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28. アンワンダリング・アーキテクトゥス

 ハルヒサは困惑していた。


 大きな爆発の後、いろいろなものが散乱した事務所の一角で、彼は大の字になって倒れていた。頭からはだらだらと血が流れ、それは比較的傷が浅いにも関わらず、多量に出血していた。


 傷口を抑え、ハルヒサは急いで救急箱を事務所の棚から引っ張り出した。キスタが治癒魔法を使えるため、普段使いしないそれは、埃をかぶっていて、中の包帯も湿気で歪んでいた。


 引っ張り出した包帯を傷口に巻きながらどうしようか、とハルヒサは考えた。


 襲撃者が連れ去ったシトラスとストーリャはどこへいったのか、どうして自分達の事務所が狙われたのか、連れ去った二人で何をするつもりなのか、色々な疑問が泡のように浮き上がってきて、ズキズキとこめかみに響いた。


 「そうだ、キスタ。キスタは?」


 とっさにキスタのことを思い出し、ハルヒサは吹き抜けになった事務所の壁から顔を出し、眼下を睨んだ。


 見えたのは事務所の前の狭いT字路だけ、事務所の下に集まった野次馬と目があって、ハルヒサはバツが悪そうに事務所の中に引っ込んだ。同時にこの場から忽然と消えたキスタにすこしばかりの憤りを感じていた。


 なんで肝心な時にあいつはいないんだ、とハルヒサは憤慨するが、すぐに彼は冷静さを取り戻した。今はあんなあんぽんたんに怒っている場合じゃない、と。


 もっとも、冷静になったところでハルヒサには何をすればいいのか、わからなかった。どこへ行けばいいのかも、何ができるのかもわからなかった。


 そんな時だ。不意にチロリロリンという聞き慣れた音が聞こえた。それは瓦礫の中から聞こえ、反射的にハルヒサは瓦礫の中に手を突っ込んだ。


 音を鳴らしていたのはキスタの水晶端末だった。事務所から外に出る時、キスタが置いていったものだ。それが着信音を鳴らしていて、ハルヒサは藁にもすがるつもりで、それに飛びついた。


 「もしもし?」


 『ああ、ん?こちらはキスタ・アッセンブルさんの番号ではありませんでしたか?』


 水晶端末の向こう側から聞こえてきたのは知らない声だ。キスタでも、ラスペンサーでも、ましてハルヒサを尋問した二人の市警のものでもなかった。


 声は高く、子供の声だということが即座にわかった。高い声音の中に落ち着いた雰囲気があり、否応なしにハルヒサは相手がただの子供ではないことを察してしまった。


 「俺は、瀬名(セナ) 春庇(ハルヒサ)。キスタの事務所の居候だ」

 『ああ、なるほど。少々お待ちください、セナさん』


 伝話の向こうの相手は何か確認でもしているのか、それからしばらく、ほんの十数秒の間、無言だった。十数秒の無言の後、伝話の相手は再び口を開いた。


 『確認しました。セナ・ハルヒサさん、あなたの言を信じましょう』

 「それは、どうも」


 『伝話をするに相手の呼び名がないと面倒でしょう。私のことは放浪電算士とでもお呼びください』


 「ほうろう、もっと短くならない?」


 ハルヒサは相手の長々しい呼び名に苦言をこぼす。伝話先の放浪電算士ははぁ、とため息を吐いた。


 『では、ご随意の呼び名で結構です。話を進めても?』

 「ああ、いいよ」


 『私はキスタ・アッセンブル様のご依頼で都市中枢への入室履歴を調べておりました。その報告のため、お電話した次第です』


 「えっと、ごめん。話の腰折って悪いんだけど、最初から説明してくれない?できればわかりやすく」


 放浪電算士はいいですよ、と返した。


 放浪電算士が行った説明は、キスタがシトラスと話し合っていた内容とほとんど同じだった。簡潔に言えば、マウト市がやばい、真柱の最終防衛機構がぶっ壊れるということ、それをやろうとしているのが断罪教会だということ。


 そしてハルヒサが追加で依頼した最終防衛機構の管理室への入室履歴、その詳細を明かした。曰く、最後に入室したのはラスペンサー・デルーデである、と。


 以上を聞いてハルヒサはある疑問を覚えた。


 「シトラスってなんで必要なんだ?」

 『シトラス。シトラス・プロセッサーですか。おそらく、最終防衛機構の管理室に入るためでしょうね』


 「入室ってそんなに難しいの?」

 『ええ。例え入室許可を得ていても、いくつかの検問を通らなくてはいけません。断罪協会のような暗愚な輩にそのお眼鏡に叶うかと言えば、まぁ無理でしょうね』


 伝話の向こう側から聞こえてくる声にはある種の嘲りがあった。それだけ相手が断罪教会を疎んじていることを察せられた。


 『その検問を突破するためには凄腕のアーキテクターが必要です。彼らは建築家であり、霊脳戦の専門家。シトラスならば、半日も使えばおそらく検問の無力化ができるでしょう』


