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29. 時間稼ぎ

 「つ、このクソあまぁ!!」


 キスタの怒号が飛ぶ。彼の怒りに触発されたラースクライが熱線を放ち、黒骸布の少女を穿った。


 放たれた熱線は執務室を切り裂き、容易く警察署の外壁を爆発させた。それを尻目に少女、ノクターンは大剣を担ぎ、キスタに向かって走り出した。


 近づけさせまい、とキスタは光球を放つ。魔法使いの障壁すら溶解させた凶悪な攻撃だ。


 ノクターンはそれを回避するため、ジグザグに蛇行してキスタに接近した。ゆるいカーブを繰り返して迫る光球に対してノクターンの軌跡は直線の折り返しの連続だ。速度が違う。


 「つ、近づか」

 「ふん!!」


 ノクターンの大剣がキスタの障壁に振り下ろされた。刹那、爆炎が巻き起こった。障壁越しでも感じる衝撃にキスタは瞠目した。


 即座に彼女の持つ大剣がただのマジギアではない、とキスタは看破した。ただ、爆炎を起こすだけならこんなことは起こらない。爆炎を起こすより、いっそう凶悪な能力がある、と。


 「『インフィガール』」


 炎が逆巻いた。炎の竜巻がノクターンを包み込むかに思えた。しかし彼女は自身のマジギアを盾にして、その竜巻を凌いだ。


 路地裏で戦った時とは明らかに違った。あの時も身のこなしは見事だったが、戦いかたは極めて単調だった。今は大剣を用いた見事な超高速戦闘を見せている。


 接近戦を主体とした戦闘、それは明らかに魔法使いを前提とした戦い方だった。


 基本的に魔法使いは子供だ。小さく、元の力も弱い。だから近づかれれば体格差で叩き潰される事例(ケース)が往々にして存在する。そういった弱点を消すために障壁なども用いるが、それにも限界があった。


 再び接近したノクターンの大剣が爆炎を吐きながらシトラスに浴びせられた。それを障壁で受けるが、今度はヒビが入った。大剣に込められた力が上昇していた。


 反射的にキスタは緑色の風で竜巻を形成した。天井に向かって吹き飛ばされるノクターンを尻目にキスタは杖に乗り、警察署の外へと脱出した。


 杖にさながらスケートボードのように乗り、杖の根本を馬の手綱のように抑えなながら、姿勢を取ろうとしていると、不意に窓を破ってノクターンが現れた。


 杖に乗って飛んでいるキスタとは対照的にノクターンはその脚力でもって、空を駆けていた。「天足通」という古代の武術で、空気中の魔力を蹴ることで、空中歩行する技術なのだが、キスタには預かり知らないことだった。


 「ち、落ちろ!!」


 キスタが杖を振り下ろすと、それに連動して、空中から桃色と黒が混ざった混色の鎌が出現した。それはノクターンに迫るが、彼女はいともたやすく鎌を回避し、キスタに迫った。


 「まだまだ!!」


 キスタが指を鳴らす。今度は四方八方から鎌が迫った。避け切れないと察したノクターンは天足通を時、自由落下を始めた。刹那、彼女は抱えていた大剣をキスタ目掛けて投げた。


 キスタは驚いたが、すぐに真横へ並行移動してそれを避けた。しかし、それは誤りだった。


 これまで黒骸布に隠れて見えなかったが、ノクターンの大剣の柄には布が巻かれていた。キスタがそれに気がついた時、彼の背中を強烈な柄頭による一撃が強打した。


 「ぐへ、ぐお」


 バランスを崩し、キスタは落下した。着地の瞬間、防護魔法で体を守らなければ今頃ぺちゃんこになっていただろう。


 キスタが落下したのは警察署の前を通る左右二車線の道路だった。突然子供が落ちてきたせいで、道ゆく車はブレーキを踏み、車道は混乱したが、キスタはそんなことには目もくれず、停車した大型車の上に立ってこちらを睥睨するノクターンを逆に睨んだ。


 「つ、やってくれるな、断罪教会」


 「感謝です。この上ない賛辞をありがとう」


 「褒めてないよ!!」


 「驚愕です。そうなのですか」


 キスタは光球を放つ。ノクターンの大剣も光球はどうにもできないのか、彼女はそれを回避した。光球の延長線上にあった建物がその流れ弾でなんか、爆発したが、二人はそんな些事を気にもとめていなかった。


 魔法使いと征使徒。立場が違う二人の異能者の対峙は、真実この世の地獄だった。どちらも圧倒的な個であり、絶対の殺戮者だった。


 そして地獄はノクターンによって加速し、拡大した。


 「宣言です。行きます」


 刹那、ノクターンがキスタの目の前に現れた。爆発する車をバックにして、ノクターンは大剣をキスタ目掛けて振り下ろした。


 舌打ちをこぼし、キスタは二重の障壁を張る。魔力消費が多いため、あまり用いない防護魔法だ。それは容易くノクターンの攻撃を防ぐ。しかしそれによって生じた運動エネルギーまでは消せなかった。


