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31. 異邦者 VS 斬殺者

 リフトが止まった場所、そこは真暗闇の空間だった。ハルヒサが一歩前に出てリフトから降りるとリフトは勝手に起動し、上に向かって上がってしまった。


 元の位置へと戻っていくリフトを口惜しげに眺めながら、ハルヒサは耳が赤くなるくらい強く当てていた水晶端末を懐にしまい、代わりに上着のポケットから赤い宝石を、幻晶の欠片を取り出した。


 シトラスの話を聞いてなんとなくその使い方には見当がついている。ただ、それをどう使えばこの先に待ち構えている敵に勝てるのか、ハルヒサにはまだわからなかった。


 だが、ハルヒサが考えをまとめるよりも早く、進み始めた彼の足は目的の場所に辿り着いていた。


 その場所はリフトが降りてきた空間から扉ひとつ隔てずにあった。長い螺旋階段を降りていくと、光が漏れた。その先にあった光景にハルヒサは目を見張った。


 そこは巨大な空間だった。白い大地があり、その各所に黄金の泉が見えた。正面を向けば地平の彼方に悍ましい黒い空が見えた。眼下から吹き上げる風によって反射的に頭上を見上げれば、そこには蒼い真っ平な天井があった。蒼と言っても黒みがかっていて、その表面からは無数のチューブが伸び、白い大地につながっていて、黄金の泉に注がれていた。


 真実、その場所はマウト市と人界のはざまだった。真柱の最終防衛機構が置かれた秘匿領域であり、人界へ生命の水を注ぐ場所である。


 螺旋階段の終点にハルヒサが辿り着いたのはその光景に唖然としてから10分後のことだった。どこまでもつづいているかのように思えた階段を降り終えたハルヒサは白い大地の感触を確かめながら、恐る恐るその上に立った。


 感触は砂の上によく似ていた。ちょっと力むと、少しだけ足が砂の中に沈んだが、靴が少し埋まる以上のことはなかった。


 ハルヒサが周囲を見回すと、目的の場所はすぐ近くにあった。古代の遺跡、写真で見たストーンヘンジを思わせる石積みの円陣が遠く見えたのだ。


 近づくと、石の道が見えた。砂の上を歩くのが億劫だったので、石の道に乗り上げるとその先の景色がよくよく見えた。


 「なんだ、あれ?」


 ハルヒサがつぶやくと、不意にそれまで何をするでもなく周りを揺蕩っていた紙の鳥の一羽が羽ばたき、彼の前に現れた。その鳥には文字が書かれていた。あいにくと、ハルヒサにはその文字が読めなかった。


 ちなみにそこには『真柱の中心、制御室はそこにある』と書いてあった。


 「ごめん、俺文字読めない」


 ハルヒサがそう言うと紙の鳥はくるんと回転し、新たな文字をつづった。


 『この間抜け』と書いてあったが、ハルヒサにはわからなかった。


 そんな一方通行同士のやりとりをしながら、ハルヒサと紙の鳥は制御室前に立った。


 そこは巨大な黄金の泉、いや黄金の湖を囲う石陣の中にあった。中心には小島があり、その上に三つの影が見えた。


 一人は金髪オールバックの巨躯の男、残る二つはどちらもうずくまった長髪の少女達だ。その内一人は遠目からでもわかるほどに傷ついていた。


 ほわんと怒りの炎がハルヒサの心に灯った。それまでの見返してやりたい、義侠心だとか、どうしようもない使命感だとかではなく、ただただまっすぐで真っ白な怒りの炎が心に灯ったことをハルヒサは自ずと感じ取り、ポケットの幻晶の欠片を握った。


 近づく気配に向こうも気づいたのか、男は振り返りハルヒサを一瞥すると侮るようにほくそ笑んだ。


 「なんだ、坊ちゃんか。ここに来るのは嬶衆の魔法使いかと思ったんだが」


 男は、ガートン・セイルは失望を隠そうとしなかった。そして八つ当たりとばかりに血を流している少女、ストーリャの腹を蹴り飛ばした。ストーリャは血を流し、その血が生命の水に溶けていった。


 仁王立ちになるガートンのすぐ後ろではシトラスが何かの機械を操作していた。その機械は空色の障壁の内側にあり、よく見ればシトラスがその障壁の前でパソコン型の水晶端末を操作しているとわかった。


