30. 深層侵入
ハルヒサは後悔していた。何に後悔していたかといえば、見知らぬ伝話の主に移動手段をねだったことだ。
てっきりリムジンなりヘリコプターなり用意されるのかと思ったら、気がついたら彼の体はどこからともなく現れた無数の紙の鳥によって吊り上げられ、ブーンと時計塔近くまで連れて行かれた。
そして今にいたる。
比較的低い位置がから車のボンネットの上に落とされたおかげで見た目ほど痛くはなかったが、それでも痛いことは痛かった。気絶しなかったことに感謝しつつ、ハルヒサが周りを見回すと、そこにはキスタと、ノクターンがいた。
片や杖を構えて瞠目し、片や鉄面皮を貫いて半眼視していた。
「お、おにーさん!!どうしたの?」
「いや、ほんと。なにやってんだろ、俺」
キスタの問いに頭を抑えながら、ハルヒサは応えた。自分でもバカなことをやったな、とため息をつくハルヒサにキスタは駆け寄り、その頭の傷に即座に治癒魔法を使った。
「おにーさん、どうしてここに?ていうか、なんであいつらを連れてたの?」
キスタは質問をしながら、ハルヒサの周りを飛び回る紙の鳥を指差した。
ハルヒサは預かり知らぬところではあるが、彼を連れてきた無数の紙の鳥はカーバンクルだ。所有者は無論、ハルヒサが伝話した放浪電算士である。それをハルヒサが連れていることにキスタが投げかけた疑問を、ハルヒサはとぎれとぎれながら説明した。
シトラスとストーリャが攫われたこと、新たな断罪教会の人間が現れたこと、突然伝話をかけてきた放浪電算士のこと。そして問題の最終防衛機構が目の前の時計塔の地下にあることを余すことなく説明した。
説明を聞き終わったキスタはジロリと氷付けになっているノクターンをひと睨みし、ハルヒサに向き直った。そして、数秒考え込んだ後、まだ伝話はつながってるか、とハルヒサに聞いた。
ああ、と言ってハルヒサは水晶端末を手渡した。
「ありがと。——ねぇ、どういうつもり、どうしておにーさんを、え?本人の意思?だからってあんな、はぁ、ちげーし。なに言ってんの。バカじゃないの。ばーかばーか」
水晶端末を受け取ったキスタはその通話相手と口汚く話し始めた。顔を赤くしたり、赤らめたり、真っ赤にしたり、色合いは似ているのに、カラフルな表情変化をしているな、とハルヒサはそれを見て感じた。
しばらくして、通話状態を維持したまま、キスタは水晶端末をハルヒサに手渡した。代わりにハルヒサの水晶端末を彼は彼は握った。
「悪いんだけど、おにーさん。俺よりも先に都市中枢に向かってくれる?」
「なんで?キスタもくればいいじゃん
「俺はあいつを警察を引き渡さないと。それに、今は一刻も早く都市中枢に向かった方がいい」
キスタの言葉にハルヒサは首をひねった。どうしてそんなに急ぐ必要があるんだ、と。
「おにーさんはここに来るまでどれくらいかかった?」
キスタの問いにハルヒサは大体1時間くらい、と答えた。キスタは自分も同じくらいだ、と答えた。
「21番街とここ1番街を汽車を使えば大体、半日かかる。けどあれを見てよ」
キスタがノクターンを指差した。今日の午前中の11時ごろに20番街にいた彼女が、今この1番街にいるというのは確かに、普通の移動手段ではありえない話だ。今は大体14時だ。
わずか3時間あまりで半日かかる距離を移動したというのは尋常ではない。魔法使いという規格外が、カーバンクルを使って移動した事実に匹敵する異常事態だ。
「だから、ひょっとしたら、もう都市中枢にあいつの仲間がいるかもしれない。そしてあいつの手元にはシトがいる。この意味、わかるよね」
「俺達が余裕こいてる間に最終防衛機構がぶっ壊されるかもってことか!?」
「そーゆーこと。俺は警察が来るまであいつを見張ってるから、おにーさんは急いで」
わかった、と言ってハルヒサは走り出す。ハルヒサが時計塔の中へと消えていき、その背中を見送ったキスタはノクターンに振り返った。