 踏ん張りきれず、車道をぐるぐると回転し、吹き飛ばされるキスタをノクターンが追う。キスタが形成した自身の体を覆う球形の防護障壁を追いついた彼女はやけっぱちとばかりに蹴り飛ばした。


 「ぐへ、くそ、こいつ!!」


 さながらビリヤードの手球のように車やらガードレールやら、周りの建物やらに次々にぶつかりながら、キスタはとある道路に落着した。そして立ち上がると、ほぼ同時に頭上からノクターンが強襲した。


 「速い!!」

 「高揚です。お褒めいただきありがとうございます」


 ノクターンの速度にキスタは目を見張る。少なくとも、並の人間の速度ではなかった。もちろん、魔術でもこんな速度は出せない。


 その時点でキスタはある程度、ノクターンの速度のからくりにあたりを付けていた。そも、断罪教会の征使徒と戦うならば、真っ先に脳裏に浮かぶからくりではあったが。


 「どういう行動礼装なの、それ」

 「沈黙です。敢えて口にするバカもいないでしょう」


 淡々とノクターンは答えながら、天高くキスタを蹴り飛ばした。距離が開き、これ幸いとキスタは雷撃を放つ。それ自体はノクターンにダメージを与えずとも、目眩しにはなる。


 そしてそのわずかな隙を使って、キスタは考えを巡らした。考えるのはもちろん、ノクターンの行動礼装についてだ。


 行動礼装は断罪教会の征使徒や、それ以上の位の人間が用いる魔法とも魔術とも違う、超常の力だ。その仕組みはキスタも知るところではないが、一貫して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということは共通している。


 例えば「加速行動」などという行動礼装があれば、それの使用者のあらゆる行動は、使用者を加速させる行動に置換される。「飛翔行動」などという行動礼装があれば、それの使用者のあらゆる行動は、使用者を飛翔させる行動に置換される。


 理屈も法則もへったくれもない。魔法に似た、しかし魔術に類する特殊な力、それが行動礼装だ。


 それを看破しようとキスタはノクターンのこれまでの行動を思い返した。路地裏での彼女、そして今の彼女。その動き方の違い、戦い方、色々を脳みその中で巡らせた。


 最初は加速かと思ったが、それならば警察署内で使わなかった理由がわからない。あるいはキスタ自身の意識に影響する行動礼装かもと思ったが、それならば自分が一時でも放心していたことになり、やはり、署内で使えない理由がない。


 なんだ、なんだ、と頭の中を思考で巡らせ、キスタはある可能性が脳裏によぎった。それを確かめるため、キスタは加速そのままに天高く飛翔した。それを追ってノクターンも天めがけて駆ける。


 かつての地表から数えて高度10,000メートル、ちょうど都市全体を覆う生命維持結界の限界付近まで飛翔したキスタはそこでノクターンを迎え撃った。展開するのは無数の火球、そして雷撃だ。


 それぞれ30を遥かに超える無数の攻撃魔法がキスタの合図で一斉にノクターンめがけて降り注いだ。それを見てノクターンは目を見張る。避けられないと察した彼女は大剣の影に隠れ、さらに柄頭の布で自身をくるんだ。


 刹那、彼女めがけて魔法が殺到した。間断なく浴びせられた火炎と雷撃は少女の矮躯を容易く吹き飛ばし、布に包まれたまま、ノクターンは時計塔の正面玄関に落下した。


 はるか上空から叩きつけられ、それでも彼女が五体満足であるのは、その身に纏っている黒骸布と、直前まで彼女を包んでいた布のおかげだ。いずれも高い防御力を有しており、大抵の衝撃を相殺してしまう。下手な盾よりも頑丈なくらいだ。


 それでも指一つ動かすことができなかった。たった一撃、それでノクターンの体はもうボロボロだった。魔法ではなく、高所から叩きつけられたことが一番彼女にダメージを与えていた。


 「さて、と」


 衆目に晒される中、キスタははばからず魔法を行使する。彼の杖から氷の蔦が伸び、倒れ伏しているノクターンを縛り上げ、近くの街灯に磔にした。


 「話してもらうよ、色々。何を企んでいるか、とか、何をするつもりなのか、とか」


 語気は穏やかだが、キスタに油断はなかった。彼が直後に放った魔法はノクターンの大剣を粉砕し、彼女から反撃の手段を消失させた。


 「またぞろ、速度を奪われちゃたまらないもんね」


 キスタはほくそ笑む。ノクターンは鉄面皮の内側で舌打ちでもしたかのように眉間に皺を浮かべた。


 ノクターンの超高速移動のからくりは、速度の簒奪だ。彼女の一定範囲内におけるあらゆる対象から、移動速度を奪い、彼女に上乗せする。失速行動とも言うべきその技術は、密閉空間でかつ相手があまり動かない魔法使い相手では意味をなさない。


