ね」


 リリィは裾を翻し、満足げに微笑んだ。

 その時だった。


「――私はエヴァ」


 背後から、凛とした声が響いた。

 シルフィが、ゆっくりとリリィの前に歩み出る。

 その瞳はリリィを真っ直ぐに射抜き、決して逸らそうとしない。


「トピアの『相棒』よ。よろしくね、お姫様」


 ただの挨拶ではない。

 そこには『私の場所は譲らない』という、明確なテリトリー主張が含まれていた。

 リリィは目を細め、優雅な笑みで応じる。


「あら、ご丁寧に。私は……、トピアの『契約者』よ」


 彼女は挑発するように視線を絡ませた。


「私の魔力、彼には必要不可欠みたいだから。……仲良くしましょう、エルフさん?」


 バチバチッ。

 二人の間に、目に見えない火花が散った気がした。


「……おい、行くぞ」


 そんな空気など一切察しないユートが、淡々と背を向ける。

 二人はフンと顔を背け合い、しかし遅れることなく彼の後に続いた。


                ◇


 装備と魔力の準備を終えた一行は、決戦の舞台となる『奈落の這い口』へと向かった。

 そこは地下迷宮へと続く大穴を覆うように作られた、巨大なドーム状の空間だった。


 ズズズズズズ……。


 足元の深い場所から、地鳴りのような重低音が響いてくる。

 リミットが近い証拠だ。


「急ぐぞ。四隅に『ウェッジ』を打つ」


 ユートは広場の四方に、特殊な魔力を込めた杭を打ち込んでいく。

 これが結界の支点となる。

 魔物を閉じ込め、恐怖を増幅ハウリングさせ、不可視の蟲を実体化させるための、大規模複合結界の準備だ。


「これで舞台は整った」


 最後の楔を打ち終えた時、ユートの手にはじっとりと汗が滲んでいた。

 この地下には、地獄が詰まっている。


                ◇


 準備を終えた一行は、アインたちが用意した仮設のセーフハウスに戻った。

 束の間の休息。

 テーブルには、備蓄庫から持ってきた干し肉と、固焼きのパン、そして水が並べられている。


「んっ……おいしい」


 シルフィが干し肉を噛み締めながら、ほっとしたように息を吐く。

 リリィも、出されたパンを優雅な所作で口に運んでいた。どれほど落ちぶれても、その芯にある気高さは消えていない。


中層うえの酒場でも食べたけど……あの時は周りが怖くて、味なんてしなかったから」

「ああ。狂信者に囲まれての飯は、砂を噛むようなものだからな」


 ユートも同意してパンをかじる。

 昨日の酒場での食事は、栄養補給という作業でしかなかった。だが今は、こうして静寂の中で、信頼できる相手と食事を摂れている。


「ねぇ、トピア」


 不意に、シルフィが真剣な眼差しを向けてきた。


「私、今回はあなたの『盾』になるわ」

「盾?」

「うん。前の国では私も戦ったけど……今回はあなたが結界に集中しなきゃいけないでしょ? だから、あなたの背中は私が絶対に守る」


 彼女の瞳に、迷いはなかった。

 ただ守られるだけの存在ではない。また、自分の力を誇示するためでもない。

 パートナーの役割を理解し、背中を預け合う覚悟。


「……ああ。頼りにしている」


 ユートは短く答えた。

 そして、傍らのリリィに視線を向ける。


「お前は病み上がりだ。アインたちと共に後方で待機してくれ」

「……不服ね。私だって戦えるわ」

「分かっている。今、俺の魔力は満タンだが、維持コストがでかい。万が一、俺が枯渇した時の『保険』が必要だ」


 ユートは諭すように言った。


「その時、お前から魔力を貰い受ける。言わば俺の『生命線』だ。……ここで倒れられたら困る」

「……なるほどね。私があなたの最後の切り札ってわけ?」


 リリィは悪い気はしなかったようで、ふふっと笑った。


「分かったわ。後方で待機しておくわ」


                ◇


 そして、運命の時刻が迫る。

 日付が変わる少し前。

 ユートたちは『奈落の這い口』の前に立っていた。


「準備はいいか?」


 アインが部下たちに号令をかける。

 シルフィも弓を構え、精霊に呼びかける準備を整えた。


「……いよいよ開演だ」


 遠くで、日付が変わる鐘の音が聞こえた気がした。

 九十日目。

 呪いの発動と、黒の噴出が重なる瞬間。


 ズドォォォォォォォォンッ!!


 腹の底に響くような爆音と共に、広間の奥――地下迷宮へと続く暗黒の横穴から、圧縮された瘴気が噴き出した。

 これまで「撒き餌」によって堰き止められていた魔物の津波が、一気に決壊したのだ。

 それと同時に、数万の魔物が、飢えた獣のようにこちらへ雪崩れ込んでくる。


 最悪の夜が始まった。

 だが、ユートの唇には獰猛な笑みが浮かんでいた。


「ああ。勇者の尻拭いにしては、派手な祭りになりそうだ」


 ユートが両手を広げる。まずは、ゲストを招待するための狼煙を上げる。


「始めようか。――広域指定結界・【深淵封鎖グロスラウム・シュペレ・アプグルント】、展開」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