 傷ついたストーリャを間近で見ると、自然とハルヒサの中で殺意が湧き上がった。その殺意を感じとったガートンは鼻で笑った。


 「この女が傷ついたのが許せないって顔だな。お熱いね。——けど、しょうがないだろ。暇なんだからさ」

 「暇?なにが、暇だって?」


 「ほら、ここって霊波が届かないだろ。そのせいでゲームもできない。暇つぶしがないんだ。だから、ちょっと、な」


 ガートン言葉には反省の色は見えない。悪びれる様子もなくストーリャを痛ぶったことを明かすガートンをハルヒサはただただ無言で嫌悪の眼差しでもって睨みつけた。


 ガートンの話し振りはまるで子供のようだった。幼童が学校の帰り道に路肩のありんこを潰すことと、そう大差ないかのように語るガートンにハルヒサはある種の嫌悪を覚えた。


 それは、例えば満員電車の車内に乗り上げてくるベビーカーの親子、そして泣きじゃくる赤子に抱く嫌悪に近い。特別だからと勘違いし、しかして豪語してはばからないその不遜なあり方をハルヒサは嫌悪した。


 そんな彼の感情を見透かしてか、ガートンは言う。


 「許せないって顔だな。だが、坊ちゃんの許しは必要ない。他ならぬ神様が俺を許してくれてんだからなぁ!」


 「神様?お前、神様なんて信じてるのか?」


 「ああ、まったく。これだから不信心者はよぉ。神を信じないなんざ、本当に許されないぜ?」


 哀れみの目で見てくるガートンをハルヒサは一笑する。気づくまでもなくわかってしまったからだ。


 「お前、神様なんて信じていないだろ?」


 「——いやな、ガキだな、お前」


 ガートンが神を語る時の瞳をハルヒサは知っている。過去、何度となく見たことがある瞳、何にも期待していない人間の瞳だ。


 必然、ガートンは神に期待などしていない。それは神の存在を重視する聖職者にあるまじきことだ、とハルヒサは断じた。


 「シトラス!!」


 「はいはい、『バリバリ!!』」


 ハルヒサの掛け声とともにシトラスが動いた。背後からの奇襲、タッチペンから走った青白い雷撃がガートンの背中を貫いた。


 「くそ、このクソ(あま)


 「くらえ、このエセ聖職者!!『フィガール』!!」


 よろけるガートン目掛けてハルヒサが火球を放つ。その炎を真正面から浴び、しかしガートンはピンピンしていた。


 それは織り込み済みだ。激昂し自分に向かってくると予想し、ハルヒサは欠片を構えた。


 「ちぃ、これだからアーキテクターっいうのは困ったちゃんだぜ。まぁ、いいさ。お前はまだ殺せないから、なぁ!!」


 刹那、踵を返し、ガートンはシトラスに接近した。殺すつもりか、とハルヒサは冷や汗をかいた。そんな行動は予想外だった。


 しかしガートンはシトラスの首を掴むと、強引に地面に叩きつけた。それだけでシトラスの意識を刈り取るのに十分だった。


 その行為にハルヒサは憤るでもシトラスを心配するでもなく、目を細めた。ストーリャを痛ぶって暇つぶしをしていた人間とも思えないほど、理性的だ。


 「実はこいつ、けっこう頭いいのか?」


 ただの力に溺れたおっさんかと思っていたハルヒサにとって相手が理性的に、シトラスの意識を刈り取ったというのは予想外だった。おかげで意識をハルヒサ自身に向けさせるという思惑がパーだ。


 驚くハルヒサの隙をついてガートンが迫る。ハルヒサが炎を放つ。キスタの真似をして無数の火球を放った。しかしそれは足止めにすらならない。放たれる火球を正面から防ぎ、ハルヒサ目掛けて、ガートンは拳打を放った。