 そこまでの話を聞いてハルヒサは考えをまとめながら三つの質問をした。


 「疑問1、そもそも断罪教会ってなに?」


 『狂信的な集団、都市破壊を目的としたクソみたいなやつら、という理解で今はいいです。詳しい説明は、百科事典なりで調べてください』


 なるほど、とハルヒサは市警の二人との尋問でたびたび出てきた単語を思い返した。執拗に断罪教会と連呼する二人は、なるほどちゃんと仕事をしていたのだと納得し、ハルヒサは次の疑問を口にした。


 「マジギアってのはなんかこう魔術的な道具って認識でオーケー?」


 『おーけ、ごほん。ええ、その通りです。マジギアは今あなたが使っている水晶端末や、最終防衛機構など、魔力によって動く機械全般を指します。古い時代では魔道具などとも呼ばれましたね』


 自分の予想が当たっていたことにハルヒサはかすかな喜びを覚えていた。少なくとも、空振り続きだったこの世界に来てから、確かな成功を実感できた。その勢いに乗ってハルヒサは最後の疑問を口にした。


 「俺は何をすればいい?」


 ある意味でこれが一番聞きたかった質問だ。ここまで事情を話すからにはきっと、相手も自分に何かをさせるつもりなのだろうとハルヒサは予想していた。


 しかし、放浪電算士はその予想を打ち砕いた。


 『なにも。あなたにできることは何もありません。あるいはキスタさんでしたら、何かできたかもしれませんが』


 ハルヒサは絶句する。お前には何もできない、と面と向かって言われるのはこれが初めてだった。逆を言えば間接的には何度か言われていた。だから、受けるダメージもそれほどではなかった。それでも彼の上昇していた自尊心に傷をつけたことは事実だった。


 伝話相手の言葉にハルヒサはそうか、と名状しがたい笑みを湛えて答えた。それは、地球にいた頃のハルヒサが時折浮かべていた、虚無を帯びた諦観の冷笑に酷似していた。


 瀬名 春庇は昔は期待されていた。中学の頃の彼は人生の絶頂期だっただろう。しかしその絶頂期はいつしか翳りを見せ、斜陽となった。


 陸上部のエースだったのは過去のこと。高校に進学してから陸上部を辞め、どこにでもいる普通の高校生に彼は成り代わった。成り下がったでも、成り上がったでもなく、並行移動するように、彼はその気性のままに平凡な、どこにでもいる普通の高校生に成った。


 両親はそのことを責めなかった。同じ中学だった奴らは残念がったが、それっきりだ。陸上部の顧問も似たようなものだ。誰も彼もが「まぁそういうこともあるよね」と慰めの言葉を吐いた。逆説的にハルヒサに期待していなかった、とも言えた。


 えてして優しさは無関心となるのだ。


 だから、どこにでもいる普通の高校生は冷笑した。その何もできないと断じる世界を冷笑した。それは一種の反骨心であったのかもしれない。


 「なぁ、その最終防御機構っていうのはどこにあるんだ?」

 『は?それを聞いてどうするのですか?』


 「俺が行って、その断罪教会のやつらを止めてやるよ」

 『正気ですか。いえ、正気なのでしょうね、キスタさんのお仲間はそういう人たちですから』


 放浪電算士はため息をつく。そして、ハルヒサに質問を返した。


 『ひとつお聞きします、あなたにそれをお伝えしたところで、別に事態は好転しないのですが、あなたはどうしてやるのですか?』


 「夢想するのは子供の特権だ。そう思わないか?」


 『なるほど。いい答えですね。では教えましょう。最終防御機構は——』


 放浪電算市から場所を聞き、ハルヒサは事務所の外に出るとはるか遠くに見える時計塔を睨んだ。都市の中央に位置するそれのはるか地下に最終防衛機構はある。


 「あ、そうだ、それとさ」

 『なんでしょう?』


 「悪いんだけど、俺がそこに着くまで案内してくんない?」

 『え、はい?』


 「俺文字読めなくてさ」


 ハルヒサの情けない一言に今度は放浪電算士が絶句した。


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