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26. 乱入者

 違和感や既視感はえてして、答え合わせをされると拍子抜けすることが多々ある。新聞の間違い探しとか、漢字の読み書きなどがわかりやすい具体例だ。


 そういった拍子抜けする違和感や既視感の一つが今ハルヒサ達の目の前にある二つの写真だ。


 写真は二種類。一つはハルヒサが撮った取引の写真、もう一つはキスタが残していった水晶端末の写真だ。それぞれに共通して写る金髪の人物、それは紛れもなく、疑いようもなくハルヒサが数日前に出会った男、ラスペンサー・デルーデだ。


 三人は写真を覗き込みながら口々に感想をこぼす。


 「これって何年前の写真かしら?」「それってキスタのやつ?多分、数百年前とかじゃない。ほら、ここに写真の年月日が」「俺この世界の数字とか文字まだ読めないんだけど」


 真顔で返すハルヒサをシトラスは半眼視する。思うように話が進まないことに唸りながら、シトラスは伝承板を取り出し、それにインストールされている顔認証アプリを起動した。


 「一応念のため、確認するよ。——あー同一人物だ」


 それはシトラスがストーリャの顔認証に使ったものと同じアプリだ。シトラス手製のそれは市警で使われているシステムよりも、数段高性能なそれによって同一人物だとされた以上、信じられずとも信じずにはいられなかった。


 信じられないという感情の揺らぎの強度で言えば、シトラスが最も強くハルヒサが最も弱かった。この世界の常識を知って久しいハルヒサだからこそ違和感だと言えた。


 「確か、魔法使いはみんな子供なんだよな?」

 「そう。正確には『呪われた子供』っていう幼児化した子供の中から魔法使いが生まれるって感じ」


 「今更だけど魔法とか魔術ってよくわかんないんだよな。なんか違いあんの?」

 「あら、奇遇ね。あたしもよくわからないわ。身近に魔術師もいなかったし」


 ハルヒサの疑問にストーリャが追従する。いいでしょう、とどこから取り出したのか、メガネをつけたシトラスは胸を張り、水晶端末の立体映像を映し出した。


 「えーまずざっくり分けると、魔法とはカーバンクルが扱う超常現象、魔術とはそれ以外の存在が扱う超常現象でーあります。そしてこういった超常現象を起こす特殊な力を、人は魔力と呼びます!」


 「おー魔力!!なんか、異世界っぽい!!」


 心を躍らせるハルヒサにシトラスはそうでしょう、そうでしょう、と笑顔で応じた。興奮するハルヒサにストーリャは片眉を上げ、奇異の目を向けた。


 「この魔力、人間はもちろん、この世界のあらゆる物に宿っている力ですが、それを個人の力で扱うことは残念ながらとても難しいのでーす。ので、人間がこれを扱う場合、やはり大別して二種類の方法が必要です」


 立体映像を操作し、シトラスはキスタが持っていた幻晶を映し出した。


 「ひとつがこの幻晶。これはカーバンクルの形代みたいなもので、魔法使いはこれを使って魔法を使います。ですが、残念ながら幻晶本体を扱えるのは『呪われた子供』、それもカーバンクルに認められた相手でなくてはいけません」


 およよ、とわざとらしくシトラスは泣き顔を浮かべた。釣られてハルヒサも泣き顔を浮かべた。どちらも演技で、見物人を飽きさせるひどい猿芝居だった。


 「さて、そんなわけで人間が魔力を扱うために用いるのが、この『幻晶の欠片』です」


 シトラスは自分のタッチペンをクルクル回して分解しながら、その中から黄金色の欠片を取り出した。それは時折その中で何かが弾けたかのようにパチパチと閃光を繰り返していた。


 不思議そうにそれを見ながら、ハルヒサはふと思い出したかのようにポケットから赤い宝石を取り出した。それはただポケットに入れていたにも関わらず、熱を帯びていて、透き通った赤い晶殻(しょうかく)の内側で何かがゆらめていた。


 「幻晶の欠片には基本詠唱が入っていて、魔術師はそれを唱えれば鍛錬なしで超常現象たる魔術が扱えるようになりまーす。こんなふうにね、『バリ』」


 幻晶の欠片を天井に向かってかざし、シトラスは詠唱した。直後、欠片が反応し天井に向かって電撃を放った。


 「なんか、デメリットとかはないのか?」

 「それって異世界語?わかりやすくお願い」


 「なんか不利益とか、不都合とかはあるのかって話だ」


 もちろんあるよ、とペンを元に戻しながらシトラスはすんなり答えた。


 「あくまで魔術師が使える魔術はかりもの。幻晶の持ち主であるカーバンクルが拒絶すればオレらは魔術が使えなくなってしまうって感じ」


 だから魔術師は魔法使いに事実上隷属しているもの、とシトラスは冷笑する。なんだか理不尽だな、とハルヒサが言う。話を聞く限り、魔術師はなるだけ損なように思えた。


 それを指摘すると、そうでもないさ、と言ってシトラスはストーリャを指差した。突然指をさされたストーリャは驚いた様子で、瞠目した。ハルヒサも自然と視線が彼女の方へ向いた。


 「あくまで幻晶の欠片は人間が魔力を使うための外付け道具に過ぎないんだ。やろうと思えば人間でも欠片なしで魔術が使える」


 「あー。あれか。あの紫色のやつ」


 思い出したかのようにハルヒサは手のひらの上に拳をポンと置いた。確かにストーリャは幻晶の欠片なしに特殊な力を使っていた。


 「極限状況になった人間は火事場の馬鹿力的な感じで、魔力が活性化する。ま、滅多に起きないことだよ。環境と素質が合わさって、ようやくって感じかな。そういう魔術師は詠唱もないらしいからね」