 「げほぉ」


 ハルヒサの体が飛ぶ。直喩でもなく、暗喩でもなく、ボロ雑巾のようにただの正拳突き一つで飛んだ。


 ガートンが放ったのはいわゆるジェットパンチだ。彼が事務所で用いた衝撃波の機構を逆噴射に利用したのだ。


 それはハルヒサの胸骨にヒビを入れるに十分な打撃だった。それだけで、ハルヒサはその意識を刈り取られ、生命の泉の中へと落ちていった。



 意識が消えていく。傷は深く、全身に走る痛みが秒を重ねるごとに増していった。


 クソ、とハルヒサは毒づいた。それは誰に対しての言葉でもない。強いて言うなら、自分も浅慮さへの悪態だったかもしれない。


 相手の能力を甘く見た。相手の攻撃力を甘く見た。相手の機転を甘く見た。相手のあり方を甘く見た。何より自分の考えに驕ってしまった。


 真実、敗因はハルヒサの驕りだ。もっとよく死体を観察し、相手の行動を熟慮すれば、こんな事態にはならなかった。


 次はもっとうまくやろう。もし次があるなら、と独りごちながらハルヒサはゆっくりと意識を手放した。



 かに思えた。


 「ん?」


 いつまで経ってもハルヒサの意識は途切れなかった。それどころか彼の体を痛めていた節々の痛みが引き、胸骨のヒビすらもなくなっていた。


 なんなら、水面に向かって彼の体は浮かび上がっていった。そしてプカーと水面に浮かび上がったハルヒサは重たい首を持ち上げ、ガートンを睨んだ。


 「なんだ、おまえ?」


 「なんだって何がだよ」


 ずぶ濡れになりながら、ハルヒサは石の道に再び這い上がった。信じられないものを見るガートンを、逆に睨み返し、ハルヒサは炎を右手に灯した。


 「つ、化け物が」


 直後、石の道が裂けた。ガートンが軽くその表面を撫でただけ巨大な斬撃を浴びたかのように裁断された。


 「な、なんだ、こりゃぁ!!」


 「これで追って来れないだろ。そこで大人しくしてろ」


 「ふざっけんなぁあ!!!」


 口では叫びながら、しかしハルヒサは冷静だった。水の中で頭を冷やし、即座にハルヒサは再び水の中に身を投げた。そしてそのまま水中を泳ぎながら彼は頭を回した。


 どうすればガートンに勝てるのか、と。


 ガートンは強敵だ。常識はずれの機械化義肢、石の道を割った謎の力、何より頭の回転が速く、状況判断能力が高い。これまでハルヒサが戦ってきたどんな敵よりも強敵だ。


 対してハルヒサの攻撃手段は幻晶の欠片の火球と、一通りの徒手格闘だけだ。どちらも決定打にはならないことはすでにわかっている。


 そういえば、と色々考えてからハルヒサは首をかしげた。水中で首を傾げるというのもおかしな話だが、兎にも角にもハルヒサは首を傾げた。


 どうしてガートンは自分を化け物などと言ったのだろうか。


 ハルヒサからすればガートンの方がはるかに化け物だ。化け物が化け物らしくあらず、理性の獣と化しているのだからタチが悪い。


 それが化け物と呼ぶ。それはなぜか?


 暴力性から来る化け物ではない。おそらくは理性から来る化け物だ。


 それはなんだ?


 「ばしゃば(まさか)


 思わず水中で叫び、ハルヒサの口の中から息が漏れた。慌てて、水面から小島へ上がると、少し離れた場所でガートンがハルヒサを睨みつけていた。


 そのガートンに向かってハルヒサは手のひらの水を投げ捨てた。ちぃ、と舌打ち混じりにガートンはそれをかわす。なんの変哲も無いただの水をだ。


 「やっぱりな。お前、この水が苦手なんだろ」

 「バカが。俺だけじゃねーよ」


 そう言ってガートンは足元のストーリャの片手を生命の水に浸からせた。直後、ストーリャが苦しみ出した。彼女の右手が突如として膨らみだし、制服の袖が裂けた。現れたのは悍ましい茶色の毛、無数の眼球、そして牙の生えた口腔だ。化け物の出現にハルヒサは目を見張った。


 「な、なんだそりゃぁ!!」

 「神の呪いさ。央都の神威(エネルギー)を受けた生命の水がそう生半可なもんなわけねーだろぉがぁ!!」


 ガートンの言葉の意味をハルヒサが解することはできない。何を言っているのか、まるで理解できない。けれど、黄金の泉が決して人体にいい影響をもたらすものでないことはわかった。