「さて、とおにーさんがあとはなんとかするでしょ。俺は俺で仕事をしないとね」
「質問です。あなたは警察が来るのを待つだけでいいのでは?」
「そんなわけねーじゃん」
キスタは杖を持ち上げ、その後部で地面を叩いた。叩いた地点を中心にして、魔法が発動する。それはあらゆる幻覚や幻影を打ち消す、覚醒の波動だ。
魔法によって、幻影が消されていった。そして次の瞬間、キスタ目掛けて凶刃が振り下ろされた。
紙一重でそれを回避し、キスタは火球を放った。火球が直撃した相手は炎上し、火だるまになって地面を転げ回った。
気がつけば、一般人はそこにはなく、無数の怪しげなフードを被った集団がそこにはいた。彼らは一様に黒い修道服に身をつつみ、虚心合掌の仮面を被りキスタに向かって合掌していた。
「一般信徒、ね」
断罪教会の一般信徒は胸元から短剣を取り出し、構えた。対してキスタが発動するのは黒とピンクの混色の鎌だ。無数の信徒に対して、そのすべてを切り刻むつもりでキスタは鎌を振り下ろした。
*
一方、時計塔の中をハルヒサは紙の鳥と共に並走していた。耳元に水晶端末を押し当て、放浪電算士の道案内に従いながら、ハルヒサは時計塔を下へ下へと走っていた。
途中、彼を止めようとする警備の人間がいるかと思ったが、そんなことはなく代わりに重要そうな扉の前で何人もの青い制服を着た人間が倒れていた。
「つ。これってまさかあいつが?」
『確認しました。おそらくあなたの想像する通りの人物による所業でしょうね』
伝照版から聞こえてくる放浪電算士の声は淡々としていた。一方、死体を見慣れているのだろうか、とどうでもいい推測をしたくなるほど、ハルヒサは気分が悪くなっていた。
現代日本で過ごしていば死体を見慣れることはまずない。よほどの大病院か葬儀屋勤めでもなければ死体を見るのは、祖父母なり、父母の葬儀だけだろう。それだってきちんと化粧されていて、目の前の死体のように惨殺されているわけではなかった。
ハルヒサの目の前に転がっている死体は腹部を貫かれていた。鋭い刃物かなにかで貫かれたかのように見える傷だ。他にも鉤爪か何か斬られた傷の死体もあった。
共通しているのはどの死体も刃物で傷つけられたような跡があるという点だ。もっとも、ハルヒサがそれに気がつくといったことはなく、彼がそういった死体をいくつか通り過ぎた時、一際が厳重そうな扉の前に立った。
大きな扉だ。高さは10メートルほど、横幅は8メートル近くあり、何か大きな機材を運ぶための扉に見えた。視線を左方向へ向けて見れば、その扉がある空間は天井が高い部屋で、トンネルに似た空間だどこまでも続いていた。
不思議そうに覗き込むハルヒサに紙の鳥を通じて状況を把握した放浪電算士が説明する。
『ここは都市の下層に位置する資材搬入路です。その最下層がここにあたります。大きな扉が見えるでしょう?それを通れば、深層へ続く道があります』
「ここに来るまで階段降りたりしてきたけどさ。こういうのってアクセス悪いのが基本なのか?」
『あくせ、ああ通行の便についてですか。ええ、当然です。本来はこんな回りくどい道など使わず、専用の昇降機を用います。ですが警備機構の関係でそれは叶いません』
なるほどね、とハルヒサは納得する。確かに現代日本でも専用のエレベーターとかは権限を持ったカードとかでしか使えないことが多々ある。それを考えればこうして階段を降りていくのも納得だ。
「で、この大きな扉はどう開けばいいわけ?」
『少々お待ちください、「カミシロ」』
直後、ハルヒサの周りを飛んでいた紙の鳥が大扉に張り付いた。そして、するっとその隙間から中へと入っていき、数十秒経った後、大扉はゆっくりとわずかに開いた。
何が起こったのかハルヒサにはわからない。唯一言えるのはかなりの力技で放浪電算士が大扉を開いたということだけだ。
唖然とするハルヒサに放浪電算士は早く扉の中に入るように促した。その言葉で放心が溶けたハルヒサは急いで扉の中に滑り込んだ。直後、ビービーという警報が鳴り、大扉はズシンという重たい音を立てて再び閉まってしまった。