 遠回しに素質があると言われ満更でもない様子で、ストーリャは頬を赤らめた。一方、ハルヒサは首をひねった。


 「あれ?じゃぁ、なんで俺は詠唱なしで魔術が使えたんだ?」


 シトラスの話ぶりからして、欠片由来の魔術師は詠唱しなければ魔術が使えない。シトラスが電撃を使う時、いつも詠唱したように魔術はそういう仕組みなのだろう。


 頭を悩ませるハルヒサにシトラスは肩をすくめた。ひょっとしたら何かの不具合(イレギュラー)かもね、とシトラスは気休めを言うが、それで納得できるハルヒサではなかった。


 「ちょっと調べてみたいから、少し付き合ってくれないか?」

 「えー。めんどくさいなー。まぁいいけどさ」


 不承不承という雰囲気を漂わせながら、シトラスは立ち上がる。その直後、何かが勢いよく窓ガラスを割って事務所の中に突撃した。


 「は?」


 驚き、目を見開くハルヒサはとっさに手のひらの赤い宝石、もとい幻晶の欠片を握った。それはシトラスも同じで彼女はすでにタッチペンを突入してきた影に向けていた。


 土煙の中、影がゆらめくや否やシトラスは赤熱した雷撃を放った。『バリ・リバリ』という詠唱が甲高い声で響き、電撃は煙の中の人影に直撃した。


 刹那、シトラスのの首目掛けて煙の中から手が伸びた。それにいち早く反応したのはハルヒサだ。赤い宝石を構えた手で彼は伸びてきた手を受け止めた。


 その瞬間、紅蓮が踊った。


 逆巻くようにして炎がうねり、襲撃者の体を包み込んだのだ。


 「ぬ、くそが」


 襲撃者は火だるまになりながらぐるぐると回転し、事務所の入り口を背にした。


 その時始めて三人は襲撃者の姿を認識した。


 それは藍色のスーツを着た男だった。銀髪のオールバックで、中年ぐらいの年齢だとわかる顔立ちだった。とかく身長が高く、スーツの上から着ている高級そうなロングコートが普通のコートに見えるくらいだ。


 男は暑い暑いと言いながら、しかし余裕の笑みを浮かべていた。明らかな余裕、明らかな自信の表れを察するのはメンタリストでなくとも、察するのはたやすかった。


 「なんだ、あんた」


 欠片を構えながらハルヒサは一歩、後ずさった。


 なんだあんた、と聞きつつハルヒサは警戒していた。少なくともシトラスの雷撃と、ハルヒサの炎を喰らってまるで堪えていないというのは尋常ではなかった。いやでもノクターンを思い出し、目の前の男もそういう奴なのだと理解させられた。


 「——ガートン・セイル。すぐさよならになるだろうが、挨拶でもしておこうか」


 ガートンと名乗った男はクラウチングスタートにも似たポーズを取る。そしてハルヒサ目掛けて走り出した。


 一直線にすぎる、とハルヒサは右方向へ向かって跳んだ。直後、ガートンは大きく両手を広げ、抱きつくようにしてハルヒサに迫った。


 避けきれないことは明白だった。捕まることは必至だ。


 「おらぁ!!」


 それでも一矢むくいようとハルヒサは右手の欠片を突き出した。炎が出る、そう思っていたがその予想に反して炎は出なかった。


 そして驚く間もなく、ハルヒサは強烈なラリアットを胸部に受けた。


 「うが、ぁ」


 跳ね飛ばされ、背中からハルヒサは机の上にダイブした。落下の衝撃で机のガラスにヒビが入り、直後、それは真っ二つに割れた。


 痛みで苦しむハルヒサ、その彼を庇うようにしてシトラスが立ち塞がる。続くガートンの攻撃に対応するためだ。しかし、なぜかガートンは追撃をしようとはしなかった。代わりに不思議そうにしてハルヒサを見つめていた。


 「どういうことだ?どうして、切り刻まれない?」

 「は?何言ってんだよ、おっさん」


 「嬢ちゃんには聞いてないな。それにしても」


 言葉を切り、ガートンはシトラス、ストーリャそしてハルヒサの順に三人を見た。三人を見つめながらガートンは肩を振るわせる。低い声で何が面白いのか、笑うガートンを三人は三者三様に奇異の目で見つめた。


 「いい感じで当たりを引いたな、俺は。殺すべき対象が一つ、さらうべき対象が一つと来たもんだ。こうもひとつところにいると、手間が省けるってもんだ」


 「それは、どうも!!『バリ・リバリ』」


 雷撃がガートンに向かう。それをガートンは涼しい顔をして受けた。


 「効かんよ、その程度の魔術。この体は特注品なんでな」


 シトラスの魔術を嘲笑いながら、ガートンは右手を突き出した。直後、右手はガチャガチャと変形を始めた。突き出した右手が円形になるように折りたたまれ、腕ほどの直径の砲口が顕になった。


 「やば、みんな伏せ」

 「ドカーン!!!」


 ガートンの叫び声と共に衝撃がハルヒサ達を襲った。ハルヒサも、シトラスも、ストーリャも吹き飛ばされ、三人は壁に叩きつけられた。


 ハルヒサが立ち上がった時、彼が見たのは悠々と気絶したシトラスとストーリャを連れて、煙の中に消えていくガートンの背中だった。


 それを見て、ハルヒサは追いかけようと立ち上がるが、すぐに力を失い仰向けになって倒れた。


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