 ガートンは笑みを浮かべ、ストーリャを持ち上げる。何をするつもりか、ハルヒサは即座に理解した。


 「さぁ、お坊ちゃん。近づいてくれるなよ?俺がどうするか、わかるだろ?」


 「汚い真似しやがって」


 「坊ちゃんは随分とお優しいねぇ。これのどこが汚いってぇ!?」


 直後、ガートンはストーリャの体を黄金の泉に向かって投げ捨てた。ハルヒサは受け止めようと踏み込むが、すぐに自分がぐしょぬれであることを思い出した。黄金の泉に浸かった自分が受け止めればストーリャはどうなるか気付き、歯軋りをした。


 むしろ、その意識はすぐにガートンへ向けられた。


 ストーリャを投げ捨てると同時にガートンは右手を変形させ、衝撃波を放つ大砲を覗かせた。


 舌打ち混じりにハルヒサはガートン目掛けて走り出した。衝撃波を放つよりも速く、間近に接近したハルヒサにガートンは舌打ちをした。そして、ハルヒサを遠ざけようと、手刀を振るった。


 「そう来るよなぁ!!」


 至近距離で砲撃をする理性をガートンは捨てなかった。振り下ろされる手刀にハルヒサは手のひらの幻晶の欠片を合わせた。


 直後、炎の竜巻が巻き起こり、振り下ろされた手刀を弾いた。ちぃ、とガートンは舌打ちをする。


 その間隙を突く形でハルヒサはガートンに蹴りを加えた。その瞬間ガートンはほくそ笑んだ。


 バン、という音が鳴った。巌のような硬さだ。たまらずハルヒサは足を抑えた。


 「いったぁ!!」


 どこぞの少年探偵のように足を押さえるハルヒサを、ガートンは焦りが混じった目で睨んだ。それは思っていたのとは違う結果が出た時の人間特有の、翳りだった。


 「なら、これでどうだ!!」


 ハルヒサは火球を放った。それはガートンの右手の大砲へと吸い込まれていき、直後、ドカンとその内部で爆ぜた。


 「ちぃ、やってく、ぅお!!」


 ガートンが攻撃をするより速く、ハルヒサは身を低くし、ガートンのズボンの裾を引っ張った。


 突然、下半身の重心がズレたことで、ガートンは姿勢を崩した。その隙をついてハルヒサは拳打を放つ。明らかに生身である頭部に向かって放たれた一撃だ。


 ——しかし思っていた変化はガートンには起こらなかった。ガートンの顔面が怪物化するかと思ったが、彼の顔面はまるで変わらなかった。


 「外れた?」

 「ばーぁか、かかったなぁ!!」


 姿勢を直したガートンの手がハルヒサに伸びる。ハルヒサの首をつかみ、彼を締め上げようとした。


 「はっはぁ。俺の体はほぼ全身機械!!この水にいくら濡れようが、変化一つ起きねーんだよぉ!!」

 「こい、つぅ」


 一度失敗し、考えを改めたはずだった。相手が理性の獣である、と。だが、ガートンはハルヒサの考えの上をいった。ハルヒサの思考を完全に操った。


 そのことを悔しがりながら、ハルヒサは火球を生成し、ガートンの破損箇所から火球を侵入させようとした。しかし、それをガートンは見過ごさない。


 首を掴んだハルヒサを振り回し、詠唱をさせないようにした。


 「——く、そぉ!!」

 「この化け物小僧が!!さぁ、これで死ね、さぁ、死ね!!」


 凶相を浮かべ、ガートンはハルヒサの首の骨を折らんとする。刹那、ハルヒサは視界の端で紙片を捉えた。


 意識が遠のく間際、ハルヒサは慟哭する。


 「持ち上げろ!!」


 その慟哭と同時にガートンとハルヒサは天高く持ち上げられた。一瞬の浮遊感を味わった後、二人は落下した。その真下には黄金の泉があった。


 「バカが、俺は」

 「なぁ、お前って何キロだ?」


 「き、は?」

 「俺が蹴ってもビクともしなかったあんたは何キロかって聞いてるんだ」


 キロは地球の単位だ。ガートンにはわからない。そしてハルヒサが何を言っているかもわからないまま、ガートンとハルヒサは入水した。


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