「うわ、閉じ込められたんだけど」
『問題ありません。帰る時にまた開錠すればよいだけです』
それならいいけど、と口では言うが、ハルヒサは不安を隠せなかった。勢い余って知らない街の知らない場所に来てしまったことを今は少しだけ後悔していた。
ぽつんと、巨大な通路に一人、いちおう通話相手はいるが、それも近くにいないという点で心細さがある。周りの鳥もいざ戦闘になれば頼りない。これがカーバンクルであることはわかっていても、キスタが使っていた炎のイタチだったり、風の鳥ほどかと言われたら頼りない外見だった。
そんなハルヒサの胸中を見透かしてか、放浪電算士はハルヒサに話しかけた。
『セナさん。そうおっかなびっくりしなくても大丈夫です。少なくとも、中枢までこれといった障害はないはずですよ』
慰めにも似た言葉にハルヒサはムッとして、反論した。
「べつに怖がってなんかないさ。ただ、ちょっと不安ってだけだよ」
『私に啖呵を切ったときの威勢はどこへやらですね。それじゃぁせっかく、キスタさんから託されたのに、これでは拍子抜けです』
「あ、そうだ。キスタは?キスタはどうしたんだ?」
思い出したかのように問いかけるハルヒサに放浪電算士は淡々と答えた。
『キスタさんでしたら、時計塔の正面玄関で断罪教会の使徒と戦闘後、警察に逮捕されました。逃げ出すことはできるでしょうが、警察に喧嘩を売るのはまずいと大人しくしていますね』
予想外の解答にハルヒサは、はぁ、と大きな声を上げた。その声は搬入路の中を反響し、遠くまで響いた。
「おいおい、マジかよ。キスタが来るかと思ったのに!!」
『ええ、来ませんよ、キスタさんは。まぁ、そういうわけです。頑張ってお一人で攻略してください』
マジかよ、とハルヒサは汗をダラダラとかいて、苦笑した。
『怖気付きましたか?』
「怖気付いたつーか、色々とストレスがな」
『ストレス?時折あなたは随分と古い言葉を使うのですね。まぁ、そういう人種もいるにはいますが。それはそれとして、ちょっと止まってください』
言われてハルヒサは足を止めた。右向け右、と言われ右を向く。そこには細い通路があった。
『その道を行けば水路に出ます。水路に出たら、右折してください。そのまままっすぐ行けば目的の制御室に出ます』
「水路!それって衛生的に大丈夫なのか?」
『水路と言っても浄水施設を通った水です。ここより流れる水は下層、人界へと流れていきます』
階段を降り、水路の扉を開いたハルヒサは、その説明に納得した。はるか古代の街並みを彷彿とさせるオリエンタルな街並みで、その街並みを通る街道を黄金色の水流があった。
空気も澄んでおり、ここが地下であるというのが信じられないほどだ。水流の光によって天井も黄金に輝いており、幻想的な雰囲気を感じた。
そして言われた通り右方向へ歩いていると、ハルヒサの前に噴水が現れた。それは十字路の中心にあり、さっきまでハルヒサが歩いてきた道と似たような造りの街並みが広がっていた。
「あれ、行き止まり?」
『いえ、違います』
直後、ゴゴゴという地響きが鳴り、ハルヒサが立っていた地面が噴水を中心にして、沈み始めた。異世界で初めてのエレベーター的存在に驚くハルヒサに放浪電算士は矢継ぎ早に伝える。
『ここから先は霊波が通らないので伝えるべきことを伝えておきます。ええ、頑張ってください』
「は?なんかこうアドバイス的なものはないの!?」
『ファイト、です。古い時代の人々はこういう時はこう言って励ましたと聞いております』
「こ、こいつぅ!!」
『一応、アイハトを付けますので、有効活用してください。ああ、攻撃能力はないので、ご安心を』
「安心できる要素がねぇ」
このエレベーター止まらないかな、とハルヒサは苦笑した。
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