 そう判断したキスタはノクターンに蹴り上げられた状態そのままに動くものが何もない空へと逃げた。結果、ノクターンはまんまと釣られ、キスタに迎撃されたわけだ。


 「ほら、話せよ。捕虜にはその義務があると思わない?」


 キスタは杖を向ける。その先端には光球が浮かんでいた。答えないと溶かしちゃうぞ、と脅すキスタにノクターンは鉄面皮を維持したまま、口を開いた。


 「単純です。都市の破壊、それ以上でも以下でも私たちの計画はありません」


 「そのためにラスちゃんを利用したのか?」


 「不正解です。私は正当な取引に基づく、協力関係であると認識しています」


 なるほど、とキスタは目を細めた。自身に掛けられた呪いを解くのがその取引だったのだろうことが推測できる。断罪教会がその手段を確立していることも察せられた。


 「——今、俺にその方法は使えるのか?」


 踏み込んだ問いにキスタは一瞬、自己嫌悪を覚えた。自分のことしか考えていない浅はかな自分を嫌悪した。


 それでも、しょうがないじゃないか、と擁護する自分もいる。


 キスタは1,900年以上の長きにわたって幼童として生きてきた。元の寿命を20倍して、なお足りない時間を非力な子供として生きてきたキスタにとって、大人に戻れるというのはラスペンサー以上に望んでいたことだ。


 そんなキスタの胸中を見透かしてか、ノクターンは語りかける。


 「提案です。キスタ・アッセンブル、ラスペンサー・デルーデの跡を引き継いで、私達に協力しませんか?さすれば、事態終結後、あなたの呪いを解くことをお約束します」


 「なにをすればいい?」


 「簡単です。ただ、待つだけでいいのです。さすれば、私の同胞が管理室の最終防衛機構を破壊するでしょう」


 「へー?待つだけ、ね。それだけ俺は元に戻れるって?」


 「肯定です。ついでを言えば私をこの磔刑から解放してください。手足の感覚がなくなってきています」


 ああ、とキスタは応える。刹那、キスタは杖の先端を、光球をノクターンの腹に押しつけた。


 「ぐ、ぁああああ!!!!」


 ノクターンの悲鳴がこだます。衆目は瞠目した。対してキスタは冷ややかに息を荒げるノクターンを睨み、満足げに笑みを浮かべた。


 ノクターンの腹は黒骸布に守られて焼けてはいなかった。それでも強烈な熱を帯びた光球を押し当てられ、苦悶の表情浮かべた。


 「疑問、です。なぜ?」

 「なぜ、もクソもあるかよ。そんな馬鹿馬鹿しい取引に乗るわけないだろ、馬鹿馬鹿しい」


 杖の後部でノクターンのことを殴打しながら、キスタは毒付く。そして次の瞬間、杖を支えにして蹴りを放った。


 「あーすっきりすっきり。これで色々と疑問が氷解した」


 あとは、単純だ。彼自身が動いて最終防衛機構の制御室に向かったという、ノクターンの部下を止めればいい。そのためにもさっさとノクターンを警察に引き渡してしまおう、とキスタは水晶端末を探してポケットをまさぐった。しかし、いつもならあるべきそれは、ポケットにはなかった。


 はは、前の俺っておっちょこちょい、と別のポケットをまさぐる。しかし、水晶端末はなかった。というか、どこを探してもキスタは水晶端末はなかった。


 「あれ?あれ?ない、ないないないないない!!!」


 キスタは驚き、目を見張る。身体中のあちこちを触りながら、キスタは驚きを隠せないまま、混乱していた。


 水晶端末がない。これでは警察に連絡ができない。厳密には警察が来る前にとんずらをすることができない。だって、そうせず、直接連行してはキスタ自身も取り調べを受ける羽目になるのだから。そも、警察署に押し入った時点でそうなることは確定である。


 「簀巻きにして警察署の前に放置する?いやー逃げられるよなーそれだと」


 氷の蔦で四肢を封じていても相手は断罪教会の征使徒だ。警察が来る前に逃げ出すかもしれなかった。


 どうしよう、どうしようとキスタが頭を悩ませていた刹那、不意に遠くから接近する魔力の波動を感じた。それはキスタがよく知る魔力の波動だった。


 キスタが意識をその方向へ向けると、もうそれは間近に迫っていた。


 近づいてきたのは無数の紙の鳥だ。そしてそれに吊るされている、涙目の少年だ。


 「お、おにーさん!?」


 直後、その涙目の少年は宙に放り投げられた。そしてその勢いのままに彼は近くの車に顔面から激突した